第25話「初めての模擬戦」
最初の模擬戦は、入学から三週間目に行われた。
シオンが突然、講義の終わりに言い放った。
「来週の実技は模擬戦形式にします。組み合わせはこちらで決める。当日まで誰と当たるかは教えない」
教室がざわめいた。
「属性有利不利は考慮しない。純粋な実力で勝負しなさい」
それだけ言って、シオンは教室を出ていった。
当日の朝、組み合わせが張り出された。
俺の相手は、クラス内で火属性トップと言われているカイルだった。
「運が悪かったな」
隣でレオが言った。
「カイルって、火力ゴリ押し型なんだよ。防御ごと吹き飛ばす戦い方をする。去年の選抜でも上位だったって話だ」
「そうか」
「……なんで普通に頷いてるんだよ。怖くないのか」
「怖くはない」
正直に言った。
怖いというより、どう動くか考えているほうが面白かった。
属性魔法のゴリ押しに対して、俺が真正面からぶつかれば負ける。
それはわかっている。
だから真正面には行かない。
模擬戦は午後から始まった。
一組ずつ、実技スペースで行われる。
観戦しているクラスメイトたちの視線が、じわじわと集まってきていた。
俺とカイルの試合は、五番目だった。
待っている間、俺は何もしなかった。
目を閉じて、呼吸を整えながら内側の魔力を確かめる。
乱れはない。均一に、全身に行き渡っている。
名前を呼ばれて、実技スペースに入った。
カイルはすでに中央に立っていた。
背が高い。肩幅も広くて、立っているだけで圧がある。
魔力を纏い始めると、空気がじわりと熱を帯びた。
火属性の魔力は肌で感じる。これだけの密度を持っている相手は、父さん以外では初めてだった。
「アルマーレ」
カイルが口を開いた。
「身体強化だけで来るんだろう。正直に言う、手加減はしない」
「それでいい」
「……怖くないのか」
「さっきも同じことを聞かれた」
カイルは少し目を細めた。
それから、炎を両手に宿した。
揺らめく炎が腕に絡みついて、戦意が形になったような圧がある。
「始め」
シオンの声と同時に、カイルが踏み込んできた。
速い。
大柄なのに、動き出しが早い。
炎の塊が真っすぐに飛んでくる。
俺は右に跳んで躱した。
着地した瞬間、もう次が来ていた。
連射が速い。
しかも一発ごとに軌道が微妙にズレている。
真横から見ていると単純に見えるが、受ける側からすると厄介だ。
慣れてきたころに別の角度から来る、という計算が読み取れた。
(なるほど、やるな)
俺は走った。
真っすぐには向かわない。
左右に振りながら間合いを詰める。
ジグザグに動くことで、照準を合わせる時間を削る。
炎が三発、四発と飛んでくる。
全部躱した。
カイルが眉を寄せるのが見えた。
五発目が来た瞬間、俺は地面を強く蹴って跳躍した。
炎の真上を越えて、一気に間合いを詰める。
カイルが後退しようとした。
間に合わない。
俺はカイルの正面に入って、胸元に手を当てた。
軽く、だが確実に。
「……そこまで」
シオンの声が飛んだ。
場がしんとなった。
カイルは数秒、俺を見ていた。
それからゆっくり息を吐いた。
「……速かった。炎を躱しながらあの距離を詰められるとは思わなかった」
「火力は本物だった。まともに食らったら終わってた」
「お世辞はいい」
「本当のことだ」
カイルは少し間を置いてから、「また当たりたい」と言った。
俺は頷いた。
席に戻ると、レオが興奮した様子で身を乗り出してきた。
「すごかったぞ! 炎を全部躱してそのまま懐に入るとか、普通じゃないだろ!」
「動きを読んだだけだ」
「それが普通じゃないって言ってるんだよ!」
ライルは腕を組んだまま静かに言った。
「炎を躱すのに魔力を無駄遣いしていなかった。全部、足と体幹だけで処理してた。だから懐に入ったときに余力があった」
「……よく見てるな」
「お前の動きは見ていて面白い」
ライルにしては長い言葉だった。
ノールは眼鏡を押し上げながら、どこか遠い目をしていた。
「アルマーレさんが動いたとき、魔力の流れが変わった。戦いながら魔力の配分を変えてましたよね」
「ああ。状況に合わせて変えてた」
「やっぱり……」
ノールはそこで言葉を止めた。
また何かを感じ取ったのだろう。
俺は特に聞き返さなかった。
内ポケットの中で、ヒビが静かに体を伸ばした。
まるで、お疲れ様、と言っているみたいだった。
その日の夜、寮の自室に戻ってから、俺はヒビたちを出してやった。
部屋の扉に鍵をかけて、カーテンを閉める。
それから内ポケットの留め具をそっと外した。
ヒビが最初に出てきた。
赤い毛虫が、ゆっくりと俺の掌の上に這い上がってくる。
続いてミズチ。小さな蛇が静かにとぐろを巻いた。
ドロンがのっそりと顔を出して、すぐに床に降りて土を探すような仕草をした。
カゼマルが飛び出して、部屋の中をひとっ跳びしてから俺の膝に着地した。
パチが最後に出てきて、するりと本棚の影に消えた。
「今日はありがとう。大人しくしてくれてた」
カゼマルがぴよ、と鳴いた。
ヒビは俺の指先をゆっくりと這った。
なんとなく、今日の戦いを見ていた、というような気がした。
「まだ序盤だ。これからもっと面倒なことになる」
誰に言うともなく、呟いた。
ヒビが静かに止まって、俺の手の甲に落ち着いた。
それだけで、なんとなく十分だった。




