第37話「硬化」
魔力を圧縮することはできるようになってきた。
ただ、問題は時間だ。形を安定させてから密度を上げるまでに、どうしても数秒かかる。実戦で使えるスピードじゃない。もっと早く、もっと自然に、一連の流れにしなければならない。そしてもう一つ、密度がまだ足りない。今の状態では触れてもせいぜい擦り傷程度だ。本当の意味で「弾」として機能するには、もっと密に、もっと固くする必要がある。
休日の練習場で、ジンは今日も一人向き合っていた。
セレインはいつもの岩に座っている。最近は本を持ってこないこともある。ただ座って、ジンの練習を静かに見ていることがある。それが当たり前になってきた。変なことだと思わなくなったのは、いつからだろう。
「今日はどのくらい保てますか」
セレインが聞いた。
「圧縮した状態で三秒くらい。崩れるまでに」
「先週より一秒増えましたね」
「ただ密度がまだ足りない。触れても大したダメージにならないと思う。石を当てた程度の話だ」
「硬さが足りないということですか」
「そう。固い、という感触がまだない。柔らかいまま形になってる感じだ」
ジンは手の平に意識を集中させた。
魔力を外に出す。流れを作る。安定させる。そこから収束。密度を上げる。
形が保たれた。薄い光のような塊が、手の平の上に浮かんでいる。属性がないから色はない。ただ空気が歪んでいるように見える。
三秒。四秒。
崩れた。
「密度の上げ方が途中で変わっています」
セレインが言った。
「どういうことだ」
「最初の一秒は均等に圧縮できていますが、そこから先で力の方向がぶれます。一点に集中させすぎているのかもしれません」
ジンは少し考えた。
「均等に、か」
「石を握るとき、一点だけ力を入れても形は変わりません。全体を均等に押さえるから変形する。それと同じイメージかもしれません」
なるほど、とジンは思った。確かに圧縮するとき、感覚的に中心に向かって押し込もうとしていた。それがぶれの原因かもしれない。
もう一度。
安定させる。収束させる。今度は均等に。全体を包むように。
四秒。五秒。六秒。
崩れた。でも手の平の上の感触が、さっきとちがった。重さがある。石を乗せたような感触ではなく、もう少し密な、固いものが触れた感覚だ。
「今のは」
「密度が上がりました。六秒間、先ほどより明らかに高い密度で保てていました」
セレインが落ち着いた声で言う。
ジンは手の平を見た。まだ感覚が残っている。あの「均等に包む」感覚が、確かに正解に近い。
「もう一度やる」
「どうぞ」
それから二時間、ジンはひたすら繰り返した。
均等に包む。全体を押さえる。崩れる。最初から。
十回、二十回、三十回。毎回少しずつちがう崩れ方をする。どこかがうまくいくと別のどこかが崩れる。それでも一回ごとに何かが積み重なっていく感覚はある。
五十回を超えたころ、変化が起きた。
魔力の塊が、明らかに「固い」と感じるようになった。手の平の上で形を保ちながら、触ろうとすると弾かれるような反発がある。ガラスのような感触だ。柔らかくはない。固い。これだ、とジンは思った。
「……できてる」
思わず声が出た。
八秒。九秒。十秒。
崩れた。
でも十秒間、確かに硬化した塊が存在した。手の平に残った感触は、今までとまったくちがう。重さがあって、密度がある。これなら飛ばせば当たったときにダメージになる。
ジンは深く息を吐いた。汗が額を伝っている。消耗している。ただ、疲れよりも達成感の方が大きかった。
「おめでとうございます」
セレインが静かに言った。感情の乗らない声だが、それが逆に本心に聞こえた。
「まだ飛ばせてないけどな」
「一つずつです」
「そうだな」
ジンは地面に腰を下ろして水を飲んだ。
セレインが近くに来て、同じように地面に腰を下ろした。少し距離を置いて。それがいつの間にか自然になっていた。最初のころは岩の上から動かなかったのに。
「硬化の感触、どう表現しますか」
「ガラスみたいな感じ。弾かれる」
「なるほど。文献では『凝固した魔力は鉄より硬くなりうる』と書いてありましたが、あなたのはまだその手前ですね」
「鉄より硬く……ってことは、もっと密度を上げられるのか」
「理論上は。ただそこまで硬化できた例は記録に残っていないそうです」
ジンは少し考えた。
記録にない、ということは誰もやっていないということだ。でも理論上はできる。それでいい。
「やってみる価値はあるな」
「……あなたはいつもそう言いますね」
セレインが小さく言った。批判ではない。ただ確認するような声だ。
「悪いか」
「いいえ」
短く答えて、セレインは空を見た。
ジンも同じ方向を見た。雲が流れている。風が草を揺らす。
内ポケットの中でヒビが動いた。熱が伝わってくる。いつもより少し強い気がした。応援しているのかもしれない。
次は飛ばす。それが次の壁だ。でも今日は、この感触を体に刻んでおけば十分だ。
二人はしばらく、黙ったまま同じ空を見ていた。




