前編
―――――とある国のお話。
魔法も精霊も不思議のダンジョンもあったりする、いかにもファンタジーな世界のとある一国は、今一つの話題で持ち切りだった。
とある有力貴族から下されたおふれの内容は簡潔に言えば、次のようなもの。
『ドラゴン退治を見事成し遂げた者に 娘を褒美として差し出す』
このおふれに国の屈強な若者たちは、ある者は力試しに、ある者は権力を手に入れるために次々とドラゴン退治に名乗りをあげた。
ここに一人、武器武具を携えて領地を後にしようとする若者の姿があった。
「坊ちゃん、本当にドラゴン退治に出かけるんですか?」
「当り前だ!国一番の美女メアリ嬢を嫁に出来るチャンスを逃す手はない。」
お付きに従うのは、大振りの剣を持った剣士。この剣士、屈強でもなんでもない普通の中肉中背の剣士だった。
ただし、性別は女。
その身にそぐわない大振りの剣を背中に刺して、革の小手に革の装具といった必要最低限の装備でこれまた革の荷袋を下げて、若者の後を追う姿はこれからドラゴン退治に向かう者の身なりとは思えない。
赤みがかった茶色い髪に緑の瞳。女性としては短い、耳ぐらいの長さの髪は少しばかり癖がかかっている。
対して、坊ちゃんと呼ばれた男は金色のサラサラとした麦穂の髪に快晴の青空を思わせる優男。
意気揚々と家を後にする男の後ろ姿に溜め息をつく。
「本当に惚れっぽいんだから。国一番の美女って、これで何人目になるんだか・・・。王宮の舞踏会で一目ぼれした相手のために命まで捧げることなんてないのに・・・。」
精々死なせないように付いていくか、とゆるい決意を固めて荷物を抱え直す。
「坊ちゃん、道が間違ってます。」
家を出て早々に道を間違える主人の後を追った。
※ ※ ※
ドラゴンが住むのは北に広がる森林の奥深く。
そこにたどり着くまで馬車でも3日はかかる道程だ。
夕刻には、初めの休憩地点に設定した小さな街の宿屋に到達した。
中に入ると、いかにもな感じの厳つい男達が大勢酒を酌み交わしていた。
右目のない者、片腕のない者、見るからに悪人顔の者、様々な男達の中に強そうには見えない女剣士と箱入りの優男が紛れたらどうなるか?
答えは簡単。絡まれます。
「おいおい、お嬢ちゃん。そんな重そうな剣を持って、危ないよ。」
「そんな細腕じゃ剣を抜くことなんて無理だろう?」
そんな声を無視して中を進む女剣士の肩を頬に傷の付いた男が止めた。
「俺が代わりに持ってやろうか?」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる男にも目もくれず、さっと身を避けてテーブル席に着いた。
「坊ちゃん。私は葡萄酒をもらってきますから、ここで大人しく待っていてください。」
「おやおや、坊ちゃんだとよ。」
優男は男達のバカにした笑いにも動じず、
「分かった。喉が渇いた。早く持って来いよ。」
と笑顔で女剣士を送り出す。
数分後―――――。
「大人しく待っているように、と言ったでしょう!?」
戻れば、男達と優男との乱闘が始まっていた。
優男もなかなか奮闘しているようだが、何せ数が多いので押され気味だ。
「だってコイツらお前の悪口を言ったんだぞ!許しておけるか!」
ドガッ
一人の男のアッパーがクリーンヒットした、綺麗な弧を描いて優男が吹き飛んだ。近付くと優男は泡を吹いて伸びている。
「あーあ。だから大人しく待っているように、と言ったのに・・・。でも、私の為と言ったその心意気良し。」
パキパキと指を鳴らして女剣士は男達に向き合った。
「坊ちゃんの心意気に報いて、敵は討たねば。」
「ははっ。敵討ちだとよ!」
「笑わせるぜ。お嬢ちゃ」
バキッ
アッパーをかました男に返り討ちのアッパーを決めると、背中に背負っていた大剣を放り投げる。
大剣を受けた男2人がその重さに耐えきれず、床に尻もちをついた。
「お前達ごときに剣は必要ない。この拳一つで充分だ。」
かかってこい、と手を振ると、気を取り直した男達が一斉に飛びかかった。
※ ※ ※
「坊ちゃん、朝ですよ。」
優男が目を覚ますと、外からは小鳥のチュンチュンという鳴き声が響いていた。
「朝か。いつの間に。」
「坊ちゃんがグースカ寝ている間に明けました。」
女剣士は荷物を持つとさっさと宿を後にした。
「おい、支払いはいいのか?」
「大丈夫です。彼らが好意で払ってくださいました。優しい方達です。お土産に幾つか宝石も頂きました。」
こんなことは彼らにとって日常茶飯事のことらしい。
「そうか。それは気前の良いことだ。」
後ろを振り返りもせず機嫌よく歩いていく優男。
ふと振り返れば、
「「お元気で、姉さん!」」
青あざやぬけっ歯になった男達が腰を低くして見送りの挨拶をしていた。
これもいつものことである。
「どうした?行くぞナナシ。」
これが女剣士の名前である。
優男の名前はアレックス。
女の名前は3年前、アレックスの住む邸宅前で拾われたときに付けられた名だ。もともと各地を回る傭兵だったナナシが、戦争がなくなり職にあぶれて無一文でふらついていたのをアレックスに拾われたのが縁となった。邸宅前で腹をすかして行き倒れていたのを助けられたのを機に今の関係が成り立っている。
これもまた面白いか、と戯れに従者として付き従うことに決めてからもう3年の月日が流れてしまった。
ナナシのアレックスへの第一印象は、「こいつ、簡単にやれそう。」である。
因みに「やれそう」に漢字を当てはめれば、「殺れそう」となる。
(それがどうして従者となったのか。)
ナナシ自信もよく分かってはいなかった。
※ ※ ※
「坊ちゃん、そんなことで本当にドラゴンが退治できると思っているんですか?」
森の中に自然に出来た大きな縦穴に落っこちたアレックスを見て呟く。
「そんなことより助けろ!どうして落ちる前に助けなかった?」
「言いましたよ。そこは危ないですよって。」
「落ちる一歩手前で言う者があるかっ!」
「いえ、たまにはその身で学習しないと、と思いまして。」
言って荷物からロープを下ろす。
「これで、足場の悪い森の中をキョロキョロしながら歩くと大変なことになると分かったでしょう。」
「お前、鬼だな。」
「良かったですね、貴重な体験ができて。」
引き上げたアレックスに付いた泥を落とした。
1時間後―――――、
「坊ちゃん、もう少し鍛えないとドラゴン退治なんて無理ですよ。」
襲ってきた二足歩行の小型爬虫類を大剣でバッサリと切り落としたナナシが木の上に逃げたアレックスに声を掛けた。
小型爬虫類と言っても、その大きさは人の背丈くらいはある。
「俺にはナナシがいるから、そのへんは大丈夫だ!」
スルスルと木を伝って降りてくる。
「坊ちゃんは逃げ足だけは早いですよね・・・。」
ナナシは大剣を振り下ろして尻尾を切り取った。
「尻尾だけ持って行きましょう。非常食になります。」
「それにしてもドラゴンはどこなんだろうな。」
アレックスが辺りをキョロキョロと見回すが、うっそうとした森が広がるばかりで、ドラゴンがいそうな気配はない。
「もっと奥でしょう。」
小刀でもって木の枝を振り払い、道を作りながら奥へと進んでいく。
「宿で会った男達が言ってましたけど、今回の事、ほぼ出来レースらしいですよ。」
「ふむ。どういうことだ?」
「お嬢様には想う相手がいて、その男と結婚させるために今回の派手なイベントを催したらしいです。」
「ほー。」
適当な相づちに項垂れて振り返る。
「私の言っている意味、分かってますか?坊ちゃんの出る幕はないということですよ?」
アレックスはにこにこと微笑み返した。
「まだそうとは決まってないだろう?俺が見事ドラゴンを退治すれば、メアリ嬢の気持ちも変わるだろう。」
(本当に前向きっすね、坊ちゃん。)
「でも、ここに住むドラゴンは草食で大人しいはず。どうしてドラゴン退治などさせようと思ったんでしょうね。」
ナナシの質問に答える者はおらず、ただうっそうとした森にオオカミの遠吠えが遠くで鳴り響いた。
次回、ドラゴン退治。