第67話 パチの力
部屋に戻ると、俺は収納の指輪に意識を向けた。
「出てきていいぞ」
ふわりと空気が揺れて、四体が次々と姿を現す。ヒビが羽を広げて肩に止まり、ミズチが床を静かに這い、ドロンがゆっくりと首を伸ばした。カゼマルが「キィ」と一声鳴いて窓際へ飛んでいく。
そして最後に現れたパチが、俺の足元でぴたりと止まった。
白いイタチ。細長い体に稲光の模様が走り、金色の瞳がこちらを見上げている。長い尾の先端が、かすかに光を帯びていた。
リンクを通して伝わってくるのは、深くて重い電気の圧力だ。蓄積されている、という感覚。他のヒビたちとは明らかに違う質感だった。
「今日はパチの検証をしようと思う」
俺がそう言うと、パチの耳がぴくりと動いた。
翌朝。ノールと待ち合わせて、いつもの訓練場へ向かった。早朝なのでほかの生徒はいない。ノールはすでに手帳を開いて待っていた。
「パチの検証だね。リンクの感触から見て、蓄積型だと思うんだけど」
「俺もそう読んでる。放電の仕方がどうなるか確かめたい」
ノールがペンを走らせる。パチは俺の肩の上に乗り、尾の先端をゆらゆらと揺らしていた。
「じゃあ、パチ。やってみよう」
リンクを通して意識を向ける。パチの中に溜まっているものを、少しだけ開放するイメージ。
次の瞬間、パチの体が白く光った。
尾の先端から細い電撃が走り、地面に触れる。ぱちりと音がして、地面に黒い焦げ跡がついた。
「おお」
ノールが目を丸くして手帳に書き込む。俺はリンクの感触を確かめた。放電した分、蓄積が少し減った。時間が経つにつれて、またじわじわと溜まってくる感覚がある。
「自然に蓄積していくのか」
「書いておくね。——常時蓄積・任意放電、と」
次は出力を上げてみた。パチに意識を集中させ、蓄積の解放量を増やす。パチの全身が光り、放たれた電撃が地面を走って三メートル先の標的石を弾いた。
衝撃でノールが半歩後ずさる。
「すごいな……」
「威力は本物だ」
俺は続けて試した。放電のタイミング、射程、方向の制御。パチはリンクを通した俺の意図に素直に応えてくれた。尾の先端から放つこともできるし、体全体から広域に放電することもできる。
広域放電を試したとき、ノールが手帳を持ったまま固まった。
「ジン。今の、俺にも痺れが来たんだけど」
「あー……すまん、範囲が広すぎた」
「いや、データとしては面白いから続けて。でも俺には向けないで」
真顔で言うノールが少しおかしかった。
さらに検証を続けるうちに、もう一つの性質が見えてきた。パチが体ごと対象に触れると、継続的な帯電状態を与えられるらしい。標的石に触れさせると、その後しばらく石の表面に電気が走り続けた。
「麻痺効果もあるかもしれない」とノールが言った。「魔物に使えば動きを止められる可能性がある」
「それは大きいな」
俺はリンクを通してパチの状態を確かめた。大量に放電したあとでも、蓄積はすでに回復しはじめている。完全に枯渇させようとしても、すぐにまた溜まってくる。回転が速い。
「速度強化にも使えそうか?」
試しにパチ自身に帯電させてみた。全身に電気を纏ったパチが、地面を蹴って走る。その速度は明らかに普段より速かった。一瞬、視界から消えかけた。
「っ、速い」
「見えなかった」ノールがぼそりと言う。「これは……脅威だね」
パチがぱたぱたと戻ってきて、俺の腕に登った。金色の瞳がこちらを見ている。満足そうに見えた。
「よくやった、パチ」
頭を撫でると、尾の先端がほんのりと光った。
ノールが手帳をまとめながら言う。
「蓄積・任意放電、広域放電、接触帯電、自身への帯電による速度強化。今日だけでこれだけ出たね」
「まだあるかもしれない」
「それは次回に。——今日のところはこれで十分だよ」
ノールが手帳を閉じた。朝の光が訓練場に伸びてきて、パチの白い体を照らしている。稲光の模様が、光の中でくっきりと浮かび上がった。
これで全員の検証が終わった。
訓練場を出ながら、ノールが少し考えるような顔をした。
「ヒビが火で、ミズチが水で、ドロンが土で、カゼマルが風で、パチが雷。五属性が全部揃ってるんだね」
「意識してそうなったわけじゃないけどな」
「でも偶然じゃない気がする」
「それよりジン、一個確認したいんだけど」
「何だ」
「パチの速度強化、もう一回見せてもらえる? 今度はちゃんと測りたい」
ノールが手帳を再び開く。俺は苦笑しながら訓練場へ引き返した。
「……記録魔め」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
パチを再び指輪から呼び出す。白いイタチが現れて、俺の足元でちょこんと座った。尾の先端がゆらりと光る。
ノールが地面に二本の木の棒を刺して、簡易的な計測用の目印にした。
「この二点間を走らせてみて。距離は大体十メートル」
俺はリンクを通してパチに意図を伝える。帯電、そして加速。
パチが地を蹴った。
白い閃光が走った、としか言いようがなかった。気づいたときにはパチは反対側の棒の前でぴたりと止まっていた。ノールが目を細める。
「……速いな」
「速いどころじゃなかった。一瞬だった」
ノールがじっと手帳に何か書いてから、顔を上げた。
「討伐実習でも使えそうだけど——あ、そっか。実習ではヒビたちは使えないんだっけ」
「ああ。指輪の中にいてもらう」
「それは惜しいな」
惜しい、という言葉はそうだと思う。でも仕方ない。スキルのことは、まだ隠しておく必要がある。
パチを指輪に戻して、俺たちは並んで歩き出した。朝の空気はまだ少し冷たくて、吐く息が白くなった。
「討伐実習、ジンは楽しみ?」
「楽しみ、というか……父さんに言われた言葉が引っかかってる」
「なんて?」
「本物の殺気は違う、って」
ノールが少し黙った。それから静かに言う。
「俺も怖い、正直に言うと」
「俺もだよ」
どちらともなく、足が止まった。朝の光の中で、二人してしばらく黙っていた。
五体それぞれに力がある。それを束ねているのが、俺のスキルだ。
まだ全貌はわからない。でも、確実に前に進んでいる。
ヒビたちと、ノールと、この場所で積み上げてきたものを信じて、俺は前を向いた。




