第63話 ミズチの力
検証をしたのは週末の空き地だった。
セレインとの練習とは別に、俺が一人で使える時間を確保している。学院の外縁、ほとんど人が来ない区画の隅だ。
ミズチを袖の上に乗せて、まず向き合った。
進化してから初めてじっくり外から見る。鱗の紋様は昨夜より落ち着いて見えた。光っていない状態では、青みがかった白の地に藍色の模様が走っているのが美しい。透明な角は、角度によっては光を屈折させて小さな虹色を作る。
「やれるか」
問いかけると、ミズチが頭を持ち上げた。
やる、という意思がリンクから伝わってくる。波紋のような感触ではなく、落ち着いた水底の圧力みたいな感じだ。静かだが、確かなものがある。
「じゃあ、まず水を出してみてくれ」
ミズチが角を地面のほうに向けた。
次の瞬間、地面に細い水の流れが現れた。土の上にさらさらと流れる、透明な水だ。量はそれほどでもない。でも確かに、ゼロから水が生まれた。
「止めていい」
流れがすっと消えた。
「今度は量を増やしてみてくれ」
ミズチが少し静止した。それから、さっきより勢いのある流れが現れた。地面に小さな水たまりができるくらいの量だ。手のひらに受けると、冷たくて重さがあった。本物の水と変わらない。
「これは……かなりいけるな」
次に、流れる方向を変えられるか試した。俺が指で弧を描くようなイメージを送ると、ミズチが角の向きを少し変えた。水の流れが緩やかに弧を描いて、俺の手の周りを回るように動いた。
ヒビの炎と同じだ。俺のイメージを拾って動く。
「壁を作れるか?」
これは難しいかと思ったが、ミズチはすぐに反応した。地面に流れ出した水が、ゆっくりと立ち上がった。薄い水の膜のようなものが、俺とミズチの前に広がっていく。完全な壁とは言えないが、視線を遮るくらいの高さにはなった。
「すごいな」
素直な言葉が出た。
ヒビは炎の大きさと動きの自由度が高かった。ドロンは土の量と硬さが突出していた。ミズチは、水の形を変える精度が高そうだ。流れ、壁、弧を描く動き。同じ水の中で様々な形に変えられる。
俺は少し考えてから、もう一つ試した。
「攻撃に使えるか? 集めて飛ばす、とか」
ミズチがまた静止した。
しばらくして、空中に小さな水の塊が浮かんだ。ヒビの炎とは違って、丸くまとまっている。それが俺のイメージを受けて、地面に向かって勢いよく飛んだ。地面に当たってはじけて、土が少し抉れた。
「……圧縮して飛ばしたか」
水そのものより、速度と集中が物を言う。感触としては俺の魔力弾に近いものがある。ただ、魔力弾は硬化した魔力の塊だが、ミズチのは水の塊だ。当たったあとに広がる。
「広がる水で相手の動きを鈍らせたり、視界を遮ったりできる」
こういう発想はドロンのときにもあった。ドロンの土の壁が封じ込め向きなら、ミズチの水は制限と崩し向きかもしれない。
ノールが手帳を開いて記録している。
「水の量に上限はありそうですか?」
「まだわからない。でも今日の感じだと、持続して出し続けられる量はヒビの炎より多そうだ」
「持続力と形成精度が高い、と」
「多分な」
ノールが何か書き足した。ミズチが袖の上でゆったりと体を動かした。疲れていないようだ。
「一つだけ、気になることがある」
「なんですか?」
「水の温度を変えられるかどうか」
ノールが顔を上げた。
「熱くしたり、冷やしたりということですか」
「ああ。炎と水が合わさったら蒸気になるし、冷やした水を飛ばせれば別の使い方ができる」
「それは……面白い仮説ですね。ミズチに試してもらえますか」
俺はミズチに意識を向けた。水の温度を変えるイメージを送る。
ミズチが少しの間、静止した。
それから、俺の手のひらに向かって水の流れを向けた。最初は普通の冷たさだった。それが、じわじわと冷たくなっていく。川の深いところで水を掬ったような、骨に近いところが痺れる冷たさになった。
「冷やせる」
「逆はどうですか」
イメージを変えた。温かくなる、という方向に。
今度は少し時間がかかった。でも水の温度が上がってきた。ぬるい、から、お湯に近い温度まで。
「できる。ただ冷やすほうが速い。水だから、冷えるほうが自然なのかもしれない」
「属性の特性として冷却寄りということですね」
ノールが熱心に書いている。
俺はもう一度ミズチを見た。ミズチはこちらを見ていた。深い青の瞳が、静かに俺を映している。
「よくやってくれた」
ミズチが角をわずかに傾けた。
得意げとは少し違う。ただ、静かに、応えている。そんな感じがした。
「ヒビとの連携はどうなりますかね」
ノールが手帳から目を上げて言った。
「炎と水が同じ場所で使えたら、蒸気が出る。視界を遮ることができるかもしれません」
「やってみるか」
俺はヒビを指輪から呼び出した。ヒビが羽ばたいて、空き地の中ほどで停止した。炎模様の羽が、光の中でゆらめいている。
ミズチを向かせて、二つの意識に同時に語りかけた。水を出す。炎に当てる。
ミズチが水の流れを出した。細い筋だ。ヒビが羽の先に小さな炎を集めて、水に向かって放った。
接触した瞬間、シュッという音とともに白い煙が上がった。
量は少ないが、確かに蒸気になった。
「できる」
「記録しました。量を増やせば、かなり広範囲を煙で覆えますね」
「ただ、二体同時に動かすのは集中が要る。俺の意識が分散する」
「それが課題ですね」
ノールが手帳を閉じた。
俺はヒビとミズチを交互に見た。二体が空き地の中で、それぞれ独立した存在として動いている。それを同時に動かすのは、今は難しい。でも片方のときより複雑な動きができる。
「少しずつ練習する」
「無理に急がなくていいと思います。一体ずつで十分な強さがある」
ノールの言い方は穏やかだが、的を射ている。
ヒビがゆっくりと俺の肩に戻ってきた。ミズチは袖の上で体を丸めた。並んでいる形になって、二体のリンクが交互に俺の中に流れ込んでくる。温かさと静かさが混ざり合って、不思議と落ち着く感覚がある。
春の風が空き地を吹き抜けた。指輪の中でカゼマルが反応してぴよ、と鳴いた。
「お前もじきだな」
カゼマルはそれに答えるように、もう一度ぴよ、と鳴いた。
次はカゼマルの番だった。




