08:デートの朝に
王宮で暮らすにあたり、私たちはそれぞれに住まいを与えられた。
ロクサーヌ様は『雪の宮』、キアラ様は『月の宮』。
そして、私に与えられたのは『花の宮』だ。
早朝。
侍女の声ではなく、鳥の鳴き声で目を覚ました私は、すぐにベッドから下りた。
カーテンを開けると、窓の外には青空が広がっている。
――晴れて良かったわ。
朝の光を全身に浴びながら、私は安堵の息を吐いた。
というのも、ユーリス王子と二人きりで薔薇園を散策する予定があるのだ。
――そう、二人きりで……。
改めて意識した途端に、胸が高鳴った。
今日は、初めてユーリス王子と二人きりで過ごす日。
緊張のせいで、昨日はあまりよく眠れなかった。
――これまでは四人でお会いしていたから、聞く機会がなかったけれど、今日こそ思い切って聞いてみよう。何故、私を婚約者候補に選んだのかを。
そう思いながら、私は部屋を振り返った。
花の宮の二階にある私の部屋は、優雅な装飾で彩られている。
花模様が描かれた壁紙に、足を柔らかく受け止める外国製の絨毯。
天井からは花を象ったシャンデリアが吊り下がり、暖炉の上には風景画が掛けられている。
花瓶に活けられた花の美しさに目を細めつつ、私は顔を洗った。
「おはようございます、フィオレット様! 気持ちの良い朝ですよー……って、あら? もう起きておられたのですね」
廊下に面したドアをノックして入ってきたビッキーは、青い目を丸くした。
「失礼いたします」
ビッキーと一緒に入室してきたのは、王宮付きの侍女のアルシアだ。
年齢は三十歳。黒髪赤目で、眼鏡をかけている。
「二人とも、おはよう」
「おはようございます。今日のドレスはどうされますか?」
「なんといっても、今日は記念すべき『殿下と二人きりのデートの日』ですからね! ドレス選びにも気合を入れませんと!」
「デートだなんて、そんな……これは選定の決まりに従っているだけで……」
「はいはい、フィオレット様。ウダウダ言ってないで、行きましょう!」
ビッキーは私の背中を押して、衣装部屋へと向かった。
衣装部屋には、たくさんのドレスや靴や装飾品が所狭しと並んでいる。
1/3は私が実家から持参したもので、残りの2/3は王宮が用意してくれた豪華な品々だ。
既に衣装部屋はいっぱいなのに、これでもまだ「何か必要なものがありましたら、遠慮なくお申し付けください」と言われている。
きっと本当に、何でも用意してくれるつもりなのだろう。
貧乏貴族の私が、ロクサーヌ様やキアラ様と比べて見劣りすることのないように。
ユーリス王子の心遣いは嬉しく、ありがたい限りだった。
「ええと……どうしましょう。どのドレスも素敵で、迷ってしまうわ……」
私はうろうろと衣装部屋の中を歩き回った。
「ユーリス殿下は、どんな色がお好きなのかしら? どんなデザインを好まれるのかしら? このドレスは少し派手過ぎるかしら……」
「フィオレット様。こちらのドレスはいかがでしょうか」
迷い続ける私を見かねたらしく、アルシアが一着のドレスを手に取った。
紺と白の二色で構成されたドレスだ。
胸元にはリボン。袖と裾には繊細なフリルがあしらわれている。
「薔薇園を散策されるのですから、派手な柄物は避けて、シンプルなものにされたほうがよろしいかと存じます」
「うーむ……さすがのセンスですね、アルシアさん」
アルシアが手にしたドレスをじっと眺めて、ビッキーが唸った。
「そうね。品があるし、素敵。そのドレスにするわ」
「かしこまりました」
私は侍女たちと部屋に戻り、ドレスに着替えた。
ドレッサーの前に座ると、アルシアは私の顔に化粧を施し、ビッキーは私の背後で髪をまとめてくれた。
「はい、完成しました。花の宮にぴったりの、可憐なお嬢様の出来上がりです。ご確認ください」
ビッキーに言われて、私はドレッサーの鏡を見つめた。
鏡には、左右反対になった自分の姿が映っている。
ドレスと同色のリボンが結われた亜麻色の髪。緑色の目。
胸元と耳元で煌めくのは、小さなダイヤモンドたち。
「ありがとう。あなたたちのおかげで、それなりに見えるわ」
「それなり、ではありません。十分に可愛らしいですよ。私のお嬢様を卑下しないでください」
私の斜め後ろに立つビッキーは、不機嫌そうな顔をしている。
「ごめんなさい」
鏡に映る私は、嬉しそうに微笑んでいた。




