第2話「魔力という名の不思議」
赤ちゃんというのは、思ったより忙しい。
泣いて、飲んで、寝る。
それだけのサイクルなのに、体が勝手にそれを要求してくる。
前世の記憶と知識を持っていても、この体の本能には逆らえなかった。
眠くなったら眠るし、腹が減ったら泣く。
我ながら情けないが、仕方がない。
ただ、起きている時間だけは自分のものだった。
俺はその時間を使って、ひたすら体の内側を観察していた。
胸の奥に、じんわりとした温かみがある。
意識を向けると、そこに確かに「何かある」と感じる。
霧みたいに掴みどころはないが、存在だけははっきり分かった。
――これが魔力か。
ラノベで散々読んできた。
異世界転生といえば魔力だ。
体の内側に蓄積されていて、鍛えれば増え、使えば減る。
そういうものだと理解していた。
実際に感じてみると、思ったよりずっと地味な感覚だったが、ともかく「ある」と分かっただけで十分だった。
問題は量だ。
多いのか少ないのか、今の俺には判断できない。
比べる基準がない。
――まあ、焦っても仕方ないか。一歳だし。
一歳になる頃には、母のミレアが俺に話しかける内容が少しずつ変わってきた。
「ジン、魔力って分かる? ここにあるのよ」
そう言いながら、母は自分の胸の前で手をかざした。
すると指先の周りに、淡い水色の光が集まってくる。
魔力を可視化しているらしかった。
俺の目にははっきり見えた。
綺麗だな、と思った。
「あなたもきっと、たくさん持ってるわ」
母は微笑んで、俺の胸にそっと手を当てた。
温かい手だった。
それだけで、なんとなく安心した。
父のアルセンは、魔力の話はしなかった。
その代わり、毎晩俺を抱いて窓から港を見せてくれた。
「あそこに見える船が分かるか、ジン。あれはドランの商船だ。あっちはサルヴィア王国の旗。この港はな、いろんな国の人間が来る」
低い声で淡々と話す。
説明みたいで、でも押しつけがましくない。
子供向けに噛み砕くでもなく、対等な人間に語るような口調だった。
俺はその話が好きだった。
世界のことが少しずつ分かってきた。
ここは「ルメリア大陸」の西側にある港町「ガルナ」。
父の管轄する領地で、海運で栄えている町だ。
国の名前は「サルヴィア王国」。
魔法が一般的に使われていて、冒険者ギルドがあって、貴族と平民の身分差がある。
典型的な異世界だ、と俺は思った。
典型的だからこそ、動きやすい。
二歳になった頃、母から本格的に魔法の話を聞き始めた。
といっても実践ではなく、座って絵本を見るような感じだ。
「魔法にはね、七つの属性があるの。火・水・土・風・雷・光・闇。人によって使える属性が違って、才能がないと使えないものもあるの」
「光と闇はとっても珍しい。お母さんは水と風が使えるわよ」
「お父さんはね……全部使えるの。だからSS級になれたんだけど、あの人は魔法よりも剣が好きだって言うから、困ったものよ」
最後だけ少し呆れた顔をしていた。
俺は黙って聞きながら、頭の中で整理していた。
属性魔法は才能依存。
身体強化魔法は鍛えれば誰でもできる。
付与魔法は希少だ。
スキル授与式は六歳だと聞いた。
それまでは誰も自分のスキルを知らない。
つまりあと四年は、自分に何の才能があるかも分からないまま過ごすことになる。
――なら今できることをやるだけだ。
魔力を感じる練習。
体の使い方を覚えること。
ラノベ主人公として転生した以上、無駄にできる時間はない。
赤ちゃん期こそ、地味な基礎固めの時間だと割り切った。
その夜、布団の中で目を閉じながら、俺は胸の奥の魔力にそっと意識を向けた。
じんわりと温かい、霧みたいな何か。
まだ何もできない。
でも確かにそこにある。
それだけで今は十分だった。




