第50話 ヒビの力
対抗戦が終わって、三日が過ぎた。
あの試合の熱が少し冷めてきたころ、俺はいつもの練習場に来ていた。
学院の外縁にある、人があまり来ない空き地だ。木立に囲まれていて、日差しがちょうどよく差し込む。ここ最近は俺の定番の場所になっていた。
「……よし、今日はお前を調べさせてくれ」
内ポケットに手を入れると、ヒビがするりと這い出してきた。
手のひらに乗ったヒビは、炎の模様が入った羽を小さく広げてみせた。第二形態になってから、こいつの羽はいっそう鮮やかになっている。光の角度によって、橙と深紅が混ざり合うように見えた。
「お前の力、ちゃんと把握したいんだ」
ヒビがぱちぱちと羽を動かす。
了解、という意思が伝わってくる気がした。リンクが第一形態のときより格段に鮮明になっていて、感情の輪郭みたいなものがぼんやりと流れ込んでくる。
俺はヒビを地面に下ろして、少し距離を取った。
「まず、炎を出してみてくれ」
ヒビが羽を一度大きく広げた。
次の瞬間、手のひらサイズの炎の塊がふわりと宙に浮かんだ。
見た目は小さい。だが、その熱量は相当なものだ。顔に当たる熱気だけで分かる。ただの炎じゃない——魔力が凝縮されている。
「……これを、自由に動かせるか?」
ヒビが羽をひらりとさせると、炎が宙をゆっくりと動いた。
俺の周りを一周して、元の位置に戻る。軌跡が空中に残るように、うっすら光が残った。
「器用だな、お前」
思わず笑ってしまった。
次に、炎の大きさを変えられるかを試した。ヒビは俺の意図を拾ったように、炎をじわじわと大きくしていく。最大まで広げると、人間の上半身ほどの規模になった。
熱風が髪を揺らす。俺は目を細めながら、その炎を観察した。
揺れ方が普通の炎と違う。どこか生き物のように脈打っている。
「……消せるか?」
ヒビが羽を閉じた瞬間、炎はすっと消えた。煙一つ残らない。
「完璧だな」
俺はメモを取る習慣はないが、この感覚は体に刻んでおこうと思った。ヒビの力は攻撃用としてかなり有効だ。ただ、スキルの正体を隠している以上、他の人間がいるところでは使えない。
使いどころが難しい——そこが悩みだった。
「次は、持続時間だ」
ヒビに炎を出させたまま、俺は距離を取ったり近づいたりしながら、どこまでヒビの力が届くかを確かめた。
俺が練習場の端まで離れても、炎はその場で揺れ続けていた。ヒビの意識がちゃんと炎に繋がっているらしい。
リンクを通じて、俺にもその感覚がうっすら届いてくる。あちら側から見た炎の「手触り」みたいなものだ。熱というより、確かな意志の延長みたいな感じがした。
一時間ほどかけて、さまざまなパターンを試した。
集中砲火的に小さな炎を連射できるか。炎を特定の形に固定できるか。俺の指示なしにヒビが自分の判断で動けるか——後者は、どうやら苦手らしかった。ヒビは俺の意図を待っていることが多い。完全に自律して動くより、俺とセットで動くほうが力を発揮できるようだ。
「コンビ向きってことか」
ヒビが羽をぱたぱたさせた。
どこか誇らしげに見えるのは、気のせいじゃないと思う。
「……ありがとな、今日は」
俺が手を差し出すと、ヒビはゆっくりと這い上がってきた。
羽が少し温かい。
その温もりを感じながら、俺はヒビを内ポケットに戻した。まだまだ分かっていないことは多い。でも今日だけで、ずいぶんヒビの力の輪郭が掴めた気がした。
次はドロン、ミズチ、カゼマル、パチ——それぞれについても、同じように調べていく必要がある。
焦ることはない。
一歩ずつ、確かめていけばいい。
練習場を出て、学院の廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「ジン、どこ行ってたんだ?」
レオだった。
腕を首の後ろで組んで、のんびりとした顔をしている。こいつは何も考えていないようで、周りの動きにはよく気がつく。
「ちょっと一人で練習してた」
「一人で? 珍しいな。誘えばよかったのに」
「今日は確認したいことがあったから」
そう答えると、レオは「そっか」とあっさり引き下がった。
このあたりがレオのいいところだ。必要以上に踏み込んでこない。
「対抗戦、お前の試合すごかったよな」
歩きながら、レオが言った。
「あの動き、また速くなってた気がする。俺はもう目で追うのが精一杯だったぞ」
「まだ詰めるところがある」
「十分すごいって。ていうかお前、満足するの?」
「しない」
レオが笑った。
「だよな。お前ってそういうやつだよな」
悪い意味じゃなく言っている、というのは分かる。
ただ、レオが思っている以上に、俺には追いかけているものがある。ヒビたちを最終形態まで育てること。スキルの正体を守りながら、自分の力を磨くこと。冒険者になって、世界に出ること——。
全部を話せるわけじゃない。
でも、それでいい。
「夕飯、一緒に行くか?」
レオが食堂の方向を指差した。
「行く」
ポケットの中で、ヒビがかすかに動いた気がした。
まだまだこいつのことを全部は分かっていない。でも今日の検証で、少し距離が縮まった気がした。
それで十分だ、と思った。




