第34話「休日の練習場」
休日の朝は、平日より一時間遅く目が覚める。
それでも他の生徒よりは早い。寮の廊下は静かで、食堂もまだ人が少なかった。ジンは軽く朝食を済ませて、荷物をまとめた。
今日は学院の外に出る。
目的地は学院から歩いて二十分ほどの、王都外縁の空き地だ。去年、フィーナ先輩に連れて行かれたことがある。広くて人が来ない。魔力を使った訓練をするには都合がいい場所だった。
内ポケットの中でヒビが動いた。いつもより早起きだと気づいているのかもしれない。
「今日は外に行くぞ」
小さな熱が返ってきた。
試したいことがあった。
ずっと考えていたことだ。
ジンの強みは魔力形成技術の高さだ。身体強化の精度は学院でもトップクラスで、魔力を体に流す感覚は誰より細かくコントロールできる自信がある。
ならば、体の外でも同じことができるはずだ。
魔力を外に出し、圧縮して固める。属性はない。純粋な魔力の塊だ。それを高速で飛ばせれば、遠距離への攻撃手段になる。属性魔法が使えないジンにとって、これができるかどうかは大きい。
ただ、難しいのはわかっていた。
体の中に流す魔力と、外に出した魔力はちがう。体の外では制御が格段に難しくなる。形成技術が高くなければそもそも形にもならないし、圧縮に耐えられるだけの密度を作れなければ、触れた瞬間に霧散するだけだ。
やってみなければわからない。
空き地に着くと、予想通り人の気配はなかった。
王都の外縁部は整備が行き届いていない。草が伸び放題で、遠くに森の縁が見える。魔物が出るような場所ではないが、冒険者や訓練生が使うこともない穴場だ。
ジンは荷物を置いて、まず体を慣らした。
軽く走り、魔力を全身に流す。いつも通りの感覚を確認してから、右手の平に意識を集中させた。
魔力を体の外へ出す。
これ自体は去年から練習している。問題はここから先だ。
出した魔力を、手の平の上で留める。風に散らさず、形を保つ。
……難しい。
体の中にあるときは、筋肉や血管が壁になってくれる。外に出した瞬間、その壁がなくなる。魔力がじわじわと周囲に拡散していく感覚がわかった。
形を留めようとすると、今度は動かせなくなる。固めると動かない。動かすと崩れる。
ジンは三十回ほど試みて、そのたびに霧散するのを繰り返した。
汗が出てきた。魔力の消費が思ったより激しい。
うまくいかない。ただ、どういう感覚を目指せばいいかは少しずつ見えてきた。体の中で魔力を流すときの、あの「川のような感覚」を外でも再現できれば、あるいは。
「……何をしているんですか」
声がした。
ジンは振り返った。
草の向こうに、セレインが立っていた。
いつも通りの表情だ。感情が読めない。ただその目が、ジンの手元をじっと見ていた。
「セレイン。なんでここに」
「散歩です。この場所は以前から知っていました」
セレインはゆっくりと近づいてきた。
「さっきから変な魔力を感じました。属性がない。でも、ただの身体強化でもない」
さすがだ、とジンは思った。魔力量が計測不能レベルの四属性持ちだ。感知の精度も当然高い。
「練習してる。魔力を外で固める感じの」
「……魔力硬化、ですか」
「そんな名前があるのか」
「あるにはありますが、使い手がほとんどいない技術です。属性魔法より制御が難しいので」
セレインはジンの手元を見たまま、少しだけ首を傾けた。
「見ていてもいいですか」
「別に構わないけど」
ジンは再び手の平に意識を向けた。
見られているのは少し気恥ずかしいが、今さらだ。
魔力を外に出す。留める。固める。
また霧散した。
セレインは何も言わなかった。ただ静かに、その様子を見ていた。
五回、六回と繰り返す。毎回同じところで崩れる。出した瞬間に引き戻そうとする感覚と、留めようとする感覚が喧嘩している。
七回目。
ジンは一度大きく息を吐いた。
考えすぎている。体の中で魔力を流すとき、こんなに意識していない。流れに任せながら、ただ方向だけ決めている。外でも同じでいいんじゃないか。
もう一度。
魔力を出す。今度は留めようとしない。ただ、散らさないように、方向だけ意識する。
……形が、残った。
薄い膜のような、不安定な塊だ。すぐ崩れそうだ。でも、今までで一番長く形を保っている。
三秒。四秒。五秒。
崩れた。
ジンは息を整えた。汗が首筋を伝う。
「今のは、少しちがいましたね」
セレインが静かに言った。
「気づいたか」
「魔力の動かし方が変わりました。最初の数回より自然でした」
ジンはセレインを見た。感情の読めない顔だが、目は真剣にジンの魔力を追っていたのだとわかる。
「身体強化のときの感覚に近づけてみた」
「……なるほど」
セレインはわずかに目を細めた。
「面白いアプローチです」
ほめているのか、分析しているのか、よくわからない言い方だ。でも否定ではないのはわかった。
ジンはもう一度構えた。
「もう少しやっていく。邪魔じゃなければいてくれていい」
「……邪魔ではありません」
セレインはそのまま近くの岩に腰を下ろした。
二人の間に、静かな時間が流れた。
風が草を揺らす。遠くで鳥が鳴く。ジンは黙って練習を続け、セレインは黙って見ていた。
内ポケットの中でヒビがそっと動いた。温かさが手に伝わってくる。
悪くない休日だ、とジンは思った。




