10:王子の告白
「……素晴らしい景色ですね」
私の呟きに反応して、ユーリス王子は微笑んだ。
「ええ。この薔薇園は、王宮の中でも特に手をかけて管理しています。薔薇園専属の庭師もいるんですよ」
「そうなのですね。まるで、楽園にいるような気分です」
「庭師たちにも伝えておきます。きっと喜ぶことでしょう」
ユーリス王子の口調は常に穏やかで、必要以上に近づくでもなく、かといって距離を置くわけでもない。
ただただ紳士的で、自然な振る舞いだった。
――王子にとっては、これで連続三回目となる薔薇園でのデートなのに。三日も同じ景色を見ながら、少しも退屈そうなそぶりを見せないのは、さすがだわ。
おとついはロクサーヌ様とデートして、昨日はキアラ様とデート。
そして、今日が私の番。
同じ婚約者候補といえど、やはり貴族の階級的に、優先順位はある。
それに不満はない。
むしろ、公爵令嬢であるロクサーヌ様より私が優先されるようなことがあれば、困ってしまう。
でも――不満はなくとも、不思議はあった。
「……ユーリス殿下。お尋ねしても良いでしょうか」
「はい。何でしょう」
黙って噴水を眺めていたユーリス王子が、アメジストの瞳を私に向けた。
「どうして、私を婚約者候補に選ばれたのですか?」
風が吹き、ユーリス王子の金髪がさらさらと揺れる。
「パーティーの日、マチルダ様は仰っていました。クルーエル辺境伯の娘である自分が殿下の婚約者候補に選ばれる予定だと。それなのに、選ばれたのはマチルダ様ではなく私でした。……何故ですか?」
心臓の鼓動が早くなる。とうとう謎が解き明かされるのだ。
「マチルダ嬢よりも、貴女に惹かれたからです」
ドキリと、心臓が大きな音を立てた。
「貴女はマチルダ嬢の兄君、エイモン殿と婚約されていましたよね。けれど、結婚式当日に婚約破棄となり、結婚式は急遽取りやめとなったでしょう。私は王族の代表として、式に参列する予定だったのです」
「えっ!?」
「辺境伯の嫡男が結婚するのです。王族が招かれていてもおかしくはないでしょう」
目を剥いた私に、ユーリス王子は諭すような口調で言った。
「……そうですね。確かに、仰る通りです」
「だから、私は貴女の名前を知っていたのですよ。パーティーでご挨拶されたときに、どこかで聞いたことがある名前だと思ったのです。けれど、すぐには思い出せませんでした」
ユーリス王子は申し訳なさそうに微苦笑した。
「言い訳になってしまいますが、半年も前のことなのでお許しください。会場の外で改めて名乗ってもらって、ようやく全てを思い出しました」
――ああ、だからあのとき、ユーリス王子は何かに気づいたような顔をされたんだわ。
「エイモン殿は残酷なことをしました。結婚式当日に婚約破棄など……さぞ辛かったでしょう」
「……はい」
気を失うほど辛かった当時の気持ちを思い出し、私は目を伏せた。
そのとき、予想外なことが起きた。
私の左手に、ユーリス王子の手のひらが、そっと重なったのだ。
驚いて、私は顔を上げた。
「パーティーで泣いていたのは、マチルダ嬢に何か言われたからなのでしょう。評判を聞く限り、マチルダ嬢も、なかなかに強烈な性格をされているようですからね。けれど、貴女は目にゴミが入っただけだと言った。私に泣きつくことなく、一人で耐える道を選んだ。とても健気で、強さと優しさを兼ね備えた方だと感じました」
ユーリス王子は手を離して、微笑んだ。
「それに、貴女はただ一人、私を心配してくれました。あの場にいた令嬢たちは、一秒でも長く私の目に映ろうと必死でした。王子妃になりたい、ただそれだけで、私の体調を気にする女性は誰もいなかった。けれど、貴女は休むべきだと言った。パーティーは中止するべきだと。あの言葉を聞いた瞬間、私はマチルダ嬢ではなく、貴女に傍にいてほしいと思ったのです。父上と母上も理解を示してくれました。私の好きなようにすれば良いと」
そこまで言って、ユーリス王子は苦笑した。
「とはいえ、私が自由にできるのは、レグナート兄上のおかげなのですがね。ご存じの通り、兄上は三年前に隣国の王女と結婚し、盤石の地位を築き上げてくれました。次代の王となることが確約された立派な王太子がいるため、私の結婚相手はさほど地位にこだわる必要がないというわけです」
「なるほど」
納得はした。けれど。
「……でも、地位があるに越したことはありませんよね」
「そうですね。後ろ盾は強ければ強いほうが良いですから」
当たり前の言葉が返ってきて、私は俯いた。
――だったら、ロクサーヌ様が選ばれるのが一番良いわ。
美貌も、地位も、私は何も持っていない。
「俯かないでください。地位や後ろ盾を目当てにするなら、最初から貴女を選ぶことはありませんよ。私は『最適な相手』ではなく、『共に在りたい相手』を選びました。その結果が、貴女なのです」
ゆっくり顔を上げると、まるでそれを待っていたかのように、ユーリス王子は私を目を合わせた。
「言ったでしょう。 私は貴女に惹かれたから、貴女を選んだのです。ですから、これからは引き立て役に徹しようとか、ロクサーヌ嬢と私をどうにかしてくっつけようとか、そんな風に余計な気を回さないでくださいね」
にっこり笑われて、私はぎくりとした。
す、鋭い。どうして私が考えていることがわかったのだろう。
「しかし、殿下のためには……」
「私のためだというなら、なおさらです。どうにもわかっておられないようなので、正直な気持ちを告白します」
ユーリス王子は上体を近づけ、私の耳元で囁いた。
――いま一番私が心惹かれているのは、貴女なんですよ。




