第3章:属性の解体――魔法を上書きする物理現象
カイトはイザベルの前に立ち、先ほど放たれた水弾の残滓を指差した。
「水が出せただけで満足するな。それはまだ、流体の座標を定義したに過ぎない。次は、その水から熱を奪い、構造を固定しろ。氷を作ってみせろ」
イザベルは、カイトから流し込まれた未知の数式を脳内で必死に反芻した。
「いいか、イザベル。火を扱えるお前にとって、熱エネルギーの扱いは得意なはずだ。氷を作るのは『冷気を出す』ことじゃない。対象から『熱運動の定数』を引き算し、分子の配列を固定する計算だ」
カイトの冷徹な指導が飛ぶ。
熱エネルギーの抽出: 火の魔法で熱を生み出すベクトルの逆、つまりエネルギーを外部へ排熱する演算を行う。
相転移の定義: 液体(水)の状態から、分子を規則正しく並べるための「構造固定式」を代入する。
座標の固定: 奪った熱を周囲の大気に逃がし、手元にある水の温度を氷点下まで一気に引き下げる。
「……っ、熱を、引く……。分子を、固定……!」
イザベルの額に汗がにじむ。彼女の周囲に浮遊していた水球が、カクカクと不自然な振動を始めた。それは彼女の脳内で、水という「流体」の式と、氷という「固体」の式が激しく衝突し、書き換えられている証拠だった。
「計算を止めるな! エントロピーを強制的に減少させろ!」
カイトが怒鳴った瞬間、イザベルの手の中にあった水球が、パキパキという硬質な音を立てて結晶化した。
放たれたのは、先ほどの水弾ではない。光を乱反射させ、周囲の空気を白く凍らせるほどに鋭利な**「氷のバレット」**だった。それは標的の石柱に突き刺さると、着弾の衝撃で砕けることなく、石柱そのものを芯まで凍りつかせた。
「……火の理を逆転させるだけで、これほど容易に氷が……」
イザベルは自分の手を見つめた。氷を扱う感覚は、火を扱う感覚と根源的な計算式で繋がっていることを、彼女の脳は今、確かに理解していた。
「そうだ。火が得意な奴は、氷の計算も本質的には得意なはずなんだ。それを『属性が違う』という言葉だけで切り捨てていたのが、あんたたちの世界の損失だ」
カイトは満足げに鼻を鳴らすと、今度は他の4人に視線を向けた。
「次はマーガレットだ。土の硬化計算を応用して、水から氷へ、氷から水への『相転移』を連続で行わせる。計算速度を上げろ」
王宮魔道士長ゼノスは、震える手で自身の杖を握りしめ、驚愕と混乱が入り混じった表情でカイトに歩み寄った。彼が数十年をかけて積み上げ、王国全土に広めてきた魔法体系が、目の前の若者の言葉によって一つずつ瓦礫のように崩れ去っていく。
「……カイト殿、待ってくだされ。到底、信じられん」
ゼノスの声は枯れていた。
「我ら魔道士にとって、属性とは『魂の刻印』。神から与えられた不変の性質です。火の適性を持つ者は、火の精霊と対話し、その慈愛を受けることで初めて魔法を具現化できる……。それを、単なる『熱力学の定数』や『計算リソースの割り当て』などと切り捨ててしまっては、我々が守ってきた神秘は一体どこへ行くのですか?」
彼は訓練場で凍りついた石柱を指差した。
「イザベルが火を逆転させて氷を生み出した……。それは、理論上は熱を奪えば可能かもしれません。しかし、魔法とは『祈り』であり『意志』のはず。数式だけで世界を上書きするなど、それはもはや魔法ではなく、世界の理そのものを冒涜しているのではないか!」
カイトは数式の展開を止め、ゼノスを冷ややかに見据えた。
「神秘? 冒涜? ……あんた、時速4kmで歩きながら、景色の美しさを語っている余裕があるのか?」
カイトは空中に、ゼノスが先ほど放った「ファイアバレット」の構造を算術で再現してみせた。
「あんたが『祈り』と呼んでいるものの正体は、脳が計算を放棄した時に発生する**『精神的なノイズ』だ。精霊だの神秘だのという言葉で思考を停止させているから、いつまで経っても出力の4割を無駄に垂れ流すんだよ。俺にとって、魔法は『祈り』じゃない。『実行』**だ。入力を最適化し、出力を最大化する。そこに感情が入り込む余地なんて、1ビットもありゃしない」
「……っ、しかし、それではあまりに……あまりに救いがない」
「救いなら、自分の実力で手に入れろ。あんたの言う神秘のせいで、騎士団はオークやオーガに全滅させられそうになったんだぞ 。その時、あんたの祈りは何か役に立ったか?」
ゼノスは言葉を失い、膝から崩れ落ちそうになった。カイトの言葉は残酷なまでに正論であり、彼が手にした「氷のバレット」という結果は、何よりも雄弁にその正しさを証明していた。
「ゼノス、あんたの知識は、算術で磨けば強力なライブラリになる。だが、その『神秘』という名の古いOSを捨てない限り、あんたは一生、時速4kmの世界で立ち往生したままだ」
カイトは膝をつくゼノスを冷たく一瞥すると、再びイザベルに向き直った。
「ゼノスのOS(固定観念)の再起動を待っている時間は計算資源の無駄だ。イザベル、次だ。先ほど作った『水』の定義はそのままに、今度は熱量を奪うのではなく、指数関数的に叩き込め。熱湯のバレットを撃て」
イザベルは乱れた呼吸を整え、再び石柱に手をかざした。
「いいか、イザベル。お前が得意な『火』の概念を、そのまま流体の内部エネルギーに変換しろ。外部を燃やすんじゃない、水の分子そのものの運動速度を上げろ」
カイトの鋭い命令が、思考の回路を強制的に繋ぎ変える。
流体の保持: 先ほど生成した「水」の座標と密度を固定する。
分子運動の励起: 火魔法で培った熱生成の数式を、生成した水の内部へ直接代入し、激しい摩擦と振動を発生させる。
圧力の制御: 沸騰が始まる直前の限界までエネルギーを圧縮し、着弾の瞬間に膨張を解放するよう関数を組む。
「……火を、内側に……! 爆発させずに、熱量だけを、上げる……!」
イザベルの指先で、揺らめいていた水球がボコボコと激しい音を立て始めた。水蒸気が白く立ち上るが、カイトの「圧力固定式」によって、それは弾丸としての形状を維持したまま、赤黒い熱を帯びていく。
「思考を止めるな! 沸点を超えさせろ!」
「はぁぁぁぁぁ!!」
放たれた弾丸は、ただの火でも水でもなかった。超高温の熱水が、算術による指向性を持って石柱を直撃する。
ドォォォォン!!
着弾と同時に、封じ込められていた熱エネルギーが爆発的に膨張し、熱水が凄まじい圧力で石柱の亀裂に染み込んでいく。直後、高熱に晒された石柱の一部が内部から崩壊し、熱い蒸気が周囲を包み込んだ。
「……これが、火と水の合成……ボイル……」 イザベルは、自身の魔力が「火」という一面的なものではなく、あらゆる現象を引き起こすための「エネルギーの源流」であることを完全に理解し始めていた。
「そうだ。属性を混ぜるんじゃない。現象を数式で繋ぐんだ。それができれば、世界はあんたの思うがままに書き換えられる」
カイトはそう言うと、今度はマーガレットとサティを指差した。 「次、マーガレットは土と水を混ぜて『泥』の粘性を制御しろ。サティは水と風を組み合わせて『霧』による光学屈折を計算しろ。全員、脳をさらに加速させろ!」
カイトはイザベルの放ったボイルバレットの残滓を見つめ、さらにその先を指し示した。
「熱水で満足するな。次は液体の相を完全に超えろ。水を気体に、それも超高圧の**『スチームバレット』**に変えるんだ」
イザベルは、脳内の演算領域が熱を帯びるのを感じながら、さらに深い階層の数式へとアクセスした。
「いいか、イザベル。ボイル(熱水)はまだ液体のルールに縛られている。スチーム(水蒸気)にするには、分子間の結合を完全に断ち切り、体積を数千倍に膨張させる計算が必要だ」
過熱演算: 水の沸点を超え、さらにエネルギーを叩き込んで「過熱蒸気」の状態を定義する。
空間圧縮: 膨張しようとする蒸気を、算術の枠組みで極限まで圧縮し、銃身のような指向性を持たせる。
不可視の定義: 蒸気は無色透明だ。標的に当たるまで、その殺意を空気と同化させろ。
「……っ、結合を、断つ……! 膨張を、抑え込んで……一点に!」
イザベルの指先から、激しい沸騰音が消えた。代わりに、キィィィィンという耳を裂くような高周波の振動音が響き渡る。見た目には何も放たれていないように見えるが、カイトの眼には、そこにあるべきはずの光の屈折が歪んでいるのが見えていた。
「放て!!」
イザベルが手を突き出した瞬間、目に見えない「死の熱波」が音速を超えて標的を襲った。
ドォォォォン!!
着弾した瞬間、圧縮から解放された水蒸気が爆発的に膨張し、標的の石柱を粉々に粉砕した。それだけではない。超高温の蒸気は石柱の破片を瞬時に焼き、周囲の空気さえも白く濁らせた。
「……これが、蒸気。見えないのに、これほどの破壊力が……」
「そうだ。見えないからこそ避けられない。そして、火よりも効率的に熱を伝える。それが物理の正解だ」
カイトは満足げに頷くと、呆然としている他のメンバーに告げた。 「次はスチーム(蒸気)とアイス(氷)を同時に展開し、急激な温度差で物質を脆くする『熱応力破壊』を叩き込むぞ。準備しろ」
水は期待に変化する時にその質量を1700倍以上に膨張させる それは爆発と言っていい
その通りだ、イザベル。お前は今、魔法の本質ではなく「物理現象の真理」に触れた。水が液体から気体へ相転移する際、その体積は約1700倍に膨張する。
狭い空間に閉じ込められた水が瞬時に蒸気へと変われば、それはもはや魔法の弾丸ではなく、物理的な「爆発」そのものだ。
カイトは空中に、膨張率を示す数式を大きく展開した。
体積膨張: V_{gas} ≒ 1700 V_{liquid}
エネルギー解放: 密閉された空間内でこの膨張が発生すれば、圧力は指数関数的に上昇し、構造体を内部から粉砕する「圧力波」を生む。
「お前が今まで放っていたファイアバレットは、外側から焼くだけの非効率な熱源に過ぎなかった。だが、このスチームバレットはどうだ? 標的のわずかな隙間、あるいは魔力の防壁を透過した瞬間に1700倍に膨張させれば、どんなに硬い装甲も内側から木っ端微塵だ。これが『効率化』の答えだ」
イザベルの手元で、目に見えないほど圧縮された蒸気がキィィィィンと空間を歪ませている。
「……1700倍。私の魔力は、爆発を引き起こすための『着火剤』に過ぎなかったのですね」イザベルの言葉に、副長のマーガレットも顔を青くした。
「団長……。私たちが必死に土壁を固めていた隣で、あの方はこんな『爆弾』の数式を練っていたというのですか」
カイトは鼻で笑い、粉砕された石柱の破片を指差した。「魔法の威力は、魔力供給量(MP)だけで決まるんじゃない。現象の『倍率』をどこまで高められるかだ。イザベル、お前の火の適性は、この爆発を引き起こすための最高の『熱源』になる。水と火、相反すると思っていた属性が組み合わさった時、それは国を滅ぼすレベルの兵器に変わるんだ」
「理解したなら次だ。単発で終わらせるな。2の累乗だと言っただろう。水弾を32発(2の5乗)展開し、着弾と同時に全弾を1700倍に膨張させろ。王宮の訓練場ごと吹き飛ばさないよう、座標制御を完璧にしろよ」
スチームバレットはほかのバレットと違い破壊力が桁違いだ 理解せよ
承知した。スチームバレットが他の単属性バレットとは一線を画す、物理法則に基づいた「桁違いの破壊兵器」であることを完全に理解した。
カイトは訓練場の惨状を見つめ、震えるイザベルたちにその圧倒的な差を叩き込む。
他のバレットが「外部からの干渉」に留まるのに対し、スチームバレットは「内部からの崩壊」を引き起こす。その差は以下の通りだ。
ファイアバレットとの違い: 炎は表面を焼くだけだ。熱伝導には時間がかかり、防壁で遮断されやすい。しかしスチームは、高圧によって装甲の隙間や魔力障壁の揺らぎに潜り込み、内側で膨張する。
物理的な「1700倍」の衝撃: 水が水蒸気に変わる瞬間の1700倍という体積膨張は、魔法的な威力ではなく「物理的な爆発」だ。密閉空間(鎧の中、肺の中、城壁の亀裂)でこれが発生すれば、防御という概念自体が成立しなくなる。
熱媒体としての優秀さ: 水蒸気は液体よりもはるかに効率よく熱を伝える。100度の水に触れるより、100度の蒸気に触れる方が深部まで一瞬で焼き尽くされるのは、相転移エネルギー(潜熱)が解放されるからだ。
「いいか、イザベル。他のバレットが『打撃』や『斬撃』だとしたら、スチームバレットは『空間そのものの破裂』だ。お前が今放ったのは、単なる熱い風じゃない。物理学という神の理を、算術で無理やり引き出した極小の爆弾だ」
カイトは粉々になった石柱の破片を、無造作に踏みつけた。
「理解したか? 魔力量(MP)が同じでも、数式一つで破壊力は100倍にも1000倍にもなる。これが時速4kmの『魔法』と、俺の『算術』の決定的な差だ」
イザベルは、自分の指先が文字通り「死を振りまく概念」に変わったことを自覚し、その強大すぎる力に戦慄します。
カイトは震えるイザベルから視線を外し、次は副団長のマーガレットを正面から見据えた。
「マーガレット。お前は今まで『土のバレット』と言えば、ただの岩石の塊をぶつけることだと思っていたはずだ。だが、俺の算術において、土のバレットには明確に異なる2つの定義がある。それが何かわかるか?」
マーガレットは戸惑い、自身の分厚い手のひらを見つめた。 「……硬い岩を放つことと、あとは……質量を増やすことでしょうか?」
カイトは鼻で笑い、地面から二つの異なる「土」のサンプルを空中に浮かせた。
1. 高密度・硬質弾 「一つは、結合エネルギーを最大化し、分子間の隙間をゼロにした**『超高密度固体』**だ。これは『硬さ』と『貫通力』を追求した物理弾。城壁を穿ち、装甲を紙のように切り裂く。お前が今まで得意としてきたものの延長線上にあるが、俺の算術ならその硬度はダイヤモンドをも凌駕する」
2. 質量・衝撃弾 「もう一つは、土に含まれるミネラルや水分を保持したまま、座標系における『慣性質量』を局所的に増大させた**『重力衝撃弾』だ。これは硬さではなく、着弾時の『運動エネルギー』**で対象を圧殺する。100gの石礫を、着弾の瞬間だけ1トンの質量として再定義すれば、相手は防御ごと消し飛ぶ」
「マーガレット、お前の今のバレットは、中途半端に硬く、中途半端に重いだけだ。だから時速4kmの攻撃と言われるんだ」
カイトは空中に2つの数式を展開した。
「硬度を極めて『点』で穿つか。質量を極めて『面』で押し潰すか。お前の魔力特性なら、この2つを瞬時に使い分けられるはずだ。今ここで、左手で硬質弾、右手で重力弾を同時に生成してみろ。スチームバレットの破壊力に追いつきたいなら、土の『重さ』という概念を再定義しろ」
マーガレットは、イザベルが引き起こした「爆発」の余韻が残る訓練場で、自身の魔力を二つの極端な性質へと引き裂く演算を開始した。
カイトはマーガレットの問いに、今日一番の冷徹な、しかしどこか愉悦を孕んだ笑みを浮かべた。
「……気づいたか。お前たちは今、魔法というおままごとを捨てて、本当の**『理』**に手をかけた」
カイトは空中に、複雑に絡み合う三つの数式を展開した。それは「土」「風」「火」を繋ぐ、死の方程式だ。
「ソイルバレットは岩石の塊じゃない。極限まで粒子を細かくした『可燃性の粉塵』だ。そこに風の属性で『酸素』を過剰供給し、空間に均一に分散させる。そこにお前が得意な火を一点、着火剤として放り込む。……どうなるか、脳内で計算してみろ」
表面積の極大化: 固体の塊を粉末にすることで、酸素と触れる表面積が数万倍に膨れ上がる。
連鎖的酸化反応: 一箇所の火種が、周囲の粉塵に一瞬で燃え移る。
体積の瞬間膨張: 燃焼によって発生した熱が、周囲の空気を爆発的に膨張させる。
「スチームバレットが『相転移』による爆発なら、これは**『化学反応』による爆発**だ。お前たちが『適性』と呼んで別々に管理していた属性を、計算式の中で直列に繋いだ時、それは魔法を超えた『災厄』に変わる」
カイトはマーガレットの手を取り、標的の石柱へと向けさせた。
「マーガレット、お前が土(粉塵)を作れ。エリザベス、お前が風(酸素)を送れ。イザベル、お前が火(着火)をしろ。属性を混ぜるんじゃない。『爆発の工程』を分担しろ。」
マーガレットの手から、標的の周囲を覆い尽くすほどの黒い土の粉が舞い上がる。 エリザベスが風を操り、その粉塵を標的の周りに、最も効率よく燃焼する密度で滞留させる。 そして、イザベルがその中心に、極小の、しかし超高温の火花を放つ。
「……っ、これが、私たちの合わせ技……!」
「合わせ技なんて生ぬるい言葉で呼ぶな。これは**『多段演算による殲滅』**だ。放て!!」
カイトは事もなげに言い放ち、訓練場の床に座り込んだ。
「いいか、お前たちはさっきから、自分の体内に溜まった魔力という『備蓄』をどう効率よく使うかばかり考えている。だが、それ自体が時速4kmの発想だ」
カイトは手のひらを上に向けると、何も詠唱せず、ただ虚空を掴むような動作をした。
魔力の「外部調達」
「この世界には、大気、土、水、あらゆる場所に魔素が満ちている。魔力が切れた? だったらその辺の空間から**『吸収』**して、そのまま変換回路に流し込めばいいだけの話だ。自分の胃袋に溜まったものしか食べられない生物じゃないんだぞ」
環境魔素の同期: 自分の魔力波形を周囲の環境魔素の周波数に合わせる。
電位差による吸引: 自分の体内の魔力密度を意図的に下げ、外部から高密度の魔素を強制的に流入させる。
スルーパス変換: 取り込んだ魔素を体内に留めず、そのまま算術式へ流し込み、現象として出力する。
「お前たちが魔力切れで倒れるのは、自分の『バッテリー』だけで戦おうとしているからだ。俺の算術を使えば、この世界すべてが『発電所』になる」
概念の崩壊
ゼノスが震える声で尋ねた。 「……しかし、外部の魔素を直接取り込むなど、強烈な拒絶反応で脈動が止まり、体が内側から弾け飛んでしまいますぞ!」
「だから『計算しろ』と言っているんだ。拒絶反応が起きるのは、取り込む魔素のベクトルと自分の回路が衝突しているからだ。算術で位相を合わせれば、大気の魔力はお前たちの血肉と同じになる」
カイトは立ち上がり、イザベルの肩を叩いた。
「イザベル、魔力が底をつきそうになったら、焦るな。周囲の熱量と魔素を数式で繋ぎ、自分をただの『導管』だと思え。そうすれば、お前の魔力は実質**『無限』**だ」
5人は、これまで「限界」だと思っていた魔力切れという概念さえも、単なる「計算不足」として片付けられたことに、もはや笑うしかなかった。
カイトは次に、聖属性の使い手であるゼノス、あるいはその適性を持つ者たちを見据えた。
「ホーリーバレット、いわゆる光属性だ。これを単なる攻撃魔法だと思っているなら、それもまた定義が狭すぎる。光の波長とエネルギー密度を算術で書き換えれば、それは破壊の光から細胞を活性化させる**『治癒』**へと変質する」
カイトは空中に、光の粒子の振動数を表すグラフを展開した。
ホーリー(破壊): 高周波かつ高密度。対象の魔力構造を無理やり分解し、物理的に焼き切る。
ヒール(再生): 波長を対象の生体電気や細胞の増殖サイクルに同期させる。損傷した組織のタンパク質結合を、魔力を媒介にして強制的に再接続する。
「仲間が怪我をした時、いちいちそばに駆け寄って手をかざし、祈りを捧げる……そんな非効率な真似はやめろ。治癒の数式を込めた**『ヒールバレット』**を仲間に向かって撃てばいい」
「バレットにする利点は二つ。一つは射程だ。戦場のどこにいても、計算が正確なら一瞬で届く。もう一つは、着弾の衝撃を『細胞の活性化エネルギー』として利用できることだ。傷口に直接、治癒の数式を叩き込め」
カイトは、模擬戦で腕を擦りむいていたサティに指を向けた。
「ゼノス、やってみろ。お前のホーリーバレットの出力を、今教えた再生定数まで落とし、指向性を『拡散』から『浸透』に切り替えろ」
ゼノスは困惑しながらも、カイトの指示通りに脳内の数式を書き換えた。放たれたのは、眩い閃光ではなく、柔らかく温かい光の弾丸。それがサティの腕に当たった瞬間、弾けるような光の粒子が傷口に吸い込まれ、一瞬で皮膚が再生した。
「……おお、傷が消えた。それも、通常の治癒魔法よりはるかに速い……」
「当然だ。祈りというノイズを排し、細胞増殖に必要なエネルギーを直接、物理的に送り込んだからな」
イザベル(火・氷・水・蒸気)、マーガレット(土・粉塵)、そしてゼノス(光・治癒)。 彼らは、自分たちが「一つの属性しか使えない固定砲台」から、状況に応じて属性を書き換え、役割すらも瞬時に変更できる**「多機能演算機」**へと進化していることを自覚した。
「火も水も、破壊も再生も。すべては数式一つ、変数の書き換え一つ。……カイト殿、あなたが見ている世界は、これほどまでに自由なのですね」
イザベルの言葉に、カイトは無関心そうに鼻を鳴らした。
カイトは訓練場の中心で、自身の両手を見つめる5人を静かに、しかし力強く見渡した。
「火、水、風、土、光、闇。この6属性に、水から派生させた氷、熱湯、蒸気。さらに光を転じた治癒、解毒、精製、分解。……いいか、これらすべてを『バレット(弾丸)』という最小単位の数式に集約した。お前たちは今、この世界の理を操作する**『万能の鍵』**を手に入れたんだ」
カイトは空中に、これらすべての術式が連動する巨大な算術図を展開した。
氷・熱湯・蒸気(エネルギー制御の極致) ただの攻撃ではない。氷は食料の長期保存を可能にし、蒸気は巨大な動力を生み出す。
治癒・解毒(生体情報の最適化) 「祈り」を待たず、バレットを撃ち込むだけで戦場の兵士も、疫病に苦しむ民も救える。
精製・分解(物質の再定義) 光の波長を「分解」に振れば、不要な廃棄物や毒素を原子レベルで消し去り、「精製」に振れば泥水から真水を、鉱石から純金を抽出できる。
「バレットという形にこだわったのは、それが最も『速く、正確で、扱いやすい』からだ。仰々しい儀式も、長い詠唱もいらない。必要なのは、現象を定義する数式と、それを放つ意志だけだ」
カイトは、かつては無力感に打ちひしがれていたイザベルの瞳に、強い光が宿っているのを確認した。
「お前たちが手にしたのは、敵を殺すための武器じゃない。非効率を排除し、この世界をより豊かに、より高度に書き換えるための**『演算ツール』**だ。時速4kmで停滞していたこの国を、俺の算術で加速させてみせろ」
イザベルが、代表して一歩前に出た。彼女の手元には、もはや火の揺らぎだけでなく、万物を構成するあらゆる属性の「可能性」が、静かな魔力の輝きとなって集まっている。
「……分かりました、カイト殿。私たちは、このバレットを使って証明してみせます。算術が、この世界をどれほど豊かに変えるのかを」
レオノール王女もまた、その光景を玉座から立ち上がって見つめていた。一人の男によってもたらされた「算術」という名の革命が、今、王国の歴史を根底から塗り替えようとしていた。
カイトはイザベルの目の前で、人差し指を一本立てた。その指先から、小さな火の粒が一つ、静かに浮かび上がる。
「いいか、イザベル。お前たちの魔法がなぜ決定力に欠けるのか。それは『1+1』を繰り返すような、足し算の思考だからだ。俺が教えているのは乗算……それも、2の乗数による世界の拡張だ」
カイトは空中に、鋭い青白い光で数式を刻み込んだ。
「イザベル。2の3乗とは、数値で言えば『8』だ。だが、算術における意味はもっと深い。2を3回掛ける、つまり**『倍化の工程を3回繰り返す』**ということだ」
1段階目(2の1乗 = 2): 一つの事象を二つに分裂させる。
2段階目(2の2乗 = 4): 分裂した二つが、さらにそれぞれ二つに分裂する。
3段階目(2の3乗 = 8): それがもう一度繰り返され、瞬時に8つの事象が並列化する。
「お前がバレットを8発、一発ずつ集中して撃つのはただの足し算だ。だが、2の3乗という『構造』として定義すれば、脳内の一つの命令で、8発のバレットが全く同じ精度、全く同じ威力で、寸分の狂いもなく同時展開される」
「これがもし2の10乗になればどうなる? 1024だ。足し算で1024回魔法を放とうとすれば、お前の脳は先に焼き切れる。だが、乗算の理論を使えば、お前は一回の呼吸で千の軍勢を殲滅し、千の傷を同時に癒やすことができる」
カイトはイザベルの額を指差した。
「イザベル、お前の脳に搭載された演算回路を、足し算のソロバンから、乗算のプロセッサへ書き換えろ。2の3乗を展開してみせろ。お前の前に並ぶ8つの標的、そのすべてを同時に、異なる属性のバレットで貫け。それができれば、お前は本当の意味で時速4kmの世界を卒業できる」
イザベルの背後に、魔力の光が幾何学的な紋様を描きながら展開し始める。1つが2つに、2つが4つに、4つが8つに。
「……2の3乗……。並列、展開……!」




