キセキの力
「よし! ショウ行くぞ! 準備はいいか!?」
賢明な判断だな・・・監督。
そうだ、こういう場面を俺は待っていた。
「いつでもいけますよ・・・やります」
甲子園出場を賭けたこの大一番。
9回の裏、ツーアウト満塁。
点差は3点。
そう、一発が出れば逆転サヨナラだ。
俺は数々のキセキを起こしてきた。
そういう契約を交わした・・・神と・・・。
三年前・・・神は、突然俺の前に現れた。
物心ついた頃から始めて、必死に練習し続けた野球。
親父の厳しい特訓では血反吐を吐いた事もあった・・・。
少年野球の名門クラブではレギュラーを確保していたが、
中高一貫のこの学校へ入学してからは、世界が違った。
俺は14歳の時に自分の限界を悟ってしまった。
上には上がいて、自分には才能が無いことを・・・。
まず体格だ。
この年齢で174cmは普通だ・・・。
かと言って特別足が速い訳でもない、50mを7秒程度だ・・・。
守備は昔から鍛えられたお陰もあって、そこそここなせる。
打撃に関しては、空っきしダメだ。
バントこそ自らの生きる道だと信じ、特訓を重ねたが、
それだけでレギュラーを張れる程、甘い世界でもなかった。
それでも俺は諦めきれなかった。
毎日の筋トレ、走りこみ。
毎晩のようにバットを振った。
中学3年の最後の大会を終え、自分の進路に迷っている時だ。
使い続けてきたグローブ、バット、ボール、ユニフォームを箱に詰め、
涙混じりで俺の野球人生に別れを告げた時に、神は現れた。
神の見た目は別に年老いた老人ではなく、俺と全く同じだった。
突然現れた分身に驚いたが、神は淡々とこう言った。
「お前の努力はずっと見てきた。 それに報いをやる。 どうする?」
努力は必ず報われる・・・。
親父の口癖だ。
俺はそれを信じてずっと努力してきたつもりだ。
貰えるものがあるなら貰おうと思ったのが、率直な感想だ。
「そりゃぁ・・・報われるなら・・・、でも・・・どうなる?」
「俺と契約しろ・・・そうすれば報われるはずだ」
契約と聞いて、当時の俺は怯んだ。
何か恐怖を感じた。
「契約?・・・どういう意味だ?」
「キセキを起こせる男にしてやる、お前を」
「いや・・・意味がわからない」
そんなやり取りが続いたが、
神は本物だった。
テレビを付け、野球中継を見た。
ちょうど今と同じサヨナラの大チャンスだった。
「みてろ、この打者はライトポール直撃のサヨナラホームランを打つ・・・4球目のストレートだ」
「バカ言え!完全に繋ぎの代打じゃねぇか? この選手がホームランなんて・・・」
「打ったら信じるか?」
「・・・ま・・・まぁな」
神の予言は的中した、完璧に・・・。
「どうだ?これがキセキの力だ・・・契約するか?」
勝ち誇るわけでもなく、淡々とした口調で神は俺を見下した。
「契約・・・内容はどうなる?」
契約の内容はこうだ。
一つ、キセキは努力の結果と思い、聞かれたら話せ。
一つ、キセキの力を使用すると、寿命が縮む。
一つ、力の強さと寿命の縮む長さは比例する。
一つ、キセキの力は野球にのみ活用せよ。
一つ、契約内容を守れなかった場合は引き換えに命を捧げる。
「さぁ?どうする? 契約するか?」
「命まで賭けるのか・・・怖い話だな・・・」
「怖気づいたか・・・無理も無い・・・契約するかしないかはお前の自由だ」
「縮む寿命ってどれくらいなんだ?」
「お前の実力次第ではあるが・・・さっきの選手であれば5年は縮んだろうな・・・」
「ご・・・5年・・・」
「お前が言った通り、さっきの選手はホームランを打てる選手ではない。 仮に小学生があの打席に立って打ったなら、
即死だろうな・・・」
「力を使う前にそれは判らないのか?」
「それはお前自身が判るだろう? 身の丈にあってるかどうかを・・・フフフ」
正直俺は迷っていた。
しかし、自分の努力が光を浴びる瞬間を夢見ていたのも事実だ・・・。
「まぁ、よく考えろ、契約はいつでもできる・・・心で神である俺を呼べ。 そして・・・契約する、キセキの力をくれと願え」
俺は契約をした。
その場面は早めにやってきた。
高校入学直後の1年交流戦だ。
他校との試合で俺は代打で出場した。
ランナーは居なかったが、校舎の3階の窓ガラスを割る特大ホームランを放ってやった。
推定飛距離は150mはあっただろうか、
それから周りが俺を見る目が一変した。
その体で?
その腕力で?
そういう声が圧倒的に多かった。
俺は「努力の結果だ」としか答えられなかった。
まぐれ扱いもあって、時折その力を披露するハメになった。
だが、寿命は惜しい。
要所でしか力を使うことはなかった。
そして、寿命をより使わないために、これまで以上の努力をするようになった。
そう・・・命が賭かっているから・・・。
だが名門である俺の高校ではレギュラー争いが厳しい。
力を使う機会は度々訪れた。
この三年生として迎える夏の大会に全てをつぎ込むために、
レギュラー確保のためのヒット、ホームランに費やした。
あの日以来、神は俺の前に現れていない・・・。
だが、俺は必死だった。
身の丈に合った活躍にするために・・・。
寿命を延ばすために・・・。
そんな中迎えた今日という日だ・・・。
こんな瞬間のために、毎日を送っていたといっても過言ではない!
俺は打席に入った。
応援席からは大声援が響いている。
さぁ・・・キセキの力を見せてやろう・・・。
「ピッチャー交代!」
この場面でピッチャー交代か・・・。
そのピッチャーは小柄な男だった。
速球派じゃないな・・・関係ないけど・・・。
ホームランを打つだけだ・・・命を削って・・・。
よし・・・3球目ぐらいでいくか・・・。
ある程度ボールを見極めて、実力差を測ってからでないと、
寿命が縮むからな・・・。
ズバン!!!!!!!
「ストラーーーイクッ!!」
は・・・速い・・・。
150km/h以上は出てるぞ・・・。
これは・・・寿命が縮む・・・。
「お前だけが・・・お前だけがキセキの力を持っていると思うなよ!」
なに?!
今・・・なんていった?
まさか・・・
こいつも・・・?
「まさか・・・お前も・・・キセキの力を?!」
「いや・・・違う!! 努力の結果だ!!」
!!!!
ま・・・間違いない・・・。
シュルルルルルルッ!
ズバン!!!
「ストラーーイク! ツー!!」
ま・・・・まずいぞ・・・。
何なんだ・・・今のカーブは・・・。
曲がりが尋常じゃない・・・。
「タイム! タイムお願いします!!」
ここは一旦間合いを置かなくては・・・。
どうする・・・。
どうする・・・。
あんな球を打ったら・・・。
キセキの力をキセキの力で打ち返したら・・・
どうなるんだ・・・俺・・・。
やっぱり死んでしまうのか・・・?
ええい! どうにでもなれっ!
打ってやる!
・・・打って・・・打ってやる!!
「プレイ!!!」
ピッチャーはこれまで以上に大きく振りかぶりやがった・・・。
・・・くる!
ッビ!!
ゴォォォォォー!!
ブン!!!
カキーーーーン!!!
どうだ!!! 行ったか!?
センター方向への特大ホームランを狙ったが、
押し込まれてライト方向へ切れている・・・・
「入ってくれぇ!」
「ファール!!! ファール!!」
場内は大きな溜息と歓声に沸いた・・・。
っく・・・。
ギリギリ切れた・・・。
衝撃でバットにヒビが入ってる・・・。
っくそ・・・。
ッハァ・・・ハァ・・・。
まずい・・・まずいぞ・・・。
体が震える・・・。
ッハァ・・・ハァ・・・。
・・・ん?
「お・・・おい?」
ピッチャー・・・倒れてるじゃねぇか・・・。
「タイム! ターーイム!!」
キャッチャーが駆け寄って、審判も内野手達もマウンドに集まっていく・・・。
・・・そうか。
あいつ・・・寿命が来つつあるのか・・・。
ッハァ・・・ハァ・・・。
こ・・・これはチャンスだ!
しかし・・・そのピッチャーは担架で運ばれ、グランドから姿を消していった・・・。
まさか・・・死んだのか?
おいおい・・・冗談じゃない・・・。
俺もこのままじゃ・・・いつかそうなるのかよ・・・。
嫌だ・・・死にたくない!
助けて・・・助けてくれ・・・。
そうだ・・・神だ・・・神に・・・!
「おい! もういい! もう野球はいいんだ! 努力だって報われた! おい?!出てこいよ!!」
「・・・都合の良い野郎だな、お前? 契約を破棄するのか? 死ぬぞ?」
「おお!? 死ぬ? 嘘だ! そんな契約だったか?」
「あぁ・・・言ってなかったか? 契約破棄も死に値するぞ・・・フフフ」
「そんな・・・聞いてないぞ・・・」
「ちゃんと逃げ道を確認しないからだ・・・ハハハ」
「ど・・・どうすれば・・・いいんだ? 生きられるんだ?」
「必死だな?おい?!・・・良いんだ、お前は。」
「ど・・・どういうことだ?」
「お前は努力を怠らなかった・・・お前が使った力は最初のドデカいホームランとさっきのファールだけだ・・・」
「どういうことだ??」
「だから・・・使ってないんだよ! お前の実力だ・・・殆どはな!」
なんだって?
俺の実力?
「お前は本当によく努力したな・・・。 キセキを起こせる実力を身に付けてしまったんだよ」
「本当かよ?!」
「あぁ・・・だから寿命だってまだたくさん残ってるはずだ・・・、勝負してもいいと俺は思うぜ!」
そうか・・・そうなのか・・・。
でも・・・
いや、やろう!
「よし!!」
「おい?ショウ?大丈夫か・・・? 一人でブツブツ言って何してる? リラックスだ!リラックス!」
「お・・・おお! やってやるさ!」
「このバットを使え! 皆の思いが詰まってる!!」
キャプテンのユウイチが俺の所へ駆け寄ってきた。
このバット・・・。
ベンチ入りできなかった三年生達が、
キャプテンのユウイチに託したバットだ。
皆のサインが・・・激励の言葉が書かれている。
「よーーーし! 打つぞ!!」
もう怖いものは何も無い!!
ホームランだ!
俺が決めてやる!
俺は意気揚々と、代わりのピッチャーの投球練習を見守った。
球筋は普通だ・・・。
打てる!
「プレイ!」
初球だ・・・。
俺の実力と・・・キセキの力・・・。
二つがあれば、
サヨナラホームランだ!
ッビ!!
シューーー!
ブン!!!
カキーーーーン!!!
どうだ! 完璧だ!!!
打球はバックスクリーンへ一直線だ!
「ホームラン!!!」
よっしゃーー!!!
どうだ!? 見たか!!
スタンドは沸きあがり、俺は飛び跳ねながらダイヤモンドを一周した。
ウウーーーー!!
「試合終了!! 7対6で陵北高校の勝利!」
やったぜーーー!!!
俺はチームメイトに揉みくちゃにされながら、ベンチへと引き上げた。
よかった・・・。
体もなんとも無い・・・。
ついに俺は、ついに俺の野球人生が花開いたんだ・・・。
やった・・・やったぞ・・・。
「すごかったぞ!!!ショウ!!! お前はやっぱり何か持ってると思ったぜ!!」
キャプテンのユウイチが俺に抱きつく。
「まさかホームランとはな! 一体お前はどうしたんだ!?」
監督も俺を涙でクシャクシャになりながら迎えてくれた。
「はい! みんなが! このバットが、俺に力をくれました! 皆のお陰です!!!」
俺も涙が止まらない・・・。
「一つ、契約内容を守れなかった場合は引き換えに命を捧げる。」
「え?」
「契約内容・・・守れなかったな・・・残念だ・・・皆のお陰か?!努力の結果はどうした?・・・フハハハハハ!!!」
神の声が聞こえた・・・?
「え?!」
お・・・俺は・・・。
ど・・・努力・・・か・・・・。
スポーツものを書くと毎回話が飛躍していってしまう私です。
表現が稚拙ではありますが、お楽しみいただけましたでしょうか?
よろしければ、感想、ダメ出しなどいただければ幸いです。