第48話 圧倒
対抗戦の会場は、学院の中央広場に設けられた特設の闘技場だった。
石造りの壁に囲まれた円形のフィールド。
周囲のスタンドには学院生が集まっていた。去年、フィーナ先輩の試合を見たのと同じ場所だ。
先輩が戦っていたとき、俺はスタンドの一角からただ見ていた。
いつかここに立ちたいと思った。
今日は俺がそこに立つ。
「アルマーレ、第一試合だ。準備しろ」
係の先生に呼ばれて、俺はフィールドに向かった。
内ポケットのヒビが落ち着かない様子だった。
心配しているのか、興奮しているのかはわからない。
「大丈夫だ」
小声でそう言うと、少しだけ落ち着いた感情が返ってきた。
第一試合の相手は二年生だった。
火属性の使い手で、腕の立つ生徒らしかった。
スタンドからざわめきが起きた。属性魔法なしで出場している俺への懸念か、それとも期待か。
相手が炎を纏った拳を構えた。
俺は何も構えなかった。
ただ、体全体に魔力を均等に張った。手足の先まで、漏れなく。
「始め」
合図と同時に、相手が踏み込んできた。
炎が腕に巻きつき、速い。熱気が前から押し寄せてきた。
俺はその踏み込みを見てから動いた。
一歩横にずれて、軌道から外れる。相手の拳が空を切った。
すれ違いざまに、脇腹に手刀を入れた。
魔力を込めた一撃。
「……っ」
相手が体勢を崩した。そこに追い打ちはしなかった。
相手は立て直してまた来た。今度は距離を取りながら炎を飛ばしてくる。
俺は横に走りながら近づいた。
炎の軌道を見切って、体をわずかにずらす。熱気が頬をかすめた。
一歩、もう一歩。相手との距離が詰まっていく。
間合いに入ったところで、相手の腕を取った。
体を回転させて投げる。石床に相手が叩きつけられた。
「参った」
静かな声だった。
スタンドが少しざわめいた。
第二試合、第三試合も同じような展開だった。
属性魔法に頼っている相手には、間合いに入ってしまえば魔法を使う余裕を与えない。
近づく過程で魔力の動きを読んで、攻撃の軌道を先に知る。
フィーナ先輩との朝稽古で、ずっとそれを磨いてきた。
相手の魔力の流れ方で、次の動作がわかるようになってきていた。
あとは体を動かすだけだ。
身体強化が安定しているから、動き自体に迷いがない。
第四試合の相手は三年生だった。
今度こそ手強いかもしれない、という声がスタンドから聞こえた。
相手は水属性で、防御と攻撃を組み合わせるタイプだった。
水の障壁を張りながら、隙を見て攻撃してくる。堅実な戦い方だ。
これまでの相手の中で一番手こずった。
一度、障壁に腕を弾かれて体勢が崩れかけた。
だが、崩れた体勢のまま動き続けた。
崩れている間も魔力は流れている。バランスを取り戻す必要はない——崩れたまま次の動きに繋げればいい。
フィーナ先輩から教わったことだった。「完璧な体勢にこだわるな。動き続けることの方が大事だ」
俺は側面から回り込んだ。
相手が障壁の向きを変えようとする一瞬——そこに体が入っていた。
肩で相手の体を押し込んで、バランスを崩させる。
崩れたところに一撃。
「……参りました」
四試合目も終わった。
スタンドがざわついていた。
今度は、かなり大きく。
最終、第五試合の相手は同じ三年生だった。
雷属性の使い手で、素早い動きをする相手だった。
これが一番きつかった。
雷は速い。魔力の流れを読んでも、動作に移すまでの時間がほとんどない。
三度、かすめた。
痺れるような感覚が腕に走った。でも止まらなかった。
相手の動きのリズムを掴むまで少し時間がかかった。
速い相手ほど、パターンがある。そのパターンを見つけた瞬間、間合いに入った。
「……参った」
五試合目も、終わった。
最終試合を終えたとき、俺の成績は全勝だった。
フィールドを出ると、レオが飛びついてきた。
「やばかったぞジン!全部見てたけど、相手が何もできてなかった!」
「少し大袈裟だ」
「大袈裟じゃないって!スタンドも騒いでたじゃないか!属性魔法なしって言ったら先生まで驚いてたぞ」
「そうか」
「もっと喜べよ!」
ライルが横に立って、静かに言った。
「お疲れ。本当に全部身体強化だけだったな」
「ああ」
「見ていて、気持ちよかった」
ライルにそう言われると、素直に嬉しかった。
ノールが手帳を持って近づいてきた。
「データを取った。特に四試合目、一度体勢を崩したあとの動きが興味深かった。後で分析を見せてやる」
「いらない」
「見せてやる」
絶対に見せてくる。わかっている。
少し離れた場所で、セレインが立っていた。
目が合った。
セレインは何も言わなかった。
ただ、小さく頷いた。
それだけだった。でも俺には十分だった。
内ポケットの中でヒビが動いた。
温かくて、満足しているような感情が伝わってきた。
カゼマルのぴよぴよが今頃うるさく鳴っているだろうと思った。
ミズチは静かに待っているはず。ドロンはたぶん寝ている。パチは本棚の影から耳だけ出している。
帰ったら、今日の話をしてやろう。
全部話してやろうと思った。




