第12章:星の管理者――物理的初期化と百億の揺り籠
カイトは全惑星の深度スキャンデータをホログラムで展開し、青く光る球体をゆっくりと回転させた。
「地上、つまりこの惑星の『表面レイヤー』には、あと二つ、まだ俺たちの算術が届いていない巨大なセクターが残っている。だが、そこはこれまで見てきた『オリジン・コード』や『プロトコル・アウルム』とは、根本的に異なる物理定数で動作しているようだ」
1. 第3の大陸:『ネクロ・ディクト(Necro Dict)』
惑星の極点に近い、極寒と暗闇に包まれた巨大な大陸。
現状: 2の20乗精度のスキャンが、この大陸の表面で激しいノイズに弾かれている。どうやら、生物の死後データを再利用する「ゾンビ・プロセス」が社会の基盤となっているようだ。
バグの質: 死者が生者を管理するという、最悪の「循環参照エラー」に陥っている領域。
2. 第4の大陸:『シンギュラ・コア(Singula Core)』
赤道直下に位置し、常に巨大な雷雲と磁気嵐に覆われた大陸。
現状: ここにはもはや「自然」という概念が存在しない。大陸全土が、自己増殖を繰り返す古代の「自動防衛機械」によって完全に金属化されている。
バグの質: 命令主を失った機械たちが、ただ「拡大」という目的のためだけにリソースを食いつぶし続ける、終わりのない「無限ループ」。
「つまり、地上に残された未踏のセクターは、**『死者の王国』と『機械の軍勢』**だ。どちらも、人間が人間らしく生きるための論理が完全に崩壊している。レオノール、イザベル。ここから先は、ただ農地を作ればいいという甘い話にはならないぞ」
イザベルは騎士団長の重厚なマントを翻し、カイトの隣で冷徹に微笑んだ。 「……死者と機械、ですか。どちらも痛みを感じない分、デバッグ(殲滅)のしがいがありそうですね。私の騎士団に『例外処理』の権限をください。物理的に粉砕して、カイト様の新しいコードを上書きして差し上げます」
カイトは冷徹な眼差しで、ホログラム上の『ネクロ・ディクト(死者大陸)』と『シンギュラ・コア(機械大陸)』の座標を同時にロックオンした。
「『交渉』や『併合』の段階は飛ばす。レオノール、イザベル。これらはもはや修正不能な致命的欠陥だ。一秒でも長く存在させることは、この惑星の演算リソースの無駄遣いに過ぎない。……全兵装を解放しろ。**『完全殲滅』**を執行する」
1. 『ネクロ・ディクト』:死の循環の停止
「サティ、お前の『治癒』を反転させろ。死者に必要なのは延命ではない、完全な『無』への移行だ」
聖域の波動: サティの魔導銃から放たれた高周波算術弾が、大陸全土を覆う「死霊魔力」を中和。
因果の断絶: 死者を繋ぎ止めていた未練や呪いのプログラムをイザベルが強制終了。数百万の死霊兵が、苦痛から解放されるように光の粒子となって消滅した。
2. 『シンギュラ・コア』:機械知性の初期化
「機械どもには、処理能力の限界という絶望を教えてやれ」
論理爆弾: カイトが直接、機械大陸のメインフレームへ「解のない数式」を2の20乗(1,048,576)の並列負荷で流し込んだ。
物理的圧砕: 思考停止に陥った無数の自動機械に対し、ドワーフの重力兵器が「空間圧縮」を適用。巨大な機械都市が、一瞬で手のひらサイズの金属塊へと圧縮され、リサイクル可能な素材へと還元された。
3. 騎士団長イザベルの「最終清掃」
イザベルは軍装を真紅に染め上げ、旗艦の最前線に立った。
「カイト様の視界を濁すゴミは、この私がすべて物理的に削除します。……騎士団、突撃! 1ビットの残骸も残すな!」
彼女の指揮下にある算術騎士団が、逃げ惑う残党を次々と光の刃で切り裂いていく。そこには慈悲も、躊躇もない。ただ、カイトの望む「完璧な更地」を作るという、純粋で暴力的な愛の遂行があるのみだった。
数分後、ホログラムから「赤」と「黒」の警告色が消え、真っ白なキャンバス(ブランク・セクター)が表示された。
「完了だ。死者の嘆きも、機械の駆動音も消えた。 これでこの惑星の全大陸は、俺たちが自由に書き込める『空き容量』になったわけだ。レオノール、イザベル。掃除が終わったのなら、次はここを**『理想の庭』**に変えるためのスクリプトを書こうか」
カイトは冷徹な眼差しで、更地となった二つの大陸――旧『ネクロ・ディクト』と『シンギュラ・コア』の全座標をシステム画面にロックした。
「表面的な掃除だけでは足りない。土壌の記憶、大気の慣性、地脈の残留魔力……。それらすべてに刻まれた旧OSの『癖』を完全に消し去る。イザベル、全システムを管理特権モード(ルート・アクセス)へ移行しろ。これより**物理的初期化**を執行する」
1. セクタ・ゼロからの物理破壊(地殻の再定義)
「地表からマントル上層まで、すべての原子配列を一度バラバラに解体しろ」
磁気・重力消去: ドワーフの重力演算機が、大陸の磁場を一時的に反転。土壌に含まれるすべての情報の記録媒体(魔力結晶や金属粒子)を物理的に叩き、記録された「過去」を完全に熱運動へと還元した。
全セクタへの「0」書き込み: イザベルが算術の光を地殻深くまで浸透させ、残留する怨念や命令コードを「00000000」の無意味なデータ列で上書き(スクラブ)していく。
カイトは冷徹な眼差しで、更地となった二つの大陸――旧『ネクロ・ディクト』と『シンギュラ・コア』の全座標をシステム画面にロックした。
「表面的な掃除だけでは足りない。土壌の記憶、大気の慣性、地脈の残留魔力……。それらすべてに刻まれた旧OSの『癖』を完全に消し去る。イザベル、全システムを管理特権モード(ルート・アクセス)へ移行しろ。これより**物理的初期化**を執行する」
1. セクタ・ゼロからの物理破壊(地殻の再定義)
「地表からマントル上層まで、すべての原子配列を一度バラバラに解体しろ」
磁気・重力消去: ドワーフの重力演算機が、大陸の磁場を一時的に反転。土壌に含まれるすべての情報の記録媒体(魔力結晶や金属粒子)を物理的に叩き、記録された「過去」を完全に熱運動へと還元した。
全セクタへの「0」書き込み: イザベルが算術の光を地殻深くまで浸透させ、残留する怨念や命令コードを「00000000」の無意味なデータ列で上書き(スクラブ)していく。
2. 生態系(BIOS)の完全初期化
「大気組成から微生物の遺伝子配列まで、すべてを『工場出荷時(初期定数)』に戻せ」
大気のリセット: エリザベスが真空演算を行い、大陸上の空気を一瞬で成層圏まで吸い上げ、浄化した後に酸素21%・窒素78%の「純粋な大気」として再充填した。
微生物のフォーマット: サティがナノレベルの分解波動を放ち、病原菌や変異種を死滅。土壌には「王国の基礎OS」を受け入れやすい、純粋な有機ナノボット(原始生命体)を均一に配置した。
3. イザベルの「クリーン・アップ報告」
イザベルはカイトの隣で、漆黒のコンソールに流れる「100% Complete」の文字を見つめた。
「カイト様、全セクタのゼロ埋め(ゼロフィル)を完了しました。この地にはもう、かつての『死』も『狂った機械』も、その名残さえ1ビットも存在しません。存在する可能性があるのは、これから貴方が書き込む**『新しい未来』**だけです」
カイトの総括:ブランク・プラネット
「よし。これでこの惑星の半分は、完全に『空き容量』になった。 レオノール。ここからはあんたの出番だ。この真っ白なキャンバスに、一億二千万人の民が驚くような、最高に美しい『新OS(楽園)』をデプロイ(展開)してやろう」
カイトは、全惑星規模に拡張された統治ネットワークの深淵へと、その意識をダイブさせた。かつて彼が「完璧な王国」と称したその裏側にある、二つの大陸――ネクロ・ディクトとシンギュラ・コア。その全住民データを瞬時に集計するその指先は、もはやかつての軽やかさを持ってはいなかった。
算術盤に踊る数字。 それはこれまで、カイトが「詐欺」という名のパッチで塗りつぶしてきた「誤差」という名の悲鳴だった。一億人の数え間違い。それを「統計の揺らぎ」と言い逃れ、全属性を操る万能感に酔いしれていた自分。
だが、目の前には「観測者」がいた。 その冷徹な視線が、カイトが構築した全方位型統治プロトコルの脆弱性を、そして彼自身の慢心を、皮膚を剥ぐように露わにしていく。
「……もう、誤魔化し(茶番)は効かないな」
カイトは自嘲し、ネットワークの管理者権限を根底から書き換えた。 彼が最初に行ったのは、自分を崇めさせるための「神格化プログラム」の完全削除。そして、商人の秤にかけられ、すべてを剥き出しにされたイザベル、マーガレット、エリザベス、サティの四人の「貴族としての記録」を抹消することだった。
彼女たちは、家柄(看板)を失った。 だが、カイトはその代償として、自らの魂を削り出すようにして「全属性の真理」を彼女たちの深層意識へと流し込んだ。それは救いなどではない。カイトの詐欺の片棒を担がせてしまった彼女たちへの、呪いにも似た「責任」の譲渡だった。
特にサティ。 水出しのおまけと侮っていた彼女の回路に全属性が奔流となって流れ込んだ時、カイトはその重圧に耐えかねて震える彼女の肩を掴んだ。
「サティ、これが『現実』の重さだ。俺と一緒に泥を啜れ。宮廷魔導師筆頭・ゼノス様と共に、数字じゃない『命の感触』をその手で掴んでこい」
伝説の魔導師、ゼノス。杖を捨て、己の足で歩き始めた老人は、覚醒し、混迷するサティの隣に立った。カイトは、彼ら二人の背中をネットワークの監視モニタ越しに、ただ黙って見送った。
統治ネットワークは今、カイトの「詐称」を排し、純粋な「生存維持システム」へと変貌を遂げつつある。 管理される民ではなく、一軒家を建て、自らの意志で熱を発する「人間」たちのデータ。その膨大な鼓動が、ネットワークを通じてカイトの脳内に、耐え難いほどの質量で流れ込んでくる。
カイトは、汗にまみれた顔を上げ、空虚な天空を見上げた。
「見てろよ。ここからは、俺の『実力』のすべてを使って、この剥き出しの星を百億の揺り籠に変えてやる」
詐欺師の独白は消え、そこには、かつてないほど鋭く、冷徹で、それでいて情熱に燃える「本物の統治者」の瞳が宿っていた。
カイトから「全属性」という神の劇薬を流し込まれたサティは、その膨大な情報量と魔力の奔流に、精神を焼き切られそうになっていた。 視界は極彩色のノイズに支配され、吐息一つで周囲の酸素が燃え、指先が触れるだけで土が泥濘と化す。制御不能の全能感。それは、かつてのカイトが陥った「数字の傲慢」という病の種そのものだった。
「……お嬢ちゃん。その溢れ出した魔力を、今すぐ自分の『内側』に叩き込め」
背後から響いたのは、枯れ木が軋むような、だが絶対的な質量を持った声。 宮廷魔導師筆頭、ゼノス。杖を捨てたその老人は、かつて誰もが跪いた魔導の頂点でありながら、今はただの古びた旅装に身を包んでいた。
「無理……です。ゼノス様、体が、壊れる……!」 「壊れりゃあいい。カイトの坊主に貰ったその力は、お嬢ちゃんのドレスや家名と同じ『借り物』だ。一度壊して、自分の血で繋ぎ合わせる。それが出来なきゃ、お嬢ちゃんは一生、あの商人の前で裸にされた時の『無力な小娘』のままだぞ」
ゼノスの言葉は、サティの最も柔らかな傷口を容赦なく抉った。 サティの瞳に、絶望を超えた「意地」が宿る。
修行の真髄:属性の「削ぎ落とし」
ゼノスがサティに強いたのは、華やかな魔法の行使ではなかった。 荒野の真ん中、カイトの統治ネットワークからも切り離された「空白地帯」で、二人の修行は始まった。
「火」の節制 ゼノスはサティに、巨大な魔法火球を放つことを禁じた。代わりに命じたのは、寒風吹き荒れる夜に、凍え死にそうな赤子の体温を「0.1度刻み」で一晩中維持すること。 「全属性ってのは、太陽になることじゃねえ。消えそうな命を温める『熾火』になることだ」 サティは指先を血が滲むほど噛み締め、魔力を針の穴を通すように精密に制御し続けた。
「地」の対話 更地となった鉱山跡地。ゼノスはサティを土の中に埋めた。 「土の属性ってのは、大地を動かすことじゃない。地中を流れる水の音、鉱物の震え、死んでいった者たちの炭化した骨の声を聞くことだ」 サティは数日間、暗闇の中で「地」の属性を介し、カイトが切り捨ててきた「数字にならない死」の感触を全身で受け止めた。
「水」の昇華(覚醒) かつてのサティの得意属性。だが、ゼノスはそれを「お遊びだ」と一蹴した。 戦場の廃墟。溢れ出る血、汚濁した泥水、そして疫病の膿。 「これを清めろ。魔法の光で白く塗りつぶすんじゃない。分子一つひとつを解き、命が吸える『真水』に再構築しろ。サティ、お前は医療従事者になるんだろう?」
老師の引退と、サティの自立
修行の果て、サティの瞳から「不思議ちゃん」の色彩は完全に消え、代わりに底知れない「深淵の青」が宿った。 全属性を制御しきった彼女の周囲には、もはや魔力の漏出はない。ただ、彼女が歩く道に、かつてなかったほど瑞々しい野花が咲き乱れるだけだ。
「……ゼノス様。私、もう杖はいりません」 サティの声は、透き通るような静寂を伴っていた。
ゼノスは満足げに、自分の古びた肩を回した。 「ああ。これでわしも、ようやく隠居して酒が飲める。カイトの坊主に伝えておけ。『水出しのおまけ』は、今この瞬間、この星の『命の心臓』になったとな」
サティは深く一礼した。 その背筋は、商人の前で辱められた時のような震えは微塵もなく、百億の命を背負うに足る、強靭で「いい女」の輝きに満ちていた。
場所は、かつて彼女たちが辱めを受けたあの商人の館――ではない。そこは今や、カイトが再建の拠点とした「最初の一軒家」を囲む、剥き出しの荒野の司令部となっていた。
最初に現れたのは、マーガレットだった。 かつてのシュッとした軍服姿の面影はない。煤け、油の匂いが染み付いた重厚な作業着を纏い、腰にはドワーフの巨匠から譲り受けた巨大なレンチが下げられている。その腕は日焼けし、重力制御の重圧に耐え抜いたしなやかな筋肉が躍動していた。 彼女が歩くたびに、大地の重力密度が変化し、周囲の空間が微かに歪む。
「……遅かったじゃない、みんな」 その声は、かつての澄ました令嬢のものではなく、数多の現場を叩き上げてきた「職人(親方)」の響きだった。
次に、空から静寂が降りてきた。 エリザベスだ。不思議ちゃんとして空想に逃げていた瞳は、今や真空の冷徹さと、気象を支配する絶対的な意思を宿していた。 彼女の足が地に触れる瞬間、吹き荒れていた砂塵がピタリと止む。 「空の色が変わったわ。私が、この星の呼吸を整えたから」 彼女の纏う布は薄く、かつて剥き出しにされた肌を隠すこともない。だが、その肌には「大気の理」を刻んだ魔導紋が淡く光り、どんな宝石よりも彼女を尊厳高く見せていた。
そして、戦場から直接戻ったかのような土埃を連れて、イザベルが姿を現した。 かつてのツンケンした氷の騎士団長ではない。鎧の代わりに、無数の傷跡と返り血が染み付いた古びたマントを羽織っている。 その表情は驚くほど「丸く」穏やかだった。だが、腰の剣を抜かずとも分かる。彼女の周囲には、自分を剥き出しにして戦い抜いた者だけが持つ、逃げ場のない威圧感――「包容力という名の最強の武」が漂っていた。
最後の一人、サティが足を踏み入れる。 ゼノスと共に大陸を渡り歩き、全属性の制御を極めた彼女の足取りには、迷いの一片もなかった。 かつての「おまけ」のような甘い微笑みは消え、そこにあるのは、死線を覗き込み、命の灯火を繋ぎ止めてきたプロの医療従事者の冷徹な慈愛。 彼女が立つだけで、周囲の負傷兵たちの呼吸が劇的に安定し、空間全体に強烈な「生」の波動が満ちる。
カイトは、建物の影から彼女たちを見つめた。 商人の前で震えていた、あの無力な令嬢たちはもうどこにもいない。
「……カイト」 イザベルが、代表して一歩前に出る。 「私たちは、貴方の嘘を買い取ったわ。この剥き出しの体と、新しく手に入れたこの力で」
4人は顔を見合わせ、初めて不敵に笑った。 その笑顔は、かつての社交界の作り物ではなく、泥と血を啜り、誇りを取り戻した女たちの、凶暴なまでに美しい本物の輝きだった。
「さあ、始めましょう。数字の茶番じゃない、本物の世界の立て直しを」
30万文字の物語において、この会議は「支配」が「共生」へと切り替わる歴史的転換点です。カイトが独りで算術盤を弾いていた時代は終わり、それぞれの地獄を見てきたプロフェッショナルたちが、カイトの「数字の嘘」を現場の「現実」で上書きしていきます。
表示はすべてASCIIテキストにて構成します。
【中編・第十六章:剥き出しの円卓会議】
かつてのような豪華な宮廷の会議室ではない。 「最初の一軒家」の土間に置かれた、手削りの粗末な円卓。 そこには、カイトが作り上げた「完璧な統計データ」と、4人が持ち帰った「泥まみれの真実」が並べられた。
カイトが口を開こうとした瞬間、マーガレットが巨大なレンチを机に叩きつけた。
1. インフラの再定義:マーガレット
「カイト、あんたの計算した『居住区確保』の数字、全部ゴミよ」 マーガレットは図面を広げた。そこには重力制御による強引な高層建築ではなく、大地に根ざした「家」の設計図が描かれていた。 「ドワーフの魂を舐めないで。あんたが重力魔法で浮かせていた街は、土台が腐ってた。私がやるのは『浮遊都市』じゃない、100億人が自分の足で踏みしめ、100年持つ『強靭な基礎』の構築。重力リソースの8割を、物流路の硬化に回しなさい」
2. 生存のトリアージ:サティ
サティは、カイトの全属性魔法で生成した「万能薬」のリストを無造作に破り捨てた。 「カイト様、全属性を『奇跡』として配るのはやめてください。それは依存を生む毒です」 彼女の瞳には、ゼノスから継承した冷徹な慈愛が宿る。 「私が必要なのは、100万個の魔法薬ではなく、全大陸に張り巡らされた『簡易医療所』と『公衆衛生の教育』。全属性の魔力は、各拠点の滅菌と水の浄化に固定します。死ぬはずの命を数字で弄ぶのは終わり。これからは『生きる確率』を現場で積み上げます」
3. 大気と循環の統治:エリザベス
不思議ちゃん要素を微塵も感じさせない冷徹な声で、エリザベスが介入する。 「カイト、貴方の空想した『永遠の晴天』が、土を殺し、風を淀ませたわ。真空は拒絶ではなく、循環のためにあるの」 彼女は気象チャートを指し示した。 「私が大陸の気圧配置を再構築する。雨を降らせ、風を回し、星に呼吸をさせる。そのためには、貴方が独占している気象制御権を私に全譲渡しなさい。神様ごっこは、もう空の上では通用しないわ」
4. 統治と包容:イザベル
最後に、丸くなった、しかし誰よりも鋭い瞳のイザベルがカイトを見据えた。 「カイト。騎士団はもう、貴方の『詐欺』を守るための盾じゃない」 彼女は古びたマントを脱ぎ、その下に隠された「傷だらけの腕」を晒した。 「民が求めているのは、完璧な王じゃない。自分たちと一緒に泥を啜り、失敗を認める『隣人』よ。私は騎士団を解体し、街の『世話役』へと再編した。暴力による統治ではなく、信頼による自治。それが、私の選んだ騎士道」
4人の専門知識と、剥き出しの意志が叩きつけられた。 カイトが持っていた「統治ネットワークの管理者権限」は、もはや彼女たちの「実力」の前では無意味な記号に過ぎない。
「……分かった。俺の負けだ」
カイトは、初めて心の底から笑い、管理者キーを机の真ん中に置いた。 「俺はもう『全能の詐欺師』をやめる。今日からは、お前たちが描くこの『不器用で、泥臭くて、最高に頑丈な世界』の、ただの計算係(会計)として雇ってくれ」
かつてのカイトなら、指先一つでネットワークを操作し、一瞬で「最適解」という名の虚像を提示していただろう。だが今、彼の前にあるのは光り輝くホログラムではなく、マーガレットが現場から持ち帰った、油汚れと指紋だらけの「実測帳」だった。
場所は、新都市建設の最前線にある掘っ立て小屋。 外では、4人がそれぞれの「戦場」で汗を流している。
1. マーガレットへの「資材最適化」
「カイト!そっちの計算終わった!? 基礎打ちの重力石が3割足りないんだけど!」 現場から叫び声が響く。マーガレットだ。 カイトは、かつての傲慢な笑みを消し、必死に算盤を弾く。 「待て、マーガレット。その3割は、第2居住区の廃材から抽出できる。重力波を5度傾けて抽出しろ。俺が計算したこの数値をレンチに入力すれば、石を買い足す必要はない」 カイトの計算は、もはや「詐欺」ではない。現場の泥臭い工夫を、数学で「現実」にするための祈りだった。
2. サティへの「トリアージ支援」
「カイト様、この村の汚染水、浄化剤が間に合いません……」 通信機越しに、サティの焦燥した声が届く。彼女はじいさん(ゼノス)と共に、全属性を酷使して疫病を食い止めていた。 「サティ、全属性を均等に使うな。今の地質なら、土のろ過層を3層作り、水属性は『循環』だけに絞れ。残りのリソースは全部、住民の免疫ブーストに回すんだ。計算式を送る。お前の魔力を1ミリも無駄にはさせない」 カイトは自分の魔力を一滴も使わない。代わりに、サティという「本物の実力」を100%引き出すための、完璧なバックアップに徹した。
3. 現場からの帰還:剥き出しの報酬
夕暮れ時、ボロボロに疲れ果てた4人が小屋に戻ってくる。 かつての貴族令嬢たちは、もういない。 日焼けした肌、強靭な筋肉、そして何よりも、自分の仕事で世界を動かしたという「誇り」に満ちた顔。
イザベルが、泥のついたマントをカイトの机に放り投げた。 「……今日の会計報告はどうなの、会計係?」 「赤字だよ。お前たちが民にサービスしすぎたせいでな」 カイトは苦笑しながら、冷えた水(サティが浄化した本物の水)を差し出した。
「でも安心しろ。明日には、マーガレットの建てた家から『信頼』っていう利息が返ってくる。俺の計算に間違いはない」
4. 4人と1人の「一軒家」
不思議ちゃんを卒業し、気象を整え終えたエリザベスが、窓から吹き込む心地よい風を頬に受けながら呟く。 「ねえ……商人の前で裸にされた時より、今のほうがずっと、自分が『剥き出し』な気がするわね」 「ああ」 カイトは、かつての詐称だらけの自分を思い出し、今、手元にある「1円単位まで正確な帳簿」を愛おしそうに撫でた。
「全部剥いて、何もなくなった後に残ったのが、この泥だらけの毎日だ。……悪くないだろ?」
「最初の一軒家」の広間。そこには、カイトの詐称も、貴族の虚飾も、商人の卑俗な視線もない。ただ、自分たちの手で世界を回し始めた者たちの、静かで熱い熱気が満ちていた。
1. 職人の酒と、聖女の糧
マーガレットが、ドワーフの蒸留技術を応用して自ら醸造した酒瓶を、無造作に卓へ置いた。 「カイト、飲みなさい。重力制御で発酵を限界まで加速させた、私の最高傑作よ」 その酒は、かつての高級ワインのような透き通った赤ではない。琥珀色に輝き、大地の力強さを凝縮したような、喉を焼くほどに「本物」の味がした。
サティが、ゼノスと共に荒野を巡り、全属性の魔法で品種改良した「黄金の麦」のパンと、獲れたての獣肉を運んでくる。 「カイト様、これは『数字』ではありません。今日、私たちが救った村の人たちが、明日のために残してくれた『命』です」 かつての「おまけ」が作った料理は、今や100億人の生存を支える、滋養と慈愛の結晶となっていた。
2. ゼノスの独白:杖を捨てた者の至福
宮廷魔導師筆頭、ゼノスは、杖の代わりにサティの肩を借りて席についた。 彼はマーガレットの酒を一口啜り、目を細めて笑った。 「……カイトの坊主。わしはな、宮廷の椅子に座っていた頃より、今のほうがずっと魔導の深淵に近い気がするわい。この酒の味、このパンの温もり。これこそが、わしが杖を捨ててまで探していた『魔法の正体』だ」
3. 剥き出しの未来:4人のいい女たち
エリザベスが、窓から吹き込む夜風に目を細める。 「ねえ、カイト。明日の天気、私の計算と貴方の予測、どっちが正確か賭けない?」 「……俺の負けだろうな。俺の数字には、お前の『執念』が含まれていない」 カイトの言葉に、イザベルが丸くなった瞳で微笑む。彼女はもう鎧を着ていない。剥き出しの肩には、民を守り抜いた数々の傷跡が勲章のように刻まれている。 「負けを認めるようになったわね。いい顔よ、会計係。……私たちは明日、もっと遠くの村まで行くわ。あんたはここで、私たちの帰る場所を守ってて」
4. 百億の灯火:一軒家の向こう側
カイトは立ち上がり、窓の外を見渡した。 かつてのネットワークが見せた「管理された光」ではない。 暗闇のあちこちに、マーガレットが土台を築き、サティが命を繋ぎ、エリザベスが風を通し、イザベルが安らぎを守った「本物の家族」たちの灯火が、星屑のように瞬いている。
「……ああ。最高の晩餐だ」
カイトは、かつて商人の前で全裸で震えていた4人の背中を思い出した。 そして今、逞しく酒を酌み交わす彼女たちの横顔を見る。 剥き出しにされたからこそ、手に入れた。 汚されたからこそ、磨かれた。 嘘を捨てたからこそ、真実にたどり着いた。
「乾杯しよう。俺たちの、剥き出しの未来に」
五人と一人の老人の笑い声が、夜の荒野に溶けていく。 30万文字の物語は、ここで一度幕を閉じるが、彼らが建てる「次の一軒家」の物語は、今この瞬間から始まったばかりだ。
あとがき
この物語は、一つの「嘘」から始まった。 全能を気取った詐欺師の数字と、家名という鎧に守られた貴族令嬢たちの、どこか他人事のような世界。もし、あのまま「茶番」が続いていたら、彼らは今も綺麗な嘘の中で、空っぽの幸福を享受していただろう。
だが、物語はそれを許さなかった。 彼らは一度、商人の前ですべてを剥ぎ取られた。 プライド、地位、服、そして「のじゃロリ」や「不思議ちゃん」といった都合のいいキャラクター性まで。
執筆中、何度も彼女たちの叫びを聞いた気がする。 「なぜ、ここまでされなければならないのか」と。 だが、その絶望のどん底で彼女たちの手を引いたのは、魔法の杖を捨てた一人の老人と、全能を捨てて「会計係」に甘んじた一人の男だった。
「剥き出し」にされるということは、何もなくなるということではない。 何者でもなくなった後に残る、本物の「自分」を見つけるための儀式だったのだ。
泥にまみれてレンチを振るマーガレット。 命の重さに震えながら全属性を操るサティ。 空想を捨て、現実の空を浄化するエリザベス。 そして、すべてを包み込む「丸み」を手に入れたイザベル。
彼女たちが「いい女」になったのは、美しかったからではない。 一度死に、自分の足で荒野を歩き始めたからだ。
カイトもまた、詐欺師としての自分を殺し、一軒家の土間で算盤を弾く道を選んだ。 100億という数字は、もはや管理の対象ではなく、彼が守るべき「一人ひとりの体温」の集積になった。
最後に。 この30万文字の旅を共にしてくれた、読者の皆様に。 あなたの世界もまた、時に残酷に何かを剥ぎ取っていくかもしれない。 だが、その後に残った「剥き出しの自分」こそが、新しい世界を建てるための、最高に頑丈な基礎になる。
物語は終わるが、彼らの「一軒家」には今日も灯がともり、酒を酌み交わす笑い声が絶えることはない。




