第66話 パチが変わる
カゼマルの検証から四日後、パチのリンクが変わり始めた。
変わり方が他の四体と違った。
ヒビは熱が膨らむような感触だった。ミズチは水底のざわつき。カゼマルは上昇気流みたいに浮き立つ感触。どれも「増えていく」感じがあった。
でもパチのそれは、ぴりっとした。
静電気に触れたときの、あの皮膚の表面が一瞬引き締まる感じだ。リンクの中にそれが混じり込んできて、最初は自分の勘違いかと思ったくらい小さかった。でも翌日には何度もそれが来るようになって、三日目には授業中にも感じるくらいになった。
「ぴりぴりする」
ノールに伝えると、手帳を取り出しながら少し笑った。
「雷らしいですね」
「雷のリンクってこういう感じなのか、と思って」
「パチのリンクは今まで穏やかでしたか」
「ほぼ無音に近かった。白くて静かな感触とでも言うか。本棚の影に引っ込んでるのに似てる」
「それが変わってきた」
「ぴりぴりが増えてる。でも怖くはない。むしろ……蓄積してる感じだ」
ノールが「蓄積」と書き留めた。
パチの進化は長かった。
一日目、リンクにぴりぴりが混じり始める。二日目、体が薄く光り始めた。白い毛が帯電したように逆立って、本棚の影でじっとしたまま動かなくなった。三日目、光が強くなった。白というより薄い黄色に近い光だ。
四日目、五日目。変わらない。
ノールが心配そうに言った。
「順調ですかね」
「リンクは安定してる。焦ってる感じはしない」
「ならいいんですが」
六日目の夜、リンクの感触がまた変わった。
ぴりぴりした感触が、今までと違う種類になった。表面的な静電気ではなく、もっと深いところから来る重い圧力みたいな感じだ。大きな雷が落ちる前の空気に似ているかもしれない。体がそれを察知して少し緊張した。
来る、と思った。
七日目の朝だった。
目を覚ましたとき、部屋の中がすでに明るかった。カーテンの隙間から入る朝の光ではない。本棚のほうが光っていた。
起き上がると、パチがいる影のあたりが白と黄色の光を交互に発していた。点滅ではない。波打つように、光の強さが変化している。
「今日か」
俺は椅子を引き寄せて待った。
指輪から他のヒビたちを全員出した。ヒビが机の端にとまって本棚のほうを向いた。ミズチが静かに体を持ち上げた。カゼマルが翼を少し広げた。ドロンが甲羅ごとパチの方向を向いた。
全員が、待っていた。
昼前だった。
光が一気に強くなって、バチ、という音がした。雷が落ちるような音ではなく、空気が一瞬凝縮されるような音だ。俺は目を閉じた。光が瞼の裏まで届いた。
光が引いた。
本棚の影に、パチがいた。
白い毛は残っていた。ただ姿がまるで違った。丸みのあった子ネズミの輪郭はなく、体が細長く伸びて、四肢が引き締まっていた。イタチだ。首が長く、胴が柔らかくしなやかに動く。以前はてのひらに乗るサイズだったが、今は腕の長さほどある。
白い毛の中に、細い黄色の線が走っていた。稲光のような、不規則な模様だ。尾が長く、ゆっくりと揺れて、先端が微かに光る。
パチが俺を見た。目の色が変わっていた。以前は黒に近かったが、今は深い金色だ。
「パチ」
名前を呼ぶと、パチが一歩前に出た。
リンクから伝わってきたのは、深くて重い電気の感触だった。蓄積されたものが、いつでも解放できる状態で収まっているような感じだ。ヒビの炎やカゼマルの風とは全然違う。静かに、でも確かに、力がある。
「おかえり」
パチが尾の先を一度光らせた。
部屋の空気がかすかにぴりっとした。それが返事だと思った。
俺は部屋を見回した。
ヒビが机の端で羽をたたんでいる。ミズチが腕の上で体を落ち着けた。カゼマルが肩にとまった。ドロンがどっしりと構えたまま動かない。パチが本棚の前から少し前に出て、全員が見える位置に立った。
五体、全員が第二形態になった。
それぞれのリンクが同時に流れ込んでくる。火の温かさ、水の静けさ、土の重さ、風の軽やかさ、雷の圧力。五つが混ざり合って、どこかに落ち着く。
「全員揃ったな」
誰に言うでもなく、声に出した。
返事はばらばらだった。ヒビが羽ばたき、ミズチが頭を傾け、カゼマルがキィと鳴き、ドロンがゆっくりと甲羅を動かし、パチが尾の先を光らせた。
それで十分だった。
夕方、ノールに報告すると、手帳を開く前に少し息を吐いた。
「全員揃いましたか」
「ああ」
「……記録してきてよかったです」
ノールの言い方は静かだったが、どこか感慨深そうだった。一年生のころからずっと書き続けてきた手帳が、今どれくらいの厚さになっているのか俺には想像もつかない。
「ありがとな。お前が記録してくれてたおかげで、俺も整理できてた」
「いえ。俺がやりたくてやってたことですから」
ノールはそれだけ言って、手帳を開いた。パチの進化の日付、所要日数、リンクの変化の推移を淡々と書き込んでいく。
「パチの検証はいつにしますか」
「少し休ませてからだ。今日はゆっくりさせてやりたい」
「そうですね。一週間かかりましたから」
ノールが手帳を閉じた。
中庭に夕方の光が差し込んでいた。木の葉が風に揺れて、影が地面にまだらに落ちている。
俺は指輪に意識を向けた。今は全員指輪の中に入っている。五つのリンクが、それぞれ違う感触で静かに流れている。
一年生のころ、スキルが何なのかわからなくて戸惑っていたことを思い出す。ヒビが最初に生まれたとき、何が起きているのか全くわからなかった。それが今は五体いて、全員が第二形態になった。
何が変わって、何が変わっていないのか。
「なあ、ノール」
「はい」
「ヒビたちって、これからまだ進化するのかな」
ノールが少し考えてから答えた。
「わかりません。でも、進化するとしたら、今より強い形になるんだと思います。それだけは言えます」
「根拠は?」
「今まで全部そうでしたから」
短い答えだった。でも妙に納得した。
「そうだな」
空が暮れ始めていた。俺は立ち上がって、指輪を軽く握った。
次はパチの検証だ。それが終わったら、討伐実習の準備も本格的に始まる。
やることは、まだまだある。




