第20話「Sクラスの住人たち」
クラス発表の紙は、学院の正面廊下に張り出された。
朝から人が群がっていて、近づくまでが一苦労だった。俺はそのまま人の隙間をすり抜けて、一番前まで出た。
Aクラス、Bクラス……Sクラス。名前を探す。
アルマーレ・ジン。
ある。Sクラスだ。
周りからちらほら声が上がっている。「Sか、すごいな」「あいつって魔力量どれくらいなんだ」そういう話が飛び交っている。俺は特に気にせず、人の波から抜け出した。
Sクラスは全部で二十名。学院全体では百人以上が入学するらしいが、その中でもトップの二十人が集まるクラスだと昨日の説明にあった。実力主義の学院らしい区分けだ。
Sクラスの教室は、学院の三棟目・北側にあった。
扉を開けると、すでに半分ほど席が埋まっていた。
入ってすぐに気づいたのは、静けさだ。
Aクラスの前の廊下は賑やかだったのに、ここは違う。全員がどこか張り詰めたような顔をしていて、教室全体に独特の緊張感が漂っている。
俺は空いている席を見渡して、真ん中より少し後ろに座った。
内ポケットの中でミズチがすっと体を伸ばすのを感じた。静かなこの雰囲気が、ミズチには合っているのかもしれない。
(大人しくしててくれよ)
念じるように思いながら、俺は教室の入口に目を向けた。
そこで、止まった。
扉を開けて入ってきた少女は、教室に入った瞬間、周囲の空気を変えた。
誰もが目を向けた。声が止んだ。
銀色がかった黒髪が肩のあたりで揃えられていて、制服の上から見ても姿勢のよさが際立っている。表情は静かで、感情が読み取れない。視線だけが、すうっと教室全体を一度なぞった。
セレイン・エルディア。
四年ぶりに見る顔は、あのころより大人びていたけど、確かに同じ目をしていた。
彼女は周囲の視線に動じることなく、ゆっくり席を選んだ。窓際から二番目、前から三列目。俺の席より少し前、右斜めの位置だ。
腰を下ろした瞬間、彼女の視線が俺の方に向いた。
一瞬だった。
でも、確かに止まった。
俺は小さく、目で頷いた。
セレインの表情は変わらなかった。でも彼女も、ほんのわずかだが、頷いた。
担任の教師が入ってきたのはそれから少し後のことだった。
三十代くらいの女性で、眼鏡をかけていて、動きが無駄なく整っている。
「全員揃ったわね。私はシオン・レナーリス。Sクラスの担任を務めます。自己紹介は後で順番にしてもらうけど、まず一つだけ言わせて」
彼女は教室を見渡した。
「ここに座っているということは、あなたたちは今日時点で、この学院の上位五分の一に入っているということ。それは素直に誇っていい。でも」
一拍、間を置いた。
「それは過去の話よ。ここでは今日から積み上げたものが全て。覚えておきなさい」
教室がしんと静まりかえった。
俺はその言葉を、頭の中で繰り返した。
いい言葉だと思った。前世記憶があっても、転生してどれだけ練習してきても、関係ない。今日からまた、積み上げる。それだけだ。
自己紹介が始まった。
順番に名前と出身を言っていく。貴族の家名を誇らしげに述べる者、逆に何も言わずに名前だけで済ます者、様々だった。
「アルマーレ・ジン。港町ガルナの出身です。よろしく」
俺は短く言った。
隣の席の少年が、ほう、という顔をした。貴族の名前だと気づいたのかもしれない。
セレインの番になった。
「エルディア・セレイン。よろしくお願いします」
声は静かで、でも通りがよかった。教室の全員が聞き取れる音量で、それ以上でも以下でもない。
誰かが小声で「エルディア家……」と言ったのが聞こえた。名門の魔法貴族として知られているんだろう。
俺はセレインの横顔を見た。
彼女は前を向いたまま、何も変わらない表情をしていた。
(四年分、話したいことはある。でも今じゃない)
俺は前を向き直した。
Sクラスの一日目が、静かに始まった。




