第9話「七歳の壁」
七歳になった。
誕生日は特別なことはしない家だった。
母さんが好きなケーキを焼いてくれて、父さんが短く「また一年な」と言う。
それだけ。
でも俺は、それで十分だと思っている。
前世の誕生日は、一人だったから。
祖父母が施設に入ってからは、コンビニのケーキを一人で食べていた。
……思い出すと少し寂しくなるので、やめる。
今は、目の前のことだ。
七歳になって、俺の修行に少し変化があった。
父さんが、体の使い方を本格的に教え始めた。
「構えろ」
庭に立つ父さんは、いつも通り無表情だ。
俺は言われた通り、足を肩幅に開いて、膝を軽く曲げる。
「重心が高い。もっと落とせ」
ずるり、と腰を下げる。
太ももが張る感覚。
「そこで止めるな。限界まで落とせ」
「っ……」
膝が笑いそうになる。
でも、ぐっと堪えて姿勢を保つ。
「……よし。そのまま三分」
「三分?!」
「文句があるなら一分にしてもいい。代わりに十回やれ」
俺は黙った。
三分の方がまだマシだ。
ひたすら、耐える。
前世で祖父に習っていた古武術の基礎は、この体にも染みついている。
でも筋肉がまだ子どもだ。
脳みそは覚えていても、体がついてこない。
それがもどかしかった。
「……父さん、なんで体の稽古を、今から始めるんですか」
しゃべると少し楽になる気がして、話しかけてみた。
父さんは少しだけ考えてから、答えた。
「お前のスキルが何かは、まだわからない。だが、土台は変わらない。動ける体と、制御できる魔力。それがなければ、どんなスキルも意味をなさない」
「……なるほど」
「特に、お前は属性魔法が使えない」
それは、授与式の後に確認したことだった。
火も水も、土も風も、試してみたけれど、何も出なかった。
「そうなると、接近戦と魔力操作で戦うことになる。だから、体が命だ」
「じゃあ……父さんみたいになれますか」
SSランク冒険者。
この世界でも指折りの強さ。
父さんは少し間を置いて、静かに言った。
「なれるかどうかは、お前次第だ。だが、目指す価値はある」
褒め言葉ではない。
でも俺には、十分すぎた。
三分が終わった。
「よし。次は素振り五十回。木剣を取れ」
「……はい」
膝を伸ばしながら、俺は木剣を拾った。
腕がすでに少し重い。
七歳の壁は、思ったより高かった。
でも、焦らなくていい。
俺には時間がある。
記憶も、ある。
そして、まだ正体のわからないスキルが、この手の中にある。
木剣を構えながら、俺は静かに息を整えた。
一振り目。
二振り目。
三振り目。
庭に、規則正しい風切り音が響き続けた。




