それぞれ
「裕福な民、その民に彩られた幸せな村、例えばそのような空間にさえ、人間を落とす場所が常にある」
「それ、なに? クイズなら僕、苦手だよ」
「違うんだ。クイズじゃない。」カカナは微笑みを浮かべる。「覚えておくといいよ」
「今の?」ユースケは瞳を魅力的に揺らした。「もう、思い出せない」
ユースケのくったくのない、愛らしい笑顔。カカナは、一回りも年下のユースケにドキッとした。
「それより、カカナ、一緒に遊ぼう?」
「……そうだね。何をして遊ぼうか?」
「う〜ん」腕を組んで考えるユースケ。
カカナは必死に笑いをこらえていた。
「なわとび!」ユースケのサラサラした髪が風に揺れた。
「え〜また〜〜!?」
2人の仲は、村人の誰から見ても美しく、また、心地よかった。
− − − −
カカナは村一番の美人だ。 僕はカカナが大好きだし、それはみんなも同じだと思う。でも、僕とカカナは特別なんだ。
2人の間には秘密がある。カカナの屋敷にある黒い箱。大きく、素敵な、黒い箱。
だから、2人は特別なんだ。箱の中に何が入っているか、それはカカナしか知らない。でも、他のみんなは箱の存在も知らないんだ。
僕は特別であることを神に感謝している。
− − − −
最近は物騒になってきた、と両親が話していた。人殺しが相次いでいるらしい。母は、僕を心配した。僕は、誰よりカカナのことを心配に思う。
カカナのためなら何でも出来る。もっと、もっと、彼女を知りたい。
カカナが家にいない時間を見計らって、こっそりと忍び込む。
全てを共有出来ればいいな。
そう思って開いた黒い箱。中にあったのは引きちぎられた死体の数々。
何故。
− − − −
金属音。蝶番が外される。玄関の引き戸が開く音。
板張りの渡り廊下。
座敷。
足音が近づいてくる。僕は息を止めた。
戸が開いて隙間から眩しい光り。目が眩む。
明かりに慣れると、そこに立ち尽くしていたのは、カカナだった。
カカナの青白い髪は、この世のものかと疑うほど不思議な魅力に満ちていた。
「ユ、ユースケ?」カカナは反射的に口に手を添えた。
瞳はこれ以上ないほど見開いている。
「……カカナ」
沈黙が訪れる。その重さに首の骨が折れそうだ。
僕は、カカナに何て言ったら良いのだろう。果てしない沈黙に、発音の仕方を忘れてしまいそうだ。……いや、そんなものさっさと忘れてしまいたい。綺麗サッパリ忘れられたら、どれだけ幸せだろう。
もしそうなったら、僕はきっと、神様に投げキッスをして、毎朝のお祈りは欠かさなくなるに違いない。判然とした未来に希望を見出して、大笑いするかもしれない。
……神様。果たして、僕と彼女が救われるすべはあるのでしょうか?
「見たんだね?」そう言ったカカナの表情は、彼女の背後から差す明かりが邪魔して良く見えない。
僕は何も言わずに、ただ頷いた。
「秘密って言ったのに…」カカナはユースケの方へ一歩近づく。
「カカナ、何で?」僕の声は震えていた。
「何で? そんなの殺したいから殺したに決まっているでしょう? それ以外の理由なんて、全て言い訳に過ぎない」
「この人たち、カカナになんかしたの?」ユースケは箱を見て言った。
「まぁ、…したね。………ユースケなら、わかってくれる?」
「人殺しなんてダメだ」ユースケの声は、今にも消え入りそうなほど、か弱い。
「そうかな?」カカナは、また一歩、ユースケに近づく。
「世界中の人がそう言う」
カカナは、苦笑した。
「それで、私にどうしろって?」
「何でこんなこと…」
カカナは、ユースケの背丈に合うように、ひざまずいて額にキスをした。
「こいつらは、私の家に喜んで入ってきて、喜んで殺されたのさ」カカナは箱を横目に言った。
「この家に来た全員を殺したの?」
「大半は死にゆく。だけど私は、君を殺していない。」
「何で?」
カカナは僕の言葉に首を少しだけ傾け、肩を竦めた。
「ユースケには、まだ、わからないことが多い」カカナは片目を細める。「フィラデルフィアがヒーローを生むのと同じ理由で、私はこの村のヒールなんだ」
「わからないよ」
「わざとそう言ってる。今、君がわかったってしょうがないことだから」
「わざと?」
「そう。でも、いずれわかる。覚えておきな。あと、そうだね……」カカナは箱の縁に上品に座った。「君が好きだ」
ユースケは一瞬あっけにとられたようにカカナを見つめ、そして、笑った。
「うわぁ〜、それ卑怯」
「笑うところじゃないよ。警察を呼んできて…、私はここで待っているから」
ユースケは一度頷くと、走って行ってしまった。
カカナはしばらくそのまま動かなかった。そして、微笑む。
「わからない」ユースケの声色を真似して言った。
カカナは大きく背伸びをして、箱の中にあったナイフを握りしめた。
− − − −
戻って来たときには、カカナは血にまみれて死んでいた。手首を切ったらしい。
僕はカカナの死で、勘違いしていた幾つかのことに気づいた。
カカナは、村人にけむたがれるような存在だった。みんな口には出さないだけで、それはあからさまだった。とてもかわいそうだ。村人もカカナも。
カカナが嫌われる理由は、まだ僕にはわからない。そして、これからもそれは変わらないだろう。彼女がいずれわかる、と言った言葉は嘘っぱちだ。
僕はあれから、更にカカナの影を追うようになった。人間を殺すことにもなれてきた今だからこそ言える。
「僕は好きだよ、カカナのこと」
ありがとうございました。