第28話「ノールの研究室」
「少し付き合ってもらえますか」
ノールが言ってきたのは、講義が終わった夕方だった。
「付き合う、とは」
「図書室です。調べたいことがあって、でも一人より二人のほうが早くて」
「俺が役に立つか?」
「アルマーレさんじゃないと意味がないんです」
そう言われては断れなかった。
図書室の奥、普段あまり人が来ない閲覧コーナーに陣取った。
ノールがすでに何冊か本を積み上げていた。
「いつから準備してたんだ」
「三日前から少しずつ」
「三日前から俺を引っ張り込むつもりだったのか」
「そういうわけじゃないですが、結果的に」
悪びれない顔で言った。
ノールは一番上の本を開いた。
「ユニークスキルの研究書です。古い文献で、学院の蔵書にしかない」
「何が書いてある」
「ユニークスキルは大きく三種類に分類されるって。強化系、感知系、そして……創造系」
俺は少し黙った。
「創造系、というのは」
「何もないところから何かを生み出す力、と定義されています。でも記録がほとんどない。歴史上に数例しか存在が確認されていないから」
ノールは慎重な声で続けた。
「アルマーレさんのスキルが【?】として記録された理由は、おそらく分類できなかったからだと思う。強化系でも感知系でもない。でも創造系という概念は、ほぼ学院には伝わっていない」
「創造系のスキル持ちは、歴史上に何人いる?」
「確認されているのは、二人だけです」
「二人」
「はい。一人は三百年前の魔法師で、記録によれば……魔物を生み出したと書いてある」
静かな図書室に、その言葉が落ちた。
俺は表情を変えないようにしながら、ノールの言葉を聞いていた。
「魔物を生み出した、というのは」
「詳細は書いていない。ただ、その人物が作り出したものは意志を持っていたと記録されている。普通の魔物とは別の、何か特別なものだったと」
「もう一人は」
「百五十年前。こちらは記録がさらに少なくて、存在した、という証言だけが残っています。何を生み出したかは不明」
ノールは本を閉じて、俺を見た。
眼鏡の奥の目が、静かに俺を見ている。
「アルマーレさんのスキルが創造系だとしたら、歴史上三人目になります」
「……なぜ俺だと思う」
「最初から感じていました。魔力の中にある、あの別の層。普通の魔力じゃない。生み出すための魔力だと思う」
俺はしばらく黙った。
ノールには、少しずつ打ち明けてきた。
まだ全部は話していない。
でも、ここまで調べられたなら、今日は話してもいいかもしれないと思った。
「一つだけ、確認させてくれ」
「はい」
「これは、俺の許可なく他に話すか?」
「話しません。アルマーレさんが話していいと言うまでは」
間を置かずに答えた。
迷った様子がない。
俺は息を一つ吐いた。
「ノール、お前の感知は正しい」
ノールは目を見開いた。
「俺のスキルは、命を作る。今もここに、五つある」
「……今も?」
「ああ」
俺は内ポケットの留め具をそっと外した。
ヒビが、俺の掌の上にゆっくりと這い出してきた。
赤い毛並みが、夕方の図書室の光を受けて光る。
ノールは声を失っていた。
しばらく、何も言えない様子だった。
「……これが」
「ヒビだ。火の属性を持っている。まだ最初の形だが、成長している」
「意志が……ある?」
「ある。名前もわかる。感情もある」
ノールはゆっくりと手を伸ばした。
「触ってもいいですか」
「ヒビ、いいか」
ヒビはしばらく俺の掌の上でじっとしていた。
それからゆっくり、ノールの指先に向かって動いた。
ノールの指に触れた瞬間、ノールが小さく息を飲んだ。
「……魔力が、温かい」
「そうか」
「生き物の魔力だ。でも普通の生き物とは違う。もっと……純粋というか」
ノールは目を潤ませながら言った。
感動しているのか、それとも研究者として興奮しているのか、たぶん両方だろう。
「残りの四体は、今夜部屋で見せる」
「本当ですか」
「お前なら大丈夫だと思った」
ノールはヒビから目を離さないまま、「ありがとうございます」と言った。
声が少し震えていた。
俺はヒビをそっと内ポケットに戻した。
「今日調べてくれたことは、助かった」
「いえ……私こそ。こんなに近くに、歴史上三人目がいるとは思っていなかった」
「誰にも言うな」
「言いません。でも……一緒に研究させてもらえますか」
「文献を探すのか」
「はい。創造系スキルのことが、もっと知りたい」
俺は少し考えてから、頷いた。
「わかった。ただし、俺が止めたら止める」
「約束します」
ノールはそう言って、また本の山に向き直った。
研究者の顔だった。
信用できる、と改めて思った。
その夜、約束通りノールを部屋に呼んだ。
扉に鍵をかけて、カーテンを閉めてから、五体を全員出した。
ヒビが肩に乗る。
ミズチが床に静かにとぐろを巻く。
ドロンがのっそりと這い出して床の匂いを嗅ぐ。
カゼマルがぴよぴよ鳴きながら部屋の中を跳ね回る。
パチが本棚の影にするりと消える。
ノールは部屋の真ん中に立って、しばらく動けなかった。
「……全員、意志がある」
「ある」
「全員、ちゃんと俺を……認識してる」
「認識してる。ただパチは気まぐれだから、なでようとすると逃げる」
「パチ、というのがあそこに消えた子ですか」
「そうだ。雷の属性を持ってる」
ノールは目を細めて、本棚の影を見た。
「……魔力感知してみてもいいですか」
「どうぞ」
ノールがゆっくりと感知を広げた。
しばらく目を閉じて、それから静かに開いた。
「全員、属性が違う。火、水、土、風、雷……五属性が揃ってる」
「そうだ」
「これは……」
ノールは言葉を探した。
「偶然じゃないですよね。意図して、五属性になった」
「意図したというより、そうなった。俺にもまだ全部はわかっていない」
「でも、スキルが選んだんだ」
俺はその言葉を、頭の中で繰り返した。
スキルが選んだ。
そうかもしれない、と思った。
「文献を探す。絶対に何か手がかりがある」
ノールの目が輝いていた。
「頼む」
俺はそう言いながら、肩のヒビをそっと撫でた。
ヒビは動かなかった。
ただ、そこにいた。




