第12話「父の背中」
九歳になった春のことだ。
父さんが、珍しく俺を町に連れ出した。
ガルナは港町だ。
海の匂いと、魚の匂いと、潮の匂いが混ざって、独特の空気がある。
俺はこの町が好きだった。
「どこ行くんですか」
「港だ」
それだけ言って、父さんはさっさと歩いていく。
俺は小走りでついていった。
港に着くと、大きな船がいくつも停まっていた。
荷下ろしをする男たちの声。
カモメの鳴き声。
波の音。
父さんはその端っこに腰を下ろして、海を見た。
俺も隣に座った。
しばらく、二人で黙って海を見ていた。
父さんが口を開いたのは、かなりあとのことだった。
「俺が冒険者だった頃、一度だけ依頼に失敗したことがある」
突然の話に、俺は少し驚いた。
「……失敗、ですか」
「ああ」
父さんはそこで少し間を置いた。
「依頼の相手が、魔物じゃなかった。人だった。俺より強い人間がいて、守るべきものを守れなかった」
「……」
「そのとき初めてわかったんだ。俺が強くなりたかった理由が。ただ敵を倒したかったわけじゃない。守りたかったんだな、と」
父さんの横顔は、いつもと少し違った。
無表情には違いないけど、どこか遠くを見ている感じ。
「それから、もっと強くなった。SSランクになった。でも、あのときの悔しさは消えない」
「消えないんですか」
「消えなくていい。消えたら、弱くなる」
俺はしばらく、その言葉を考えた。
悔しさが消えなくていい。
弱くなるから。
前世の俺は、悔しいことがあるたびに、早く忘れようとしていた。
引きずるのが嫌だったから。
でも父さんは、引きずることを、力にしているんだ。
「……父さんは、今も後悔してますか」
「している」
「でも、後悔しながら強くなれるんですか」
「後悔しているから、強くなれる」
また、言葉の意味を噛み砕くのに時間がかかった。
風が吹いて、潮の匂いが濃くなった。
「お前のスキルは、まだわからない」
急に話が変わった。
「でも、お前は確実に強くなっている。魔力の質が、半年前と別人だ」
「……気づいてたんですか」
「毎日見てるんだから当たり前だ」
それだけ言って、父さんは立ち上がった。
「帰るぞ」
「あ、はい」
俺も立ち上がった。
帰り道、父さんの背中を見ながら歩いた。
大きい背中だ。
SSランク冒険者。
後悔を抱えながら、それでも一番前を歩いてきた人の背中。
俺は、何を守りたいんだろう。
まだ、はっきりとはわからない。
でも、いつかわかる気がした。
そのときのために、強くなっておかなきゃいけない。
港の風が、後ろから俺の背中を押した。




