表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

中編

森の中を進むのはなかなかに時間がかかった。

ナナシが丁寧に道を作ったというのもあるが、アレックスがことあるごとに森のトラップに引っかかったりして時間をとるのだ。


「坊ちゃん、何を遊んでいるんですか?」


今も宙吊りになったアレックスに、呑気に声を掛けるナナシ。

「これが遊んでいるように見えるか!?さっさと助けろ。」

食人植物のツタに絡まって、頭上高く逆さまの宙ぶらりんな状態になって叫ぶ主に、常人の跳躍力でないジャンプで紐を切り落とす。

 ドサッ

ろくな受け身もとれず落下したアレックスは腰を強打した。

「も、もう少し優しく助けろ。」

「受け身くらい取って下さい。まったく、何でこんな分かりやすいものに引っかかることができるんですか。いっそ特技にしたら如何ですか。」

「俺はお前みたいに鼻がきかないんでな。常人をなめるな、この超人め。」

そして10歩も歩かないうちに木の根に引っかかってすっ転ぶアレックスに

「やっぱり特技ですね。」

と上を通り越して前に出た。

「主をまたぐ奴があるかっ!」

「しっ。坊ちゃん、煩い。」


茂みから覗くと、すでに戦いは始まっていた。

4,5メートルはあろうかという青緑色の鱗を生やしたドラゴンを相手に銀の鎧を付けた騎士が対峙していた。ドラゴンは怒りに瞳を燃やして、騎士を睨み付けている。

「苦戦しているようですね。」

騎士の身体にはあちこちに擦り傷ができ、ドラゴンの爪がえぐったのか、足にも深手を負っていた。

「ドラゴン相手に真っ向勝負を挑むとは、騎士という生き物はバカですね。」

「このままでは負けて肉を裂かれるか、よくて共倒れだな。」

呑気なアレックスでもこの戦況の行方は分かるらしい。


「そんなっ!」

息を呑む音がして、二人の後ろに旅装束の娘が現れた。フードをめくった娘にアレックスは見覚えがあったらしい。

「メアリ嬢!?どうしてここに。」

それはドラゴン退治のおふれを出した有力貴族の娘メアリだった。メアリは顔を青くしてアレックスにしがみつく。

「あの方が心配で後を追ってきたのです。お願いです。あの方を助けてください!」

メアリにすがられて頬を赤く染める主にナナシは冷静な突っ込みをいれる。

「坊ちゃん、すがられて嬉しいのは分かりますが、そのお嬢様はあの騎士の為にここまでやって来たというのをお忘れなきように。」

「がーん。そうだった。しかし、麗しいメアリ嬢の頼みだ。引き受けてやれナナシ。」

主の言葉を受け、ガサッと茂みから飛び出す。

 

 グオォォッ


ドラゴンは今まさに咆哮をあげて騎士に噛み付こうとしているところだった。

ナナシは背に負った大剣を抜き、騎士の前に出てドラゴンの牙を受け弾き飛ばす。

「苦戦しているようだな。助けてやろうか?」

騎士の方へは目をやらず、ドラゴンを牽制したまま言う。

「いらん。一人で倒さねば意味がない!」

「だそうですよ?」

騎士はナナシの前に飛び出てドラゴンに斬りかかった。それをドラゴンの鱗が弾いて、首の一振りで騎士が木の幹に体を打ち付ける。

「うがっ。」


「報奨は支払います。彼を助けて!」

騎士のうめき声にますます顔を青白くさせ、メアリ嬢は祈るように胸の前で両手を組んでナナシに訴えかけた。

「行けナナシ!」

「御意。」

その超人的な跳躍でドラゴンの鼻先に飛び上がったナナシが小さな袋から粉を撒いた。

「おいそこの騎士、鼻を閉じていろ!」

自身も鼻を覆って後ろに下がる。

ドラゴンはクラクラと頭をゆらして地面にドオォォンと地響きを立てて倒れこんだ。


ナナシが振りまいたのは強力な眠り薬だった。

「さすが俺のナナシ。用意がいいな。」

「ロクな準備もせずにドラゴンに挑むのがバカなんです。」

暗にバカと言われた騎士がグッと唇を噛みしめた。

騎士に実力がないというのではない。おふれが出され、数多くの猛者が森を進んだはずなのにここに到着していないのは、森のトラップに引っかかって到着できなかったからだ。トラップだけでなく、狂暴な猛獣ひしめくこの森を単身で乗り込んでここまで来られただけでも相当の実力があると言っていい。

因みにメアリがここに来られたのは、ナナシが道を作り、アレックスがことごとく森のトラップに引っかかったおかげだったりする。ナナシが丁寧に道を作ったのは、なにもアレックスの為だけではない。後をついてくる気配に金の匂いを感じ取ったからだ。


「立てますか?」

騎士に手を差し伸べるナナシ。これは親切心ではなく報奨のためである。騎士が無事でないとメアリから報奨が得られないと考えての行動だ。今のナナシに騎士の姿はキラキラと輝く金貨にしか見えていない。

「ああ。」

手を取って立ち上がった騎士が改めてナナシの顔を見て固まった。


「お前は、いや貴女は剣竜ナナホシ!?」

「おや、私の顔を知っているとは。どこぞの戦場でお会いしましたか?」

「一度だけ、お見かけしました。」

「ナナシの知り合いか?それに剣竜ってなんだ?」

アレックスが首をかしげる。

「坊ちゃんがお知りになる必要はございません。」

ナナシは話を切ろうとしたが、騎士はその問いかけにバカ丁寧に答えた。

「一騎当千ならぬ一騎でドラゴン数匹分に値する実力の持ち主の事を戦場では剣竜と呼びます。剣竜は世界でも数人しか存在しません。私が見かけたのは味方の陣営でしたが、あの時ほど恐ろしいと思ったことはありません。剣竜が味方につくだけであれほど戦況が左右されるとは。」


その言葉に苛立ったナナシがチッと舌打ちをした。その瞳には心なしか殺気も含まれている。

メアリがナナシの殺気に怯えて騎士にすがりつく。

「いえ、すみませんナナホシ様。言葉が過ぎました。恐ろしいというより、頼もしかったというか、」

あたふたと慌てだす騎士にアレックスがあっけらかんとした声をあげた。

「おい、お前。剣竜だか何だか知らんが、こいつの名前はナナシだぞ。」


どこまでも呑気なアレックスの声に、ナナシは出会った当初のことを思い出していた。


 ※ ※ ※


「お前、名前は?」

アレックスの邸宅の食堂でたらふく御馳走にありついた自分に彼は名前を尋ねてきた。

「名乗るほどの者ではないですよ。」

すぐに出ていくつもりだったから、そう答えた。


「名乗るのが恥ずかしい名なら捨ててしまえ。」


名乗るつもりはないという意味で答えたはずの自分に、果実酒を差し出して彼はそう言った。


「俺が名前を付けてやろう。ふむ、そうだな・・・名前が無い、名無し、ななし・・・・・ナナシ。うん、それがいい。今日からお前はナナシだ。」

(何だそのネーミングは。アホらしい。)

あまりのネーミングセンスに冷たい視線を送った。

自分の冷たい視線に臆することもなく、その思いつきに満足げな顔をして頷くアレックス。


アホらしい。 だが笑えた。


元の名と大して違わないのに、その可笑しさに笑いが込み上げた。


そのすぐ後、厳つい借金取りが押し掛けてきて、この家がド貧乏なのを知った。

借金をするほど貧乏なのに、見ず知らずの人間の為に食事をさせる寛容さに、いっそ感動さえ覚えて借金取りを撃退。

ギルドのハンターに登録し、猛獣狩りで金を稼ぐなどして借金の返済に充てた。

SSランクにも相当する自分の実力で数日のうちに借金は返済。家の修繕費用まで軽く捻出できた。


「ありがとな。一回食事を馳走しただけで、ここまでしてくれるとは。もう自由にして良いんだぞ。」

暫く後、のほほんと言ったアレックスに、

(こいつ放っておいたら、また借金苦に舞い戻りそう。)

そんな考えが頭をよぎって、この家に居付くことに決めた。


「名前を付けて一度でも餌を与えたなら責任を持って私を飼いなさい。」


以降、侍従としてアレックスに付き従っている。

彼に付き従うのは、戦場にいるよりも楽しかった。

惚れっぽいのが玉に傷だが、行き当たりばったりで、いつも何かトラブルに巻き込まれる主は話題に事欠かない。


ナナホシの名は捨てた。


今の自分はナナシだ。愉快な主に名を貰った名前のある名無しだ。



ドラゴン退治と言いつつ、眠らせただけ(汗)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ