第4話「一人でやってみる」
三歳になった頃から、俺は一人で練習するようになった。
母のレッスンは続いていた。でもそれだけでは足りない、という感覚があった。教わったことを自分の体に染み込ませるには、誰かに見てもらう時間より、一人でひたすら繰り返す時間の方が大切だと、前世の経験から知っていた。
古武術も、ゲームも、そうだった。
だから昼間、母が屋敷の仕事をしている時間に、俺は庭の隅で黙々と魔力操作の練習をした。
やることは単純だ。
魔力を手に集める。指先まで通す。足に流す。全身に広げる。それを何度も、何度も繰り返す。
最初のうちは、集めようとするとすぐに霧散した。意識を向けた瞬間だけ動いて、次の瞬間にはもう逃げている。まるで水を素手で掴もうとしているみたいだった。
――焦るな。ゲームで言えばまだチュートリアルだ。
自分にそう言い聞かせながら、続けた。
一週間後、指先に光が滲んだ。
ほんの一瞬で、すぐに消えた。でも確かに見えた。俺は思わず「よし」と声に出した。屋敷の庭に、三歳児の小さなガッツポーズが決まった瞬間だった。
魔力操作と並行して、体の鍛錬も続けていた。
父に教わった重心の移し方、軸の作り方。前世の古武術と合わせて整理すると、驚くほど体の動かし方が洗練されていく感覚があった。この世界の体術と前世の古武術は、根っこの部分でつながっているらしかった。
ただ、三歳の体には限界がある。
長時間動くとすぐにへばる。筋力もない。バランスも崩れやすい。頭では分かっているのに、体がついてこない。そのもどかしさが、正直なところ一番つらかった。
――まあ、体は時間が解決してくれる。
割り切って、できる範囲でやり続けた。
そんなある日、庭で練習していると父が通りかかった。
立ち止まって、しばらく黙って俺を見ていた。
俺は気づいていたが、気づかないふりをして続けた。重心を落として、ゆっくりと体重を移す。前世の祖父に何度も矯正された動きだ。
「……誰に教わった」
父が静かに言った。
俺は顔を上げた。
「父さんに教わったやつ、自分でやってみてた」
「俺はあそこまで細かく教えていない」
少し間があった。
「なんとなく、こうした方がいい気がして」
父は何も言わなかった。ただ少し目を細めて、また歩き出した。
去り際に、一言だけ残した。
「続けろ」
それだけだった。でも俺には、それで十分だった。
四歳になる頃には、魔力を全身に薄く広げることができるようになっていた。
均一には程遠い。右半身と左半身でムラがあるし、足先まで通そうとすると途中で途切れる。でも「広げる」という感覚自体は掴めてきた。
母に見せると、目を丸くした。
「ジン、これ自分で練習したの?」
「うん」
「……何回くらいやったの」
「数えてない」
母はしばらく俺の手を見つめて、それからふっと笑った。
「あなた、お父さんに似てきたわね」
それが褒め言葉だと分かって、俺は少し照れた。
夜、布団の中で今日の練習を振り返った。
まだまだ足りない。魔力操作の精度も、体の練度も、世界についての知識も。六歳のスキル授与式まで、あと二年もない。
でも焦りはなかった。
やることは決まっている。
ただ、続けるだけだ。
窓の外では、今夜も波の音がしていた。




