第27話「創造物たちの成長」
入学から二ヶ月が経ったころ、俺はある変化に気づいた。
ヒビが、少しだけ大きくなっていた。
最初に気づいたのは朝だった。
内ポケットから出してやったら、以前より体が長い。
赤い毛並みも、心なしか鮮やかさが増している気がした。
「……でかくなってるな」
ヒビは俺の掌の上で、ゆっくり体を動かした。
返事のつもりなのかもしれない。
測ってみると、入学前と比べて長さが一・五倍ほどになっていた。
(魔力を浴びているから、か)
考えてみれば当然かもしれない。
俺が毎日鍛錬をして、魔力を循環させている。
その近くにずっといるヒビたちは、俺の魔力に常に触れ続けている。
成長に影響が出てもおかしくない。
それからは、一体ずつ確かめるようにした。
ミズチも、以前より体が長くなっていた。
小さな蛇だったのが、今では手首の辺りまで巻きつく長さになっている。
静かな目で俺を見上げてくる様子は変わらないが、体の存在感が違う。
ドロンは、縦に太くなっていた。
ミミズとしての形はまだそのままだが、明らかに一回り大きい。
床に降ろしてやると、のっそりと動いてから床を掘ろうとした。
変わらない。
カゼマルは羽の生え方が変わっていた。
ヒヨコなのは変わらないのだが、産毛が少し固くなって、翼の輪郭がはっきりしてきた感じがする。
ぴよぴよ鳴きながら部屋の中を跳ねまわる元気さも健在だ。
パチは、すばしっこさが増した気がした。
もともと捕まえにくい奴だったが、最近は気配が消えるのが早い。
本棚の影から影へ、ほとんど音を立てずに移動する。
「全員、成長してるな」
俺は掌の上のヒビを見ながら言った。
ヒビは肩に這い上がってきて、いつもの位置に落ち着いた。
翌日、ノールにさりげなく話を振ってみた。
「魔物って、魔力環境によって成長速度が変わったりするか」
「変わりますよ。それは研究されてます」
ノールはすぐに食いついた。
「特に魔力の質が高い環境に長期間置かれると、魔物の成長が促進されるという報告がいくつかあって……あ、でもこれは野生の魔物の話で、人に飼われている場合はまた条件が変わるんですが」
「飼われている場合は?」
「飼い主の魔力との親和性が高いと、より効率的に成長するみたいです。魔力の流れに慣れていくというか……なんで急にそんな話を?」
「少し気になって」
「ふーん」
ノールは俺をじっと見た。
眼鏡の奥の目が、じっとこちらを測っている。
「何か飼ってるんですか?」
「さあな」
「絶対飼ってますよね」
「さあな」
ノールはそれ以上は聞いてこなかった。
ただ、なんとなく満足そうな顔をしていた。
(半分はわかってるな、あいつ)
まあ、ノールのことだから余計なことはしない。
信用して、問題ない相手だ。
「ちなみに」とノールが続けた。
「魔力との親和性が高い場合、成長した魔物は飼い主の意図をより読み取りやすくなるらしいですよ。言葉が通じなくても、感情とか意識の方向が伝わるようになるって」
「そういうもんか」
「はい。これは古い研究書に書いてあったんですけど……魔力を分け与えながら育てた魔物は、普通の魔物とは別の何かになっていくって」
「別の何か、とは」
「それ以上は書いてなかったんですよね。続きが知りたくて……今度、もっと古い文献を探してみようと思ってます」
ノールは目を輝かせながら言った。
研究者の顔だ。
「面白いな」と俺は言った。
「でしょう! 魔物の進化と魔力の関係って、まだ解明されてないことが多くて……あ、でもそれを言ったら魔力構造全体がまだ謎だらけで」
「わかった、今日はそこまでにしてくれ」
「ご飯食べながらでもいいですか」
「食べながらは勘弁してくれ」
ノールは少し不満そうな顔をしたが、「じゃあ明日」と言って引き下がった。
その夜、部屋でヒビたちを出してやりながら、俺はしばらく考えた。
成長が始まっている。
まだ最初の形のままだが、確かに変わっている。
この先、どこかのタイミングで次の形に変わるのかもしれない。
ヒビが炎の蝶になるのがいつなのか、俺にはわからない。
ミズチが龍の姿に近づくのがいつなのかも、わからない。
でも確実に、その方向に向かっている。
カゼマルが俺の膝に乗ってきて、ぴよ、と鳴いた。
「そんなに急がなくていい」
俺は言った。
「お前たちのペースでいい」
カゼマルはまたぴよ、と鳴いた。
急いでいるのか、同意しているのか、相変わらずよくわからない。
でもそれでいい、と思った。
まだ時間はある。
ここはまだ、始まりだ。
週末、フィーナ先輩との朝稽古の後で少し話した。
「最近、体の動きが変わったわね」
フィーナが言った。
「変わりましたか」
「うん。二ヶ月前より重心の移動が速くなってる。足首の使い方が変わったんじゃない?」
「意識して変えた部分はないですが……」
「無意識に変わってるのが一番いい。体が馴染んできてる証拠よ」
フィーナはそう言ってから、少し考えるような顔をした。
「あなたのそばにいる何かも、変わってる気がするけど」
俺は黙った。
「気のせいかしら」
「そうかもしれません」
「そう」
フィーナはそれ以上は何も言わなかった。
ただ、口元がわずかに緩んでいた。
(この人も気づいてるのか)
ノールは魔力で感じ取る。
フィーナは感覚で気づく。
周りに鋭い奴が多い。
でも、誰も追いかけてこない。
それが今の俺には、ありがたかった。




