第30話「静かな夜に」
魔力炉の異変が完全に収まったのは、一年生の終わりが近づいたころだった。
シオンから正式な説明があったのは、ある朝のホームルームだった。
「先日来からの魔力炉の変動について、学院として正式に報告します」
教室が静まりかえった。
「調査の結果、外部からの微弱な魔力干渉が原因であることが確認されました。現在は遮断処置が完了しており、炉の状態は安定しています。在学生の皆さんへの影響はありません」
それだけだった。
「原因は?」
誰かが聞いた。
「調査中です」
シオンはそれ以上は言わなかった。
教室にざわめきが広がったが、シオンの表情は動かなかった。
俺は前を向いたまま、その言葉を頭の中で転がした。
外部からの魔力干渉。
遮断はできた。でも原因はまだわかっていない。
調査中、という言葉は、まだ終わっていないということだ。
昼休み、ノールが静かに近づいてきた。
「聞きましたか」
「ああ」
「外部からの干渉、というのは……」
「誰かが意図的にやった、ということだろうな」
ノールは眼鏡を押し上げた。
「私もそう思います。自然現象じゃない。あの揺れ方は、明らかに方向性があった」
「感知してたのか」
「断続的に。波のような揺れで、一定のリズムがあった。自然の魔力変動にリズムはない」
さすがだ、と思った。
「先生たちが把握しているなら、俺たちが動く必要はない」
「そうですね。ただ……」
ノールは少し間を置いた。
「原因がわからないまま終わるのは、気持ちが悪い」
「そうだな」
俺も同じことを思っていた。
ただ今は、一年生が終わるタイミングだ。
できることをやって、できないことは保留にする。
それでいい。
夜、寮の自室に戻って、ヒビたちを出した。
扉に鍵をかけて、カーテンを閉める。
いつもの手順だ。
ヒビが肩に乗ってくる。
ミズチが床に静かにとぐろを巻く。
ドロンがのっそりと這い出して、床の感触を確かめるように動く。
カゼマルがぴよぴよ鳴きながら膝に飛び乗ってくる。
パチが本棚の影にするりと消える。
全員、入学したときより大きくなっていた。
ヒビは特にわかりやすい。
体の長さが入学前の倍近くになっている。
赤い毛並みの色も、最初より深くなった気がする。
「一年、終わるな」
誰に言うともなく、呟いた。
カゼマルがぴよ、と鳴いた。
「色々あった」
魔力炉の異変。
フィーナ先輩との稽古。
ノールへのスキルの打ち明け。
カイルとの模擬戦。
セレインとの、変わらない距離感。
全部、この一年の話だ。
思ったよりも濃かった。
でも足りないことのほうが多い。
フィーナ先輩の本気をまだ見ていない。
魔力炉の異変の原因もわからないまま。
ヒビたちはまだ最初の形のまま。
「来年も忙しくなりそうだ」
ヒビが肩の上で体を動かした。
同意しているのか、それとも単に寝返りを打っただけなのか、わからない。
でも、そういうところが好きだと思った。
こいつらは言葉を喋らない。
でも確かに、そこにいる。
それだけで十分だった。
窓の外に、王都の夜景が広がっている。
港町ガルナとは規模が違う。
灯りの数が違う。
人の多さが違う。
それでも、見慣れてきた。
この一年で、ここが少しだけ自分の場所になった気がする。
だが、まだ何も終わっていない。
むしろ、ここからだ。
カゼマルが膝の上でまたぴよ、と鳴いた。
「わかってる」
俺は小さく笑って、窓の外から視線を戻した。
ヒビが肩の上で、じっとしていた。
翌朝、いつもより少し早く目が覚めた。
訓練場に向かうと、フィーナ先輩がすでにいた。
珍しい。
いつもは俺が先に来ていて、先輩が後から来る流れだった。
「早いですね」
「たまにはね」
フィーナは訓練場の端に座って、空を見上げていた。
いつもの飄々とした様子とは少し違う。
どこか、遠くを見ているような目だった。
「何かあったんですか」
「別に。ただ、一年生が終わるなと思って」
「先輩は三年生になりますね」
「そう。来年は対抗戦がある」
フィーナは立ち上がって、軽く体を伸ばした。
「あなたは再来年だけど、楽しみにしておきなさい」
「先輩が出る対抗戦を見られるということですか」
「そう。あなたが観客席から見た景色を、いつか自分で塗り替えなさい」
俺はその言葉を、頭の中に刻んだ。
観客席から見た景色を、塗り替える。
「稽古、しますか」
「もちろん」
フィーナは構えを取った。
朝の空気の中で、俺たちは動き始めた。
一年生が、終わろうとしていた。
その日の夕方、セレインと廊下で顔を合わせた。
珍しいことでも何でもない。
同じSクラスなのだから、毎日顔は見る。
ただその日は、セレインのほうから声をかけてきた。
「一年、終わるね」
「ああ」
「どうだった」
「思ったより濃かった」
セレインは少し考えるような顔をした。
「私も、そう思う」
それだけだった。
でも、セレインがそういう言い方をするのは珍しかった。
感想を人に言う、ということ自体が。
「来年もよろしく」
俺がそう言うと、セレインは少し間を置いてから頷いた。
「ええ」
それだけ言って、廊下を歩いていった。
短い会話だった。
でも、悪くない一年の終わり方だと思った。




