第39話「対抗戦前夜」
対抗戦は、学院の年中行事の中で最も大きいものだ。
毎年秋に開催される。三年生以上が出場し、個人戦とチーム戦の両方が行われる。一、二年生は出場できないが、観客として全試合を見ることができる。
ジンにとって今年が初めての対抗戦観戦だ。去年は一年生で、そもそも対抗戦がどういうものかも実感が薄かった。今年は先輩たちの動きを見るつもりで来ている。何より、フィーナ先輩が出る。
「楽しみだな」
前日の夜、四人で食堂に集まっていた。ノールが資料を広げて対抗戦の出場者リストを確認している。
「フィーナ先輩、どのくらい強いんだ。ジンが一番よく知ってるだろ」
レオが聞いた。
「俺が全力で挑んで半分も出させられない。それだけは確かだ」
「半分……」
「しかも手を抜いてそれだ。去年の秋に一度本気の圧を出してもらったことがあるけど、あのときはまともに動けなかった」
レオが絶句した。ライルも珍しく少し目を見開いた。
「実感がない」とレオが言った。「俺たちって、そんなに差があるのか」
「今はある。それだけだ」
ジンは静かに答えた。
差があるのは事実だ。ただ、それは今の話だ。来年、再来年、どうなっているかはまだわからない。焦る必要はないし、卑屈になる必要もない。ただ積み上げていけばいい。
「明日、先輩がどう戦うか見ておいた方がいいと思う。学ぶものがある」
「ジンらしい見方だな」とノールが言った。
「そうか?」
「普通は見て楽しむだけだよ。最初から勉強しようとは思わない」
ジンは少し考えた。
「楽しむのと学ぶのは両立できる」
「まあ、ジンはそういう人間だからな」
ノールが苦笑するように言った。レオが「俺は楽しむだけでいいや」と言って、ライルが小さく頷いた。
翌朝、試合前に訓練場でフィーナ先輩と顔を合わせた。
朝稽古はいつも通りやった。ただ今日は先輩の動きが少しちがった気がした。いつもの飄々とした感じは変わらないが、どこかが研ぎ澄まされている。普段は余裕が滲み出ているのに、今日はそれが内側に収まっている感じだ。
「今日、見ます」
「そうだな」
「何か意識することはありますか。見ていて」
フィーナ先輩は少し考えてから言った。
「魔力の使い方と、間の取り方。そこだけ見とけ。他は気にしなくていい」
「わかりました」
先輩は特に何も言わず、訓練場を出ていった。
ジンはその場に残って、少し考えた。魔力の使い方と間の取り方。先輩は必要なことしか言わない。だからその言葉には必ず意味がある。
今日の試合で、それがどういうことなのかがわかるかもしれない。
観客席に向かう途中、廊下でセレインとすれちがった。
「対抗戦、見るか」
ジンが聞くと、セレインは少し間を置いて答えた。
「見ます」
「じゃあ一緒に行くか」
「……そうします」
いつも通りの短い返事だ。でも断らなかった。ジンも特に何も言わず、隣を歩いた。
対抗戦の会場は学院の中央広場に設けられた特設の闘技場だ。
観客席には全学年の生徒が集まっていた。三年生の応援団が一番声が大きい。去年はこの雰囲気を遠くから眺めていたが、今年は観客席の中央にいる。
観客席に着くと、レオがすでに場所を取っていた。セレインの姿を見て少し驚いた顔をしたが、何も言わなかった。今日のレオにしては珍しい。ノールが隣で小声で「空気読んでる」と言った。
「毎年こうなんだろ」
「一年のとき、俺遠くから見てたから気づかなかった。こんなに熱いのか」
ノールが周囲を見渡す。
「ジン、フィーナ先輩はいつ出るの?」
「個人戦の最後らしい。一番強い出場者が最後に出る順番になってるみたいだ」
「じゃあしばらく待つな」
ライルが静かに前を向いていた。試合が始まるのを待っている。
個人戦が進んでいく。出場者は全員、三年生以上だ。水準が高い。それでも見ていてわかる。属性魔法の扱いは皆一流だが、フィーナ先輩はその中でも別格だろうと、ジンには予感があった。朝稽古でずっと相対してきたからこそわかる。先輩の強さは、魔力量や属性の話じゃない。
試合を見ながら、ジンはレオたちと少し話した。
「あの三年生、火属性の制御うまいな」
「本当だ。俺よりずっとうまい……ってことは、俺まだまだか」
「レオは制御より出力が先に上がってるタイプだから」
「それって褒めてるのか?」
「ただの観察だ」
ノールが試合を見ながらメモを取っている。何を書いているのかはわからない。ライルは腕を組んで静かに見ている。セレインはジンの隣で、静かに試合を見ていた。それぞれのスタイルだ。
二回戦、三回戦と進むにつれて、会場の熱が上がっていく。
そしていよいよ、個人戦の最終試合の番が来た。
内ポケットの中でヒビが動いた。この雰囲気を感じているのかもしれない。熱が、いつもより少し強かった。ジンはそっと手を当てながら、闘技場の入り口を見た。
やがて場内アナウンスが響いた。
フィーナ・アリエス、入場。
会場がざわめいた。




