1話 美味しく食べてくださいね。
俺はきっと夢を見ている。
暖かい日差しの中、手元にひんやりとした感覚があった。それに目を向ければ、パチリと目が合った。
「おいしくたべてくださいね。」
そう言って微笑んだそれを、何の違和感もなくスプーンですくって口へ運ぶ。
ひんやりして美味しかった。どんな味かは覚えていない。
ぱちり。
目を開く。
意識はまだぼんやりとしている。
あぁ…まただ。
同じ夢を見ている。
最近そう感じることが増えた。
ピッ…。
カードをスキャンする音が聞こえて1人の白衣が入ってきた。
伸ばしてきた腕から反射するように逃げようと身を引けば、ジャラリ、と小綺麗な透明な鎖が音を立てた。透明な首輪は緩むことなく今日もオレをここに縛っている。
今日は毒の実験だったらしい。
コップから一口飲めば、身体が痺れて倒れ込んだ。2秒もすれば息ができなくなって、目が霞んだ。
「はっぁ…ひゅ…ひゅ…ぁ…」
身体の激痛と耳鳴り。ひどく咳き込んで、真っ白な床は赤に染まった。白衣を着た研究員はいつもどうりタブレット端末に何かを打ち込んでいた。
(もう、このまま、)
どこにもすがるものはない。何もない空中に手を伸ばして、つかんでもらえるわけもない。
(消えてしまいたい。)
溶けた手が落ちると同時に意識も落ちた。
…。
………。
…あたたかい。
ぱちり。目を開く。
あぁ、ここは。
「…ゆめか。」
幾度となく見てきたはずの場所だろう。
『夢、ですか?』
手元から声が聞こえる。
少し高めの声変わり前の男の子のような声。
白い前髪を分けた間から、チョコレートの角が1本のぞいている。澄んだ冬の空のような瞳が俺をみている。
いつもどうり、俺は長椅子に腰かけてそのアイスを持っている。
「そうだ。これは夢だろう?」
平和で、痛いことなんて無くて、あたたかいゆめ。現実への諦めを含んだ声色でそう問えば。
『…そうですね。”夢”のようなものでしょうか。』
「夢のような…?」
含みのある言い方に首をかしげた。
『ここは世界と世界を繋ぐ間。のようなものらしいんです。僕も詳しくは知らないのですが…。』
『ひとりぼっちで居た僕を連れ出した店長さんが、ひとりぼっちの君がいる世界と繋いでくれているんですよ。』
どうやらこのアイス屋周辺が一つの空間になっていて、俺の意識のみを繋いで連れてきているようだった。
『いなくなりたいって。そう思ったんです。僕も。君も、そうでしょう?』
「…。」
『僕はもう溶けかけで、誰かがいないと外には出られないんです。』
場面が変わるように、景色が滲んで変わる。
手元の冷たい感覚は無くて、目の前には俺より少しだけ小さい少年がいた。
白髪で真ん中で分けた前髪の間から1本の角が生えている。覗くのは澄んだ冬の空のような瞳。
『もう生きたくないからこうして夢にいるのでしょう?もう覚めたくないのでしょう?』
目をそらす。
『もう一度だけ、もう一度だけ一緒に、
一緒に生きてくれませんか?』
その一言に、もう一度そいつの目を見れば、潤んでいて、なんだか泣きそうだった。
見ていられなくて、手を伸ばした。
ぱちり、と瞬きをすれば、また場面が変わるように最初の景色に戻る。
手には銀のスプーンがあった。
『…そろそろ時間みたいですね。いつも食べきる前に君は行ってしまう。』
『こんどこそは、おいしくたべてくださいね。』
迷いなくすくう。口へ運ぶ。
ひんやりしていておいしい。ふわりと甘い香りがした。
…いつか前にした会話を思い出した、これを、バニラ味というらしい。




