第71話 対抗戦、最後の
討伐実習から戻って一ヶ月後、対抗戦の案内が掲示板に貼り出された。
学院の四年生にとって、これが最後の対抗戦だ。俺にとっても同じ。
掲示板の前でレオが腕を組んだ。
「四年間の締めくくりか。燃えるな」
「出場するのか」
「当たり前だろ。お前は?」
「出る」
迷いはなかった。
対抗戦は学年ごとに行われ、各クラスから代表が出る。形式は一対一の個人戦だ。
去年も全勝した。でも今年は意味が違う。
討伐実習を経て、実戦の感覚が体に刻まれている。本物の殺気を知った上で、ここに立つ。硬化と纏いの同時発動も、短時間ならほぼ安定して維持できるようになってきた。
一年生のころとは、何もかもが違う。
本番まで二週間。俺は訓練の密度を上げた。朝は身体強化と古武術の型。昼は魔力の練度確認。夜はセレインとの自主練。
「動きが変わったわね」
セレインが俺の動きを見ながら言った。
「何が変わった」
「迷いがなくなった。討伐実習の前と後で、踏み込みが違う」
「怖いものが何なのか、わかったからかもしれない」
「それは強さになるわ」
セレインが静かに頷いた。それ以上は言わなかったが、言葉の重さは感じた。
対抗戦当日。
演習場のスタンドには上級生から下級生まで集まっていた。四年生の最後の対抗戦は例年注目度が高い。
俺の初戦から三試合は、昨年と似たような展開だった。属性魔法に頼る相手には、間合いに入ってしまえばいい。魔力の流れを読んで動く。体が迷わない。
「また同じか」とレオがスタンドから叫んだ。
「うるさい」
準決勝の相手は、Sクラスのナイジェルだった。体格が大きく、土属性の防御型だ。去年の対抗戦でも上位に残っていた相手だが、俺とは当たらなかった。
「アルマーレか。去年は見ていたよ」
ナイジェルが静かに言った。声に余裕がある。
「属性魔法なしで全勝した。今年も同じやり方か?」
「さあ」
試合が始まった。
ナイジェルは慎重だった。いきなり前に出るのではなく、土の障壁を何枚か展開して、こちらの動きを見ている。去年の俺の戦い方を研究してきたのかもしれない。
俺は正面から動いた。障壁に向かって走る。ナイジェルが追加の障壁を重ねてきた。
俺は障壁に触れる直前で左に切り返した。ナイジェルの視線が一瞬ずれる。その瞬間に右へ折り返す。二回の切り返しで側面に回り込んだ。
ナイジェルが障壁の向きを変えようとする。その一瞬に踏み込んだ。
硬化した肩でナイジェルの体ごと押し込む。大きな体が後退した。そこに纏いを展開したまま追い打ちの一撃を入れた。
硬化と纏いの同時発動、維持できた。
ナイジェルが膝をついた。
「……参った」
スタンドがどよめく。
次の試合まで時間があったので、ライルの試合を見た。ライルは相手の攻撃を最小限の動きでいなして、三合で決めた。無駄がない。
レオの試合は派手だった。大型の火球を連発して相手を圧倒した。勝ちにいく気持ちが全面に出ていた。
準決勝を三人とも勝ち抜いた。
決勝の相手は、同じ班のライルだった。
控えの場所でライルと並んで立った。
「お前と当たるとは思ってなかった」
「俺もだ」
ライルが少し間を置いた。
「全力でやる」
「当たり前だ」
それだけで十分だった。
試合前に観客席のノールを見つけた。手帳を持ったまま手を振っている。レオは「どっちも頑張れ」と大声で叫んでいた。セレインは腕を組んで静かにこちらを見ていた。目が合うと、小さく頷いた。俺も頷いた。
試合開始の合図が響いた。
ライルは雷属性だ。連続した細い電撃を使って、相手の動きを誘導しながら刺す戦い方をする。
最初の一撃が来た。細い電撃が左肩をかすめた。纏いで受けたが、しびれに近い感触がある。威力は抑えられているが、精度が高い。
俺は前に出た。ライルは後退しながら追加の電撃を放つ。討伐実習で磨いた踏み込みと立体機動を混ぜる。左右に揺さぶりをかけて、電撃の射線から外れ続ける。
ライルの表情が少し変わった。読みにくい、という顔だ。
距離が縮まる。残り三メートル。ライルが大きめの電撃を溜め始めた。
俺はそこに突っ込んだ。纏いをその瞬間だけ一点に集中させて、電撃を受け流しながら懐に入る。指先がしびれた。体の右側に衝撃が走る。でも体は動いた。
硬化した掌底をライルの胸に打ち込んだ。
ライルが二歩後退して、片膝をついた。長い静寂があった。
ライルがゆっくりと立ち上がった。
「……参った」
会場が沸いた。
俺は手を差し出した。ライルが握り返した。
「いい試合だった」
「お前こそ」
ライルが薄く笑った。四年間でこれが何回目の笑顔だろうと思いながら、俺も笑った。
対抗戦、優勝。
でも不思議と、それより大事なことがあった気がした。ライルと全力でやり合えたこと。討伐実習で同じ重さを背負ってきた仲間と、最後の舞台で戦えたこと。
指輪を左手で軽く包んだ。
ヒビたち、見ていたか。俺は、ここまで来た。
演習場を出る前に、セレインが隣に来た。
「ナイジェル戦、硬化と纏いを同時に維持していたわね」
「少しだけな」
「少しじゃなかったわ。あなたが目指していたことが、ちゃんと形になっていた」
セレインがそう言って先に歩いていった。
俺はその言葉を噛み締めながら、演習場の出口に向かった。
一年生のとき、ここに立ちたいと思った。フィーナ先輩の試合を見て、あの場所に立つ日を夢見た。今日で学院の対抗戦は終わる。次に立つ舞台は、もっと広い場所だ。
それが少し、楽しみだった。




