第55話 纏う①
身体硬化が一段落して、次の日から魔力纏いに取り組み始めた。
硬化は体の「外側を固める」感覚だった。纏いは「体の周囲に魔力の膜を張る」感覚——と聞いていたが、やってみると全然違う難しさがあった。
体の中に魔力を流すのは慣れている。
体の表面に定着させる感覚も、硬化で掴んだ。
だが「体から少し浮かせて、周囲に張る」という感覚が、どうしても上手くいかない。
「……剥がれる」
手のひらを見た。魔力を体から離そうとすると、すぐに霧散してしまう。硬化は体に貼り付けるイメージだったが、纏いは違う。体から独立した薄い層を作るイメージが必要だ。
感覚が掴めなくて、一時間が過ぎた。
「難しいな、これは」
素直にそう思った。
硬化よりも、魔力の扱いが繊細だ。強く押し出すと体から離れすぎてバラバラになる。弱すぎると体に張り付いて硬化になってしまう。ちょうどいい距離感を保つのが難しい。
その日はコツを掴めないまま練習を終えた。
翌日も同じだった。
三日目に、ノールを呼んだ。
「魔力纏いで詰まってる。何か資料はあるか」
「少し調べてみます」
ノールはその夜、図書室で調べてきたらしく、翌日の昼に紙を一枚持ってきた。
「身体強化の上位技術について書かれた古い文献がありました。かいつまんで言うと——纏いは『体から放出する魔力の密度を一定に保つ』感覚に近いようです。内側から押し出すのではなく、皮膚から自然に滲み出るようなイメージ、と書かれていました」
「滲み出る、か」
「体から離すというより、体の外に自然に溢れ出た魔力が層になる——そういう感覚に近いらしいです」
俺は少し考えた。
「強く出そうとするから霧散するのか」
「おそらく。力を入れすぎると拡散してしまうのかもしれません」
なるほど、と思った。
その日の放課後、練習場で試してみた。
体から魔力を「押し出す」のではなく、「滲ませる」。
水が地面に染み込むような、じわりとした感覚を意識する。強く出そうとしない。体から自然に溢れ出るにまかせる。
「……」
何かが変わった気がした。
手のひらを見ると、うっすらと魔力の揺らぎが見えた。体に張り付いているのとは違う、少し浮いた層になっている。
「出た……?」
触れようとすると霧散した。
だがたしかに、一瞬だが体の周囲に層が生まれた。
「方向性は合ってる」
声が聞こえた。
振り返ると、セレインが立っていた。いつの間に来ていたのか、俺は気づいていなかった。
「見てたのか?」
「少し前から。邪魔をするつもりではなかったので」
「構わない。今のを見てたなら意見をくれ」
セレインが少し考えてから言った。
「魔力が体の表面で揺らいでいました。纏いの初期段階に見えます。……ただ、密度にムラがありました。指先が薄い」
「意識が中心に寄ってるからか」
「そう思います。纏いは末端まで均等に意識を行き渡らせる必要があります。硬化の均等維持と似ていますが、もっと繊細です」
「硬化より難しいな」
「属性魔法に対する防御を担う技術ですから、それだけ制御が細かい、と私は思います」
セレインの言葉は丁寧で、押しつけがましくない。こういうふうに話してくれると、素直に頭に入ってくる。
「ありがとう。末端から意識してみる」
「頑張ってください」
セレインが軽く会釈して、自分の練習に戻った。
俺は指先から意識を始めることにした。
中心から広げるのではなく、端から積み上げる——ライルに教わった硬化の方法と、発想が似ている。弱いところを先に固める。
指先、手のひら、手首、腕——じわじわと外側から積み上げていく。
今日中に全身は無理だ。でも腕だけなら、少し安定した層が張れてきた。
硬化のときと同じだ。
焦らず、端から積み上げていく。それしかない。
その夜、部屋で少し試した。
腕だけに絞って纏いを張り、どのくらい維持できるかを計った。最初は十秒程度で霧散していたものが、意識の持ち方を変えてからは三十秒近く保てるようになった。
「硬化より感覚がふわっとしてるな」
硬化は体に「貼る」感じで、手応えが分かりやすかった。纏いは「漂わせる」感じで、自分で発動できているのか微妙なことがある。
「でもこれが属性魔法を弾くのか」
纏いを張っているときに小石をぶつけてみた——当然、弾くわけじゃない。物理は通る。でも魔力のぶつかり合い的なものは弾けるはずだ。
実際に試せる機会は授業か対人練習しかないが、今は感覚を作ることが先だ。
翌日の授業、魔力制御の上級クラスでセレインと同じ席になった。
「昨日の練習、続けましたか?」
セレインが静かに聞いた。
「腕だけなら三十秒ほど維持できるようになった」
「それは早い方だと思います。最初から全身を目指すよりも、部位を絞って完成度を上げてから広げるほうが効率がいいです」
「やっぱりそうか」
「……もし纏いを安定させたいなら、まず利き腕だけ完璧に仕上げることをお勧めします。そこが基準点になります」
「なるほど」
俺はメモを取る代わりに、その感覚を頭の中に刻んだ。
授業が始まると二人は自分の課題に戻ったが、休憩の合間にセレインが「指先の密度が大事です」と一言だけ追加した。前日の練習を見ていたからの言葉だ。こいつの観察眼は鋭い。
放課後、また練習場へ。
利き手の右腕だけに絞る。指先から始めて、手のひら、手首、前腕、肘——丁寧に積み上げる。薄い部分を探して補強する。その繰り返し。
一時間後、右腕だけなら一分以上維持できるようになっていた。
「……進んでる」
小さく呟いた。
まだ片腕だけだ。全身に広げるには、また時間がかかる。硬化のときと同じように、地道に積み上げていくしかない。
でも方向は間違っていない。
そう確信できたことが、今日の一番の収穫だった。




