第二話 出会い
二人の出会いについて綴ってみました。
どうもありふれた内容になってしまいますね。
あの楽しかったクリスマスイブから半年程経ち、
久々の向こうからのお誘いで喫茶店でコーヒーを飲みながら、近況などを報告し合っていた。
すると、突然「恭介か?」という男の声が近くから聞こえた。
私と彼もとい恭介が、声のした方向を見る。
「やっぱりお前か、久しぶりだな。恭介」
「室井か?久しいな、元気だったか」
「ぼちぼちだな。そっちは?」
「見てのとおりだ」
「それは何より。同窓会以来だな」
「あぁ、こんな所で会うとはな」
「これも何かの縁さ。そうそう、聞いたか?小林、結婚するんだとよ」
すると恭介は一瞬だけ眉を顰め、
「本当か。初耳だったよ」
「あぁ。式の日程について詳しい連絡があったら俺にも教えてくれよな」
「わかった」
「邪魔して悪かったな、じゃ」
それだけ言うと、そそくさと去っていった。
「…どうかしたの」
「いや…」
「顔が怖いわよ」
「すまん」
「小林って知り合い?」
「あぁ。高校のとき付き合っていた女だ」
「別れたの?」
「進路も違うし、向こうが引っ越して遠くなったからな」
少し間を置いてから、自然な感じで聞いてみた。
「…今でも好き?」
私の質問に対し、一瞬悩む素振りをしてから彼が答える。
「…どうだろう」
おそらく歪んでいるであろう今の自分の表情を悟られまいと、必死に表情を取り繕った。
「へぇ、そう」
他人事のように呟く。
自惚れすぎたわね、と自嘲気味に笑い、手にした煙草に火をつけた。
「煙草は止めたんじゃなかったのか」
「吸いたくもなるわよ」
はぁ、と短いため息を吐き、短くなった煙草を携帯灰皿で乱雑に揉み消した。
彼は相変わらず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
あの日を境に、彼は私といても浮かない表情ばかり浮かべていた。
そんなに彼女のことが好きなら、会いに行けば良かったのにとも思ったが、
私の知っている彼の性格からおそらく遠くからそっと見つめるような、
そんな愛し方だったのだろう。
別れてからは連絡も取っていなかったみたいだけど、彼女のことが忘れられなかったのか。
きっと小林さんという女性は素敵な方だったのだろう――。
半年前のクリスマスの日の私は、あんなにも輝いていたのに。
こんなにも胸が苦しいとは思わなかった。
小林という名を聞いたときの彼の表情に胸が痛んだ。
その表情で、彼女に特別な念を抱いていたことは何となく察しがついた。
もともと私など眼中にすら無かったのだとも窺えたような気がした。
彼と知り合ったのは今から一年前。
私が怪我を患い、入院していた県内の病院にて知り合った。
彼は腕の良いと名の知れた医者であった。
病室の扉の方から、コンコンとノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
ひょこっと顔を覗かせたのは、仕事仲間であり友人である美智子だった。
「まさかあんたが車で事故るなんてね。思いもしなかったわ」
「私だって予想していなかったわ」
「あんたが事故を起こしたのなんて初めてじゃない?何があったの」
「高速道路で後ろを走っていた車にハイスピードで追突されて……お釈迦よ」
「ご愁傷様」
幸い、足を骨折した程度で済み、大事には至らなかった。
1時間程雑談を交え、美智子が仕事に戻るといって帰ったので、
コーヒーを買おうと右足を引きずり病室を後にする。財布を片手にロビーの自動販売機の前まで来たところで10円玉が一枚足りないことに気付いた。
「…どうするのよ、買えないじゃない」
大きなため息を吐いて諦めて病室へ戻ろうとしたとき、
ピタッと頬に冷たい感触。
「ひぁ」
思わず変な声を出してしまった。
振り向くと、見知らぬ男が先程私が買おうとしていた缶コーヒーを片手に持ち、もう片方の手を白衣のポケットにぶっきら棒につっこんで立っていた。
「これを買いたかったんだろう?」
「そうですけど…」
「ほら」
そういって缶コーヒーを私に差し出してきた。
「でも…」
「砂糖入りは飲めないんだ、受け取ってくれ」
少し悩んだ後、「ありがとうございます」と言って缶コーヒーを受け取った。
男性は何も言わずに踵を返して行ってしまった。
しまった、名前を聞き忘れた。
後でお礼をしなければ…と思い振り返ったが、既に彼はいなかった。
白衣を着ていたことから、この病院の関係者であることは確かだと思うが…。
病室に戻り、いただいた缶コーヒーのフタを開け、中身を喉に押し込んだ。
「美味しい」
翌日、ベッドに腰掛けぼーっとしていると美智子がやってきた。
「明梨ー、来たよー」
「美智子」
「はいこれ、お財布」
差し出された自分の財布を受け取り、「ありがとう」と告げる。
事故による急な入院だったため、メインのお財布を家に置いてきたままであった。
しばらく雑談を交えたり近況を報告し合っていたが、ふと会話が途切れたので、
「ねぇ美智子。背が高くて、眼鏡かけていて、黒い髪の毛に泣きぼくろがある医者っているかしら」
「そんなの沢山いるでしょ」
「…そうよね、忘れて頂戴」
「へんなの」
しばらくして友達が帰ったので、
私は120円を握りしめてロビーをうろついていた。
30分程うろうろしてみたが、一向に現れない。
喉が渇いたので自動販売機の前に立ち、温かいコーヒーを買おうと思ったが、手には握っていた120円のみ。
「これ使ったら返せないじゃない」
短いため息を吐き、病室へ戻ろうと足を引きずりUターンする。
突然、頬には温かい感触。
まさかと思い振り返ってみると、先日の白衣の男性が立っていた。
薄く笑いながら、
「財布は持ち歩かない主義なのか?」
「違います…。今回は買う予定は無かったんです」
「穴が開くほど自動販売機を見つめていたのに?」
「それは、まぁ。って…お金返しに来たのにまた買ってもらったら意味ないじゃないですか」
「わざわざ返しに来たのか」
「それはそうですよ。120円といえどお金ですし、借りたものは返さないと気がすまないので」
ん、と小銭を差し出す。
「じゃあ今回の分はまた今度返しにきてくれ、ほら」
そう言って今さっき買った温かい缶コーヒーを差し出してきた。
私がこれを受け取らなければ、こちらも小銭を受け取らないという意思表示なのだろうか、片手は未だにポケットの中だ。
「…すみません」
彼の手からそれを受け取り、空いた手に小銭を置いた。
ぺこりとお辞儀をして病室へと引き返す。
本当に意味の無いことをしたと我ながら後悔した。
「あ」
ぴたりと足を止め、振り返る。
しかしそこに彼の姿は無い。
また、名前聞くの忘れた。