第29話「学院の異変」
異変に気づいたのは、入学から四ヶ月目のことだった。
最初は小さな違和感だった。
学院の北棟の地下、魔力炉のある区画から、時々奇妙な振動が伝わってくる。
足の裏でわずかに感じる程度のもので、最初は気のせいかと思っていた。
でも三日連続で感じて、俺は確信した。
これは普通じゃない。
「魔力炉って、何のためにあるんだ」
昼食の席でノールに聞いたら、即座に答えが返ってきた。
「学院全体に魔力を供給するためです。照明とか、訓練場の魔力吸収壁とか、防護結界とか、全部あそこから来てる。学院の心臓部みたいなものですよ」
「それが不安定になったら?」
「……どうして急にそんな話を」
ノールの目が鋭くなった。
「最近、振動を感じることがある。足の裏で、かすかに」
ノールは少し黙った。
それから、眼鏡を押し上げながら言った。
「……私も、感じてた」
「やっぱりか」
「魔力の流れが、三日前から少し乱れてる。私の感知に引っかかって、気になってたんですが……アルマーレさんも気づいてたんですね」
「原因はわかるか」
「わかりません。でも自然な揺れじゃない。何か外側から干渉されているような感じがする」
レオが口を挟んだ。
「二人とも何の話してるんだ」
「学院の魔力炉が不安定かもしれない」
「え、やばくないか、それ」
「やばいかどうかは、まだわからない」
ライルが静かに言った。
「教師には話したか」
「まだだ。確信が持てなかったから」
「今日、話すべきだな」
ライルの言う通りだった。
講義が終わった後、シオンを捕まえた。
俺とノールが説明すると、シオンの表情がすぐに変わった。
「……魔力炉の振動を感知したの? 二人とも?」
「はい」
「いつから」
「三日前から」
シオンは少し黙って、俺とノールを見比べた。
「わかった。今日の夜、確認させます。あなたたちは何もしなくていい。普通に過ごしなさい」
それだけ言って、足早に去っていった。
その夜、フィーナ先輩と廊下で鉢合わせた。
「なんかあったみたいね」とフィーナが言った。
「知ってるんですか」
「さっきから教師が慌ただしく動いてる。何かを調べてる感じ」
「気づきますか、先輩でも」
「雰囲気でわかるわ。長くこの学院にいるから」
フィーナは廊下の奥を見ながら言った。
「去年も一度、魔力炉の点検が急に入ったことがあった。あのときと似た空気がする」
「去年は何があったんですか」
「外部からの魔力干渉があったって聞いた。結局、原因は特定されなかった。でも一週間ほどして、自然に落ち着いた」
「今回もそういうものですか」
「わからない。でも去年より少し、重い気がする」
「報告しました。魔力炉の振動のことを」
「あなたが気づいたの?」
「俺とノールと」
フィーナはしばらく俺を見た。
「ノールの感知はわかるとして、あなたはどうやって気づいた? 属性魔法なしで、魔力炉の振動を足の裏で感じたの?」
「身体強化の副作用みたいなものだと思います。体に魔力を通し続けていると、外の魔力の揺れに敏感になる」
「……なるほど」
フィーナは少し考えてから言った。
「面白い感覚の持ち方ね。属性がない分、別の方向に感度が上がってる」
「そういうことだと思います」
「今夜は部屋にいなさい。何かあったときに動ける状態でいて」
先輩の言葉は、指示というより心配に近い響きだった。
「わかりました」
「それと」
フィーナが続けた。
「何かあっても、一人で動くな。一年生が首を突っ込んでいい規模かどうか、まだわからない」
「先輩は動くんですか」
「私は三年だから。それに、あなたより少し強い」
「少し、ですか」
「謙遜よ」
フィーナはにやりとして、「おやすみ」と言って廊下を曲がっていった。
その背中を見送りながら、少しと言っていたが果たして本当に少しなのか、という疑問が浮かんだ。
まだあの人の本気を見ていない。
きっとしばらく先も見られない気がした。
部屋に戻って、ヒビたちを出してやった。
いつもなら思い思いに動き回るのだが、今夜は全員どこかそわそわしていた。
ヒビが俺の肩の上で、いつもより体を固くしている。
ミズチはとぐろを巻いたまま、じっと床を見ていた。
カゼマルも珍しく静かで、ぴよとも鳴かなかった。
(お前たちにも、何か感じるのか)
俺は膝の上のカゼマルをそっと撫でた。
魔力炉の何かが、こいつらにも伝わっているのかもしれない。
創造物である以上、魔力の乱れには俺より敏感かもしれない。
夜遅く、遠くで扉が閉まる音がした。
振動は、今夜も微かに続いていた。
何かが、動き始めている気がした。
翌朝、シオンから全体に向けて短い説明があった。
「昨夜、魔力炉の点検を行いました。軽微な変動が確認されましたが、現在は安定しています。引き続き観察を続けますが、授業や生活には支障ありません」
それだけだった。
「軽微な変動」という言葉を、俺はそのまま受け取らなかった。
昨夜の振動は、軽微という言葉で終わる感じじゃなかった。
ノールも同じことを感じていたはずだ。
「先生の言葉、信じますか」
昼休み、ノールが静かに聞いてきた。
「安定した、というのは本当だと思う。ただ、原因はまだわかっていないんじゃないか」
「同じ考えです」
ノールは眼鏡を押し上げた。
「また感知したら、すぐ教えます」
「ありがとう」
「気になるので、私も調べてみます。文献に何か手がかりがあるかもしれない」
研究者の顔だ、と俺は思った。
危険なことと面白いことが同居しているとき、こいつの目が輝く。
「無茶はするな」
「わかってます。でもわからないままでいるのが、一番嫌なので」
俺はそれ以上は言わなかった。
それがノールという人間だ。
原因不明のまま終わるのか、それとも何かが動くのか。
まだ、わからない。




