第32話「リゼル・ファラン」
入学式の日、ジンは在校生として式に参列した。
大講堂に新入生が整列する。百人近い人数だ。去年の自分もあの中にいたかと思うと、妙な感覚がある。一年前はこの広さに圧倒されていた。今はただ広い、と思うだけだ。それだけで十分、成長している気がした。
ジンはふと、新入生の列の中に目を引く生徒を見つけた。
栗色の髪を後ろで束ねて、背筋をまっすぐに伸ばしている。周囲に比べて、どこか空気がちがう。緊張しているわけじゃない。構えているというよりも、目的を持って来た人間の気配だ。
そしてその生徒の視線が、式の途中で一点に向いた。
セレインだった。
名前の読み上げでその生徒がリゼル・ファランだとわかった。年齢はおそらく十歳。ジンより一つ下になる。
式が終わったあとも、リゼルの目はセレインを追っていた。セレインは気づいているのかいないのか、いつも通りの顔をしていた。あいつなら気づいているはずだが、あえて無視しているのかもしれない。
昼休みにレオが早速やってきた。
「なあなあ、今日の新入生の中にすごい雰囲気の子いなかったか?」
「見た」
「セレインのこと、ずっと見てなかったか。なんか、崇めてる感じがした」
「崇めるは言いすぎだろ」
「いやでも、あの目はそういう目じゃなかったか。俺の気のせいか?」
レオが腕を組む。ジンは弁当に箸を伸ばしながら答えた。
「気のせいじゃないとは思う。ただ崇めてるというより……護衛みたいな、そういう感じに見えた」
「護衛?一年生が?」
「知らん。雰囲気の話だ」
ノールが向かいで紅茶を飲みながら静かに言う。
「リゼル・ファランって名前、どこかで聞いたことある。確か付与魔法で有名な家の……」
「エルディア家と縁のある家柄か」
「うーん、それは知らないけど。でも何かしら繋がりはあると思う。あの目は明らかにセレインを知ってる人間の目だった」
ジンもそれは感じていた。初めて見た相手に向ける目ではなかった。名前も顔も、ずっと前から知っていた人間の目だ。
ライルは黙って食事を続けていたが、ふと顔を上げた。
「式のあと、廊下ですれちがった」
「え、リゼルと?どんな感じだった?」
「……目が合っただけだ」
そっけなく言って、ライルはまた食事に戻った。レオが「素っ気なー」と呟いた。
夕方、寮の近くの廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。
「少しよろしいですか」
振り返ると、リゼルが立っていた。
真っ直ぐな目だ。物怖じしていない。式のときに見た遠目の印象よりも、近くで見るとさらに気配が鋭い。
「俺に?」
「はい。あなたがジン・アルマーレさんですよね。セレイン様と同じクラスだと伺っています」
「そうだけど、なんで俺の名前を」
「入学前に調べました。セレイン様のクラスメイトについては一通り」
ジンはわずかに目を細めた。徹底している。
リゼルはわずかに顎を引いた。
「セレイン様は、学院での生活に不自由されていませんか」
ジンは少し間を置いた。
なるほど。心配しているのか。わざわざ2年生のジンを探して声をかけてきたわけだ。
「不自由はしてないと思う。少なくとも俺が見る限りは」
「周囲との関係は?」
「普通だ。本人が望んで距離を置いてる部分はあるけど、それはあいつの性格だ。困ってるわけじゃない」
リゼルはしばらくジンの顔を見ていた。何かを確かめるような目だ。嘘を見抜こうとしているというよりも、ジンという人間を測っている目だ。
「……そうですか」
やがて小さく頷いて、頭を下げた。
「失礼しました」
踵を返して歩いていく。
ジンはその背中を見送りながら、しばらく考えた。
あの目は単純なあこがれとは少しちがう気がした。もっと真剣な、守ろうとしているような目だ。
まあ、関係ないか。
ジンは荷物を持ち直した。
内ポケットの中でヒビがわずかに動いた。同意しているのか、それとも眠たいだけなのか。ジンにはまだ判断がつかなかった。
夜の自室で、ジンはぼんやりと今日のことを振り返った。
カゼマルが棚の上をうろうろしている。ぴよぴよ鳴きながら端まで行って、また戻ってくる。相変わらずだ。
ドロンは床で丸まっていて、ミズチは机の端でじっとしている。パチは本棚の影に潜り込んでいた。そしてヒビはいつも通り、ジンの肩の上に座っていた。
全員、確実に大きくなっている。ヒビから伝わってくる熱も、去年より少し強い。成長しているのだ。目に見える変化ではないが、ジンにはわかる。
リゼルのことを少し考えた。あれだけ真剣な目を持っている一年生だ。悪い子じゃないと思う。ただ、何かを背負いすぎている感じがある。十歳であの目は、少し疲れる。
セレインに対してどう関わっているのかはわからないが、少なくとも邪魔をする気はなさそうだった。それだけわかれば十分だ。
このまま一緒に育っていけばいい。
それだけが、今のジンにとっての軸だった。
明日も朝稽古がある。ジンは静かに目を閉じた。




