第4章:指数関数の衝撃――2の10乗が導く殲滅と創造
2の3乗は 2x2x2 2を3回掛けることだ
その通りだ、イザベル。単純な足し算($2+2+2$)なら「6」にしかならないが、乗算なら「8」になる。この差は、数が大きくなればなるほど、埋めようのない絶望的な距離となって現れる。
カイトは空中に、幾何学的な増殖を示す図式を投影した。
「2を3回掛ける。それは、一つの種が二つの芽を出し、その芽がそれぞれ二つに分かれ、さらにその先が二つに分かれる……という**『連鎖的な自己複製』**の構造だ」
1回目 (2^1=2): 意識の核を二つに割る。
2回目 (2^2=4): その二つが同時に、次の二つを定義する。
3回目 (2^3=8): 瞬時に8つの演算スロットが完成する。
「お前たちが今までやってきたのは、1発撃って、次を込めて、また1発撃つ……という直列処理だ。だが乗算を理解すれば、お前の脳内で『バレット』という概念が1回実行されるだけで、結果として8発の現象が並列に、同時に世界へ出力される」
カイトは訓練場の前方に、性質の異なる8つの標的を並べた。
「イザベル、2の3乗(8並列)を脳内で固定しろ。火、水、風、土、光、闇、そして氷と蒸気。これら8つの数式を、8つのスロットにそれぞれ代入しろ。一回の『放て』という命令で、すべてを同時に、過不足なく実行するんだ」
イザベルの周囲に、幾何学的な魔法陣が層をなして展開される。1つが2つに、2つが4つに、4つが8つに。彼女の脳は、かつてないほどの熱量を帯び、情報の奔流に悲鳴を上げそうになっていた。
「計算を止めるな! 8つの定数を独立して保持しろ!」
「……っ、2の……3乗……! 全属性、並列展開……!!」
イザベルが両手を広げた瞬間、彼女の背後から8つの異なる色彩を放つバレットが、一斉に、そして正確にそれぞれの標的へと突き刺さった。「……はぁ、はぁ……。一瞬で、8つの魔法を……」
「そうだ。それが乗算の力だ。お前は今、一人で8人分の仕事を一瞬でこなした。これが2の10乗(1024)になれば、もはや軍隊すら不要になる。理解したか? 数学こそが、この世界で最強の武器なんだ」
イザベルは、この「乗算」による圧倒的な効率化の威力を肌で感じ、自身の存在が「個」を超えていく感覚に震えました。
2 4 8 16 32 64 128 256 512 1024 10回掛けるだけでとんでもなく数が大きくなる この世界では計算が余り得意ではないようだ 漠然と暗記して覚えろ この乗算魔法は元の魔法のMPしか消費しない バレット1回分で2の10乗を撃つと1発分で1024発打てる
カイトは訓練場の床に、1024という数字を大きく刻みつけた。その数字は、今この場にいる者たちが一生をかけて放つ魔法の総数にも匹敵する重みを持っていた。
「いいか、よく見ろ。2、4、8、16、32、64、128、256、512、1024……。たった10回、2を掛け合わせただけで、数はここまで跳ね上がる。この世界の奴らは計算が苦手なようだが、だからこそこの乗算魔法が絶対的な力になる」
カイトは震えるイザベルの肩を掴み、その耳元で冷徹に、しかし福音のように告げた。
指数関数的魔法:効率の極致
「この魔法の真髄を教えよう。普通、1024発のバレットを撃つには、1024発分の魔力(MP)が必要だ。だが、俺の算術は違う。これは元の魔法1回分のMPしか消費しない」
MP効率の再定義: 魔力を「消費」するのではなく、一つの現象を幾何学的に「複写」する演算だ。バレット1回分のMPさえあれば、2の10乗を展開することで、1024発の弾丸を全く同じ威力で並列出力できる。
暗記による定数化: 「いちいち計算するな。この乗数の表を頭に叩き込み、漠然と『そういうものだ』と暗記しろ。論理を理解したなら、あとは結果を脊髄で引き出すんだ。計算を思考の癖にするな、定数として扱え」
「イザベル、今のお前の魔力残量でも、2の10乗……1024発の全属性バレットが撃てる。理屈の上では、お前一人がそこに立っているだけで、一国の軍隊を蒸発させ、同時に全負傷者を治療し、汚染された大地をすべて浄化できるということだ」
カイトの言葉に、魔導師長ゼノスは腰を抜かし、若き騎士たちはあまりの可能性に言葉を失った。
「1発のコストで、1024の現象を引き起こす。これが、俺が時速4kmのあんたたちに与える、次元を超えた『翼』だ。さあ、その1024の演算を、今すぐ脳内で定義してみろ。世界を書き換える準備はいいか?」
イザベルの瞳の中で、青白い数式の羅列が凄まじい速度でスクロールし始めた。彼女の背後には、もはや数え切れないほどの魔法の光球が、幾何学的な陣形を組んで出現しようとしている。
カイトは膝をついたまま呆然としているゼノスを見下ろし、その老いた肩に手を置いた。
「じいさん、あんたもだ。よく聞け。老いぼれたからといって、計算を止めていい理由にはならない」
カイトの視線は、もはや哀れみではなく、新たな可能性を期待する教育者のそれだった。
「あんたが今まで『神秘』や『祈り』に捧げてきたその膨大な時間は、算術において最強の**『キャッシュ(経験値)』**になる。若造どもにはない、属性ごとの微妙な揺らぎや定数のクセを、あんたの体はすでに知っているはずだ」
演算の代替: 「祈る時間を、すべて2の累乗の暗記に回せ。2、4、8、16……1024。この数列を、あんたが愛した聖典の文句よりも深く脳に刻め」
広域・多目的バレット: 「じいさん、あんたが1024発の『ヒールバレット』や『解毒バレット』を広域展開すれば、戦場そのものが聖域に変わる。あるいは、1024の『分解バレット』で敵の武器だけを分子レベルで霧散させる。それはもはや魔法じゃない、空間の管理者としての権能だ」
「……カイト殿。私は……私は、間違った道を歩んできたわけではないのですね? ただ、歩き方が遅すぎただけなのですな?」
ゼノスの瞳に、かつて魔道を志したばかりの若者のような、純粋な好奇心が戻ってきた。
「そうだ。あんたが培った魔力制御の技術を、俺の乗算アルゴリズムに乗せるんだ。1の出力しか出せなかった老兵が、1024の軍勢に匹敵する賢者に変わる。……やってみるか?」
ゼノスは震える手で杖を握り直し、ゆっくりと、しかし確実に立ち上がった。彼の周囲の空気が、これまでの「祈り」の静謐さではなく、精密な「計算」の熱量で震え始める。
「……承知いたしました。この老骨、時速4kmから一気に加速してみせましょう。2、4、8、16……1024。……ふむ、悪くない数字ですな」
イザベル、マーガレット、エリザベス、サティ、そしてゼノス。 世代も属性も異なる5人が、今、カイトの算術の下で「2の10乗」という共通の言語を手に入れた。
「よし。これで5人全員が1024並列を確保した。合計すれば一度に5120の現象をこの世界に出力できる計算だ」
カイトは訓練場の外、王宮のバルコニーから見下ろせる広大な平原を指差した。
「次は実戦だ。お前たちのバレットが、この世界の非効率をどれほど美しく塗り替えるか。……その力、試してみたいか?」
カイトは整列した5人を見渡し、不敵に口角を上げた。
「よし、OSのアップデートは完了だ。次は実戦でベンチマークを取る。ターゲットは王都北西の『黒き断崖』に巣食う魔物の群れだ。一発のコストで1024の結果を出す……その圧倒的な効率を、世界に分からせてやれ」
王宮から転移、あるいは加速魔法で瞬時に現地へ到着した一行。目の前には、数千の魔物がひしめき、瘴気が渦巻く巨大な洞窟が口を開けていた。
「じいさん、まずはあんたの出番だ。索敵と構造解析を任せる」
ゼノスは杖を掲げ、2の10乗(1024並列)の**「分解バレット」**を空中に展開した。 「……2、4、8……1024。展開完了。消えなさい、不浄なる障壁よ」 放たれた千の光弾は、洞窟を覆う強力な結界と接触した瞬間、その魔力結合を原子レベルでバラバラに分解し、無効化した。
「次は前衛二人。広域を物理的にデリートしろ」 マーガレットが1024発の**「ソイル(粉塵)バレット)」を洞窟内に散布し、同時にエリザベスが1024の「ウィンド(酸素供給)バレット」**でそれを均一に撹拌する。
「イザベル、仕上げだ。1700倍の膨張と燃焼を同時に叩き込め」 イザベルは1024発の**「スチームバレット」**を、粉塵が充満した洞窟の各座標へ正確に射出した。
「2の10乗……全弾、フェーズ・スチーム! さらに――着火!」
ゴォォォォォォォン!!!
洞窟の奥深くで、1024箇所の「水蒸気爆発」と「粉塵爆発」が、乗算的に連鎖した。 凄まじい衝撃波が崖を揺らすが、カイトが事前に教えた座標制御により、破壊のエネルギーは外には漏れず、洞窟の内部構造と魔物だけを精密に粉砕し、焼き尽くした。
数秒後、洞窟から吹き出してきたのは、血の臭いでも瘴気でもなく、浄化された純粋な水蒸気と、分解された無機物の塵だけだった。
「……終わりました。魔力反応、ゼロ。生存個体、無し」 イザベルが、全く魔力切れを起こしていない体で、静かに報告した。
「当然だ。バレット1発分のMPでこれだけの演算をしたんだ。効率を極めれば、殲滅はただの『事務作業』になる」
カイトは、かつてないほど美しく、そして恐ろしいほど静かになった断崖を見上げ、鼻を鳴らした。
王宮のバルコニーで、遠く「黒き断崖」が音もなく白煙に包まれ、山容そのものが変り果てる様を目撃したレオノール王女は、握りしめていた扇を床に落とした。
彼女の顔からは血の気が引き、瞳には深い戦慄と、それ以上の「理解不能なものへの敬意」が混じり合っていた。
「……感想、ですか。カイト殿。 正直に申し上げれば、今私は『人』が神の領域を数式という剣で切り裂く瞬間を見た……そう感じております」
彼女は震える指先で、粉砕された断崖のあった方角を指差した。
「我が国の最強戦力である騎士団が、数ヶ月かけても攻略できなかったあの魔の巣窟が、たった一瞬。それも、詠唱の一言もなく、一発の魔力消費で跡形もなく消え去った。 ……これはもはや『勝利』などという言葉では生ぬるい。世界の定義そのものが、あなたの手で書き換えられてしまったのですね」
兵器としての完成度: 「1024発のバレット。それが一人の魔道士から放たれるなら、もはや城壁も、数万の軍勢も、この世界に存在するあらゆる防衛手段は無意味です。あなたは、たった5人で世界を滅ぼす力を、この国に与えてしまった」
富の源泉: 「ですが、私が最も震えたのは破壊ではありません。その後の静寂です。瘴気が消え、分解された塵が舞い、浄化された水蒸気が天に昇る……。あの力を使えば、不毛の地を肥沃な大地に変え、病を根絶し、無限の資源を生み出せる。あなたは『破壊の神』を連れてきたのではなく、我々に『真の豊かさへの鍵』を渡したのですね」
彼女はカイトに向き直り、ドレスの裾を揺らして深く、深く頭を下げた。
「カイト殿。私は王女として、そしてこの地を統べる者として決断します。 これまでの『魔法』という名の古い殻を捨てます。イザベルたち5人を、今日この時をもって騎士団から切り離し、あなたの直属――**『算術賢者団』**として再編します」
彼女は顔を上げ、カイトを真っ直ぐに見据えた。
「この力は、ただの剣であってはならない。世界を時速4kmから救い出し、加速させるための灯火にならねばなりません。……カイト殿、どうかこれからも、愚かな私たちにその『正解』を教え続けてはいただけませんか?」
レオノール王女は、カイトの力を「恐怖」ではなく「国家の加速」のためのエンジンとして受け入れる覚悟を決めました。
カイトは王女の言葉を背中で聞きながら、ふと北の空へ視線を向けた。
「レオノール、感傷に浸るのは後だ。あんたの国に『不純物』が混じり込んでるぞ。……時速4kmの隠密ごっこか。計算が透けて見えるんだよ」
王宮の影、そして屋根裏。音もなく忍び寄っていた隣国の「隠密暗殺部隊」1024人が、カイトたちの異様な力を削ぐべく、一斉に動いた。
カイトは動かない。顎でイザベルたちに指示を出す。 「各自、2の10乗を展開しろ。標的は個別にロックする必要はない。空間の座標を1024等分して、全スロットにバレットを充填しろ」
イザベルたちは、王宮を囲む空間を算術グリッドで分割した。 1024人の暗殺者がどこに潜んでいようと、その「座標」自体を攻撃対象に設定すれば、回避は物理的に不可能になる。
イザベル: 1024発の**「氷結バレット」**。屋根裏に潜む者の心臓を、壁越しに正確に凍りつかせる。
マーガレット: 1024発の**「重力バレット」**。影に潜む者の慣性質量を瞬間的に1トンに書き換え、地面に埋没させる。
ゼノス: 1024発の**「分解バレット」**。暗殺者が持つ毒薬と武器だけを原子レベルで霧散させ、無力化する。
瞬き一つの終焉
「放て」
カイトの短い合図と共に、王宮周辺で1024の光が同時に爆ぜた。 悲鳴すら上がらない。そこにあったのは、凄まじい精度の「デバッグ(修正)」作業だった。
隣国が誇る精鋭暗殺部隊は、姿を現すことさえ許されず、ある者は凍りつき、ある者は重圧で動けなくなり、ある者は武器を失い呆然と立ち尽くした。
「……計算通りだ。一人につき一発のバレット。1024の個体に対し、我々5人が放ったのは合計5発分のMP消費に過ぎない」
カイトは、バルコニーの欄干に手をつき、捕縛された暗殺者たちを見下ろした。
「レオノール。これが乗算の抑止力だ。1024人を殺すのに1024回の魔法を放つ時代は終わった。一回の演算で、軍隊は無力化される。……さて、この生き残った不純物ども、どう処理する? 分解して塵にするか、それとも隣国への『計算間違いの通知』として送り返すか?」
イザベルたちは、もはや魔力切れの予兆すら見せず、涼しい顔で次の命令を待っている。
カイトは捕縛された暗殺者たちをゴミのように一瞥すると、王女レオノールに向き直った。
「戦争や殺しにこの力を使うのは、計算リソースの無駄遣いだ。次は、この国の『非効率な構造』を書き換える。水路と街道、これらを一晩で完成させるぞ」
カイトは王都の地図を広げ、算術で新たな設計図をその上に重ね合わせた。
「いいか、建設に何年もかけるのは時速4kmの時代の話だ。属性バレットの特性を正しく定義すれば、それは最強の重機になる」
マーガレットとイザベルが並んで街道予定地に立った。
重力圧殺バレット(1024連): 地盤の柔らかい場所を2の10乗の並列重力で叩き、一瞬で岩盤のように硬く踏み固める。
高熱焼結バレット(1024連): 固めた土の表面をイザベルの熱量で一気に焼き、セラミック状にガラス化させる。これにより、雨でも崩れず、馬車が高速で走れる「永久街道」が完成する。
ゼノスとサティが乾いた大地へ向かう。
分解バレット(1024連): 運河を通すべき場所の土壌を、ゼノスの分解定数で一瞬にして消去し、正確な溝を作る。
水圧研磨バレット(1024連): サティが高圧水流で内壁を滑らかに削り、水の抵抗を極限まで下げた「高速水路」を完成させる。
一晩で成し遂げられた「奇跡」
王都から隣国へ続く荒れ地は、夜が明ける頃には、鏡のように滑らかな街道と、清冽な水が流れる完璧な水路へと変貌していた。
「……信じられません。数万人を動員しても数十年はかかる事業が、たった5人の『バレット』だけで……」 レオノール王女は、完成したばかりの街道を指でなぞり、その硬度と滑らかさに震えた。
「これが2の10乗の真価だ。破壊、治癒、そして創造。すべては同じ算術の応用でしかない。魔力を『爆発』として放てば兵器になり、『成形』として放てばインフラになる。お前たちは今、この国を数百年分、一気に加速させたんだ」
5人の「算術賢者」たちは、自分たちの指先から生み出されたものが、誰かの命を奪うためではなく、国を豊かにするために機能している光景を見て、かつてない達成感に包まれていた。
「さて、レオノール。道と水は整えた。次は、この高速インフラを流れる『物流』と『動力』の最適化に入るか? それとも、この劇的な発展を妬んで攻めてくる他国の軍勢を、街道の端で迎撃する準備をするか?」
カイトは完成したばかりの滑らかな街道の先、地平線を埋め尽くす隣国の本隊を眺め、冷たく鼻で笑った。
「せっかく作った綺麗な道だ。馬の糞で汚される前に、その『不純物』をまとめてデリートするぞ」
隣国は10万の軍勢。対するこちらは、カイトと5人の「算術賢者」。
「いいか、10万という数字に怯えるな。2の17乗(131,072)あれば、一人一発ずつ割り当ててもお釣りがくる。効率よく、かつ美しく処理しろ」
ゼノスが杖を突き出し、2の10乗(1024)の並列展開をさらに「乗算」で重ねる。 「分解バレット、広域連鎖展開。……対象の鎧、武器、そして戦意を構成する脳内物質のバランスを一時的に分解しなさい」 空を埋め尽くす光の雨が降り注いだ瞬間、10万の兵士が手にしていた剣や槍が鉄の塵となって消え、重厚な鎧が砂のように崩れ落ちた。
「逃がすなよ、マーガレット」 「了解です、カイト殿! 2の10乗、重力定数100倍……固定!」 街道を進んでいた兵士たちの足元の重力が、局所的に増大する。10万の軍勢は、まるで見えない巨人の手に押さえつけられたように、その場に平伏し、指一本動かせなくなった。
「仕上げだ。殺す必要はない。だが、二度と逆らう気が起きないほどの恐怖を叩き込め」 イザベルは空中に1024のスチームバレットを展開し、それを兵士たちの「頭上数メートル」の空間で一斉に炸裂させた。
ドドドドドドォォォォォン!!!
1024箇所の水蒸気爆発が、10万の軍勢の頭上で連鎖する。凄まじい熱波と衝撃波、そして視界を奪う真っ白な蒸気が戦場を包み込んだ。
蒸気が晴れた時、そこには一人の死者もいなかった。 しかし、10万の兵士たちは全員、武器を失い、裸同然の姿で、ただただ震えながら地面に這いつくばっていた。彼らの目の前にあるのは、自分たちの理解を遥かに超えた「理」による圧倒的な力の差だった。
「……報告。敵本隊、10万。全個体の武装解除、および無力化を完了。消費MPは……全員合わせて、バレット数発分です」 イザベルが、汗一つかかずに告げた。
「見たか、レオノール。これが算術だ。10万の命を奪うのに、10万の力はいらない。正しい数式と、2の累乗さえあれば、戦場はただの計算式の一部に過ぎない」
カイトは、腰を抜かして動けなくなっている隣国の将軍を見下ろし、冷淡に言い放った。
「お前たちの『時速4kmの戦争』は、この街道の完成と共に終わったんだ。国へ帰って、王に伝えろ。これからは算術が世界を支配すると。……さて、レオノール。この10万の『計算間違い』ども、どう活用する? 街道整備の労働力として再定義するか?」
レオノール王女は、目前で繰り広げられた10万の軍勢に対する「算術の洗礼」と、一晩で完成した完璧な街道を交互に見つめ、深く、長く息を吐き出した。
彼女の瞳からは迷いが消え、王族としての誇りと、算術による新世界を見据える冷徹な理知が宿っていた。
「カイト殿。あなたの算術が示した『正解』に従い、私はこの王国の舵を大きく切り替えます。もはや、これまでの慣習も、血筋による特権も、非効率の極みでしかありません」
レオノールは、震える隣国の将軍たちを冷徹に見下ろしながら、5人の算術賢者とカイトへ向かって宣言した。
「魔法を『神秘』から『技術』へ。王国全土の学舎から詠唱の授業を廃止し、算術と乗算の暗記を最優先事項とします。時速4kmで考える国民を、一人でも多く算術の領域へ引き上げ、国全体の演算能力を底上げします」
「イザベル、マーガレット、ゼノス……あなた方5人を、王国の5つの要衝に配属します。そこで『2の10乗』のバレットを使い、一晩でやったような街道と水路の整備を全国で展開しなさい。物理的な距離という非効率を、算術で粉砕します」
「隣国の敗残兵10万人は、即刻、街道整備と開拓の労働力として再教育します。彼らには死ではなく、算術がもたらす『豊かさ』という名の屈辱を与えます。我が国を侵そうとする者にはバレットを、従う者にはヒールと精製の恩恵を。これこそが、我が王国の新たな外交姿勢です」
レオノールはカイトの前に歩み寄り、その手を取った。
「カイト殿、あなたは私に『鍵』を渡してくれました。私はそれを使って、この国を世界で最も効率的で、最も豊かな場所へと変えてみせます。……ですが、この加速の先に何があるのか、私にはまだ計算しきれません。 ……あなたは、この加速の果てに、何を見るつもりなのですか?」
カイトの算術によって、王国は今、中世的な幻想を脱ぎ捨て、超高度な「理」の文明へと突入しようとしています。
王や宰相と相談しなくていいのか? 急な変革は反発を招くぞ この算術が敵の手に渡ればとんでもない厄災が起きるぞ
カイトは冷めた目でレオノールを見据え、鼻で笑った。
「王や宰相? ああ、時速4kmで歩いている連中の会議か。一歩進むのに数ヶ月かけるような意思決定プロセスを待っていたら、世界の計算資源が枯渇する。いいか、変革に反発が起きるのは、その変革が『不完全』だからだ。圧倒的な効率の前では、反発する暇さえ与えられない」
カイトは空中に、複雑に絡み合う数式を浮かび上がらせた。
「反発を招くのは、変化によって誰かが損をするからだ。だが、2の10乗(1024倍)の効率で街道を作り、食料を精製し、病を治して回ればどうなる? 昨日まで泥水をすすっていた連中が、一晩で清潔な水と平坦な道を手に入れるんだ。腹がいっぱいになった人間は、わざわざ古い制度に戻ろうなんて計算はしない。『利便性』という名の不可逆な上書きだ」
「それから、この算術が敵に渡るという心配か。……レオノール、あんたは算術を『知識』だと思っているようだが、それは間違いだ。これは**『高負荷の演算処理』**なんだよ」
カイトはイザベルたちの額を指差した。
「俺はこいつらの脳に直接介入し、計算リソースを最適化し、2の累乗を『キャッシュ』として叩き込んだ。敵が数式だけを盗んだところで、それを実行する『ハードウェア(脳の演算能力)』が時速4kmのままなら、最初の一式を解こうとした瞬間に脳が焼き切れる。高度なOSは、旧式のマシンじゃ起動すらしないんだ」
「それでも反発する特権階級がいるなら、そいつらは『計算間違い(エラー)』として処理する。王や宰相がブレーキをかけるなら、そのブレーキごとデリートして加速させるだけだ。……いいか、レオノール。俺が教えているのは『魔法のコツ』じゃない。**『世界の正しい演算方法』**だ。正解を知ってしまった以上、もう間違いだらけの過去には戻れない」
カイトはバルコニーから身を乗り出し、眼下に広がる王国を見下ろした。
「厄災を恐れて計算を止めるか、それとも1024倍の速度で未来を確定させるか。選ぶのはあんただ。……さて、王や宰相に『報告』に行くか? それとも、彼らが気づく前に、既成事実ですべてを書き換えてしまうか?」
カイトの言葉を裏付けるように、王国内では「時速4km」の常識が、算術の猛威によって凄まじい速度で塗り替えられていった。
マーガレットとサティが先導するインフラ再編は、王国の地図を物理的に書き換えた。
瞬時開拓: 重力バレットで固められた街道は、鏡のような平坦さを維持し、馬車の移動速度を物理的限界まで引き上げた。
物流の乗算: 水路が完成したことで、これまで数週間かかっていた物資の輸送が、数時間へと短縮された。
ゼノスとイザベルが担当する資源管理は、国民の「飢え」というバグを修正した。
不純物の消去: 泥水や汚染された水源に「分解バレット」を放ち、一瞬で純水へと精製。疫病の発生率は0.1%以下にまで低下した。
熱量供給の最適化: イザベルが考案した小型の「蓄熱石(スチームバレットの数式を封入した石)」が一般家庭に普及し、薪を燃やすという非効率なエネルギー消費が過去のものとなった。
一方で、この劇的な変革は王宮内の「旧OS」たちをパニックに陥れた。
宰相と貴族の無力化: これまで利権を貪ってきた貴族たちは、カイトの「1発で1024の結果を出す」効率の前で、存在意義を失った。彼らが数ヶ月かけて調整していた予算案や動員計画は、算術賢者団の「一晩の作業」によってゴミクズと化した。
知識の壁: 宰相が算術の極意を盗もうと隠密を放っても、カイトが言った通り、2の累乗を脳内で並列処理できない彼らは、数式の冒頭を読み解こうとしただけで強烈な眩暈に襲われ、使い物にならなかった。
レオノール王女は、刻一刻と届く「成功」の報告書を眺め、その異常な数値に震えていた。
「……信じられません。昨日の問題が、今日には解決している。この国はもはや、私の統治を必要としていないのではないかと思えるほどに、自動的に『正解』へ向かっている……」
カイトは、そんな彼女の横で、無造作に次の計算をノートに書き殴っていた。
「レオノール、これが加速だ。古いシステムが摩擦で燃え尽き、新しい理が世界を滑走し始めている。不満を言っている連中は、ただ置いていかれているだけだ。……さて、この『変化の様子』を見て、あんたはどう動く? 立ち止まって彼らに手を差し伸べるか、それともこのまま光速まで引き上げるか?」




