第59話 実家のひと時
帰省から三日が経った。
学院にいると毎日が練習と授業で埋まっているが、実家では時間の流れが違う。朝、庭で軽く体を動かして、朝食を食べて、双子の様子を見に行く——そんな繰り返しだった。
今日もカイルとソフィの部屋に顔を出した。
二人とも起きていた。カイルは天井をぼんやり見上げていて、ソフィはもぞもぞと動いている。
「よう」
声をかけると、ソフィが俺のほうを向いた。もう俺の顔を覚えているのかどうかは分からないが、視線が合う。
俺はゆりかごの横に椅子を引いてきて、腰を下ろした。
「暇か?」
返事はない。当然だ。
ソフィがまた腕をぱたぱたと動かした。俺は人差し指を差し出す。細い指がしっかりと掴む。この感触にも、少し慣れてきた。
しばらくそうしていると、内ポケットの中でヒビがもぞりと動いた。
「……出たいのか?」
こっそり手を入れて、ヒビを少し外に出してやった。掌の上に乗せて、ソフィのゆりかごの近くに下ろす。
ヒビが羽をゆっくりと広げた。
その瞬間、ソフィの目がヒビに向いた。
ぱちぱちと瞬きをして、じっとヒビを見ている。腕のぱたぱたが止まった。
「気に入ったか?」
ヒビが羽を一度ゆっくりと動かした。炎の模様がちらりと光る。
ソフィが「あ」と声を出した。
ほんの小さな音だったが、確かにそう聞こえた。俺は少し驚いた。こんな小さな赤ちゃんが声を出すとは思っていなかった。
「ヒビ、気に入られたな」
ヒビが羽をぱちりとさせた。照れているのかどうかは分からないが、そう見えた。
カイルのほうはというと、相変わらず天井を見ている。こっちは我が道を行くタイプらしい。
「カイル、お前はどうだ」
声をかけてみた。カイルがゆっくりこちらを向いた。じっと俺を見る。表情がほとんど動かない。
「……ライルみたいな顔してるな」
思わず笑ってしまった。
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昼前、母が部屋を覗いた。
「あら、また来てたの」
「少し様子を見に来てました」
「ふふ、仲良くなってきたじゃない」
「別に、そういうわけじゃ」
「なってるわよ。今朝も来てたでしょ」
言い返せなかった。
母が双子の様子を確認して、また出ていった。
残った俺は、ヒビをそっとポケットに戻した。
他のヒビたちも、今日は珍しく全員をここに連れてきていた。ミズチはポケットの端でとぐろを巻いていて、カゼマルはぴよぴよと鳴きたそうにしているのを俺が指で軽く押さえている。ドロンはのんびりと丸まっていた。パチだけがそわそわしていて、ポケットの中を動き回っていた。
「お前ら、静かにしろよ」
カゼマルが「ぴよ」と小さく鳴いた。我慢できなかったらしい。
ソフィがカゼマルの声に反応した。きょろきょろと目を動かしている。
「見えてないから安心しろ」
俺は立ち上がって、部屋を出た。廊下に出てから、カゼマルをポケットから出してやった。
「ここなら鳴いていいぞ」
「ぴよぴよぴよ!」
一気に鳴き出した。うるさい。でも、どこか嬉しそうだ。実家に来てから、狭いポケットにずっといたのを我慢させていた。少しくらい自由にさせてやってもいいか、と思った。
廊下の端まで連れて行って、しばらく歩かせてやった。
カゼマルがぴよぴよ言いながら廊下を走る。パチが後を追いかけるように飛び出してきた。
「お前も出たかったのか」
パチがひげをぴくぴくさせた。
ドロンだけはポケットの中でのんびりしていた。こいつは移動が面倒らしい。
「お前らしいな」
ドロンが甲羅の中からゆっくりと首を出した。それだけだった。
しばらく廊下で五匹を自由にさせていると、使用人が来る前に俺は全員を回収した。ヒビたちがここにいることは、家族以外には秘密にしておく必要がある。
部屋に戻って、窓から外を見た。
実家の庭は広い。木が何本か植えてあって、今は葉が青々としている。
「明日は父上と稽古か」
昨夜、父に申し込んでいた。学院での成長を見てもらいたい、という気持ちと、父がどのくらい強いのかを肌で感じたい、という気持ちと——両方あった。
父のSSランクという実力が、どういうものなのか。
今の俺には少し、想像できるようになっていた。
それが楽しみでもあり、少し怖くもあった。
夕食後、父に声をかけた。
「明日の稽古ですが——素手でお願いできますか」
「構わん」
「俺が今どのくらいの位置にいるか、見ていただきたくて」
父がじっと俺を見た。
「お前は強くなったか」
「……学院の中では、それなりに」
「それなりに、か」
父が少し目を細めた。否定も肯定もしない顔だ。
「明日の朝、庭に来い」
「はい」
それだけで話は終わった。父はそういう人だ。余計なことを言わない。言うべきときに、必要なことだけ言う。
部屋に戻って、ヒビを手のひらに乗せた。
「明日、父上に見てもらう」
ヒビが羽をぱちりと動かした。
「緊張するのは久しぶりだな」
フィーナとの稽古でも、対抗戦でも、緊張はしなかった。でも父が相手というのは、また違う種類の緊張だ。見られたい、という気持ちがある。認められたい、という気持ちが正直ある。
それが少し、くすぐったかった。
「……変なもんだな」
ヒビが羽をもう一度動かした。
笑ってるのか、励ましてるのか——どっちでもいい気がした。
俺は明日に備えて、早めに布団に入った。




