第41話「卒業の朝」
卒業式は、春の初めに行われた。
在校生は式には参列しない。ただ、式が終わったあとに卒業生が学院を出ていく道に立って見送る、という慣習があった。ジンはその列に並びながら、フィーナ先輩を待った。レオとノールとライルも隣にいる。四人とも、特に示し合わせたわけじゃなく自然にそこにいた。
冬が終わって、春の空気だ。風は柔らかい。それでも卒業の日というのは、どこか静かな重さがある。
卒業生が出てきた。三年生と四年生が混ざっている。去っていく先輩たちに、在校生が声をかけたり手を振ったりしている。笑い声と別れの言葉が混ざり合った、にぎやかな空気だ。
フィーナ先輩は一人で歩いていた。
声をかけてくる同級生の対応をさらりとこなしながら、どこか遠くを見ている。相変わらずつかみどころがない。笑っているようでいて、何を考えているのかわからない顔だ。一年間ずっとそうだった。
先輩がジンの前を通りかかった。
「お世話になりました」
ジンが言うと、フィーナ先輩は立ち止まった。
「お世話になりました、はこっちのセリフだろ」
「先輩に教えてもらったことの方が多いです」
「そうか」
先輩は少し考えてから言った。
「強くなったぞ、お前。一年前と比べて別人みたいだ」
「まだ半分も出させられないですけど」
「それでいい。私の半分を超えようとするな」
ジンは少し驚いた。褒められたのか、それとも別の何かを言われたのか、一瞬わからなかった。
「超えようとするな、というのは」
「私の真似をしても強くなれない。お前にはお前の戦い方がある。一年間見てきてわかった。それを磨け」
フィーナ先輩はそう言って、また歩き出した。
「先輩、この後はどうするんですか」
ジンが聞くと、先輩は振り返らずに答えた。
「もう少し別のことをする」
それだけだった。
先輩の背中が人混みに消えていく。最後まで飄々としていた。底が見えない人だと思っていたが、今日も最後までそうだった。
ただ、一年間ちゃんと見ていてくれていたのはわかった。それだけで十分だと思った。
「……かっこいい人だったな」
隣でレオが呟いた。珍しく静かな声だった。
ノールも、ライルも、何も言わなかった。四人でしばらく、先輩が消えた方向を見ていた。
その後ろで、人混みを少し離れたところにセレインが立っていた。先輩の後ろ姿を見送っていた。どういう表情をしているのかは、遠くてわからなかった。
その日の夜、レオたちと食堂で話した。
「フィーナ先輩、卒業しちゃったな」
レオが少し寂しそうに言った。
「先輩と絡んだこと、俺はほとんどないけど。ジンとの朝稽古、いつも遠くから見てた」
「見てたのか」
「うん。なんか、雰囲気が好きだった。二人とも、黙って動いてる感じで。なんかいいなって」
ノールが言った。
「ジン、朝稽古なくなったな。どうする?」
「一人でやる。課題は積み上がってるし、むしろ自分のペースでやれる」
「変わらないな、ジンは。普通もっと落ち込むだろ」
「落ち込む要素がない。もらうものはもらった」
「それがジンらしいよ」とノールが苦笑した。
ライルが静かに紅茶を飲んだ。
「一人でやってて寂しくないか」とレオが聞いた。
「ヒビたちがいる」
ジンが答えると、レオが「そういうことか」と笑った。ノールが「それはそれで羨ましい」と言った。
内ポケットの中でヒビが動いた。聞こえていたのかもしれない。熱が少し強くなった気がした。
夜、自室に戻ってジンは窓の外を眺めた。
春の夜だ。王都の魔力灯が遠くまで続いている。空気が少し暖かくなってきていた。冬が終わって、また新しい季節が始まる感じがする。
フィーナ先輩がいなくなった。一年間、毎朝あの訓練場で顔を合わせた人がいなくなった。穴が空いた感じがするかと思ったが、そうでもなかった。ちゃんともらうものをもらった、という感覚がある。感謝もある。でも後ろを向く理由にはならない。
ヒビが肩の上で動いた。
「今年もあっという間だったな」
返事はない。ただ熱が伝わってくる。それがいつもより少し強い気がした。
来年は三年生だ。対抗戦に出る。今日見たあの闘技場に、自分が立つ。その前に、まだやるべきことがたくさんある。魔力弾の速度。朝稽古の継続。そして、ヒビたちの成長。全部、ひとつずつだ。
ジンはヒビを肩から手の平に移した。ヒビが手の中で丸くなる。去年より確実に大きい。体に触れているだけで、何かが高まっている感覚がある。魔力が以前より豊かに、濃くなっている。その熱が、今夜はいつもよりはっきりと感じられた。
これが何を意味するのか、ジンにはまだわからない。ただ、遠くない気がした。こいつはもうすぐ、何かが変わる。そういう予感がある。
そう感じながら、ジンはヒビを内ポケットに戻した。カゼマルがどこかでぴよ、と鳴いた。ドロンが床の上でのんびりと丸まっている。ミズチは静かに机の端にいた。パチは本棚の影だ。
窓の外の春の星が、静かに輝いていた。




