07:悪だくみは内緒にするもの
「……何のお話ですか?」
尋ねると、キアラ様はびくりと肩を震わせた。
「いえ、そのう……。実はね。最下級の男爵家でありながら殿下の婚約者候補に選ばれるということは、裏でよほどのことをしたのだろうという噂があって……」
「!? 何もしておりません!! 本当です!!」
「ええ、信じるわ。根拠もないのに疑ってしまって、ごめんなさい」
必死で否定すると、キアラ様は反省した様子で頭を下げた。
その姿を見て、一気に好感を持った。
下級貴族に頭を下げる上級貴族なんて、これまで見たことがない。私の周りにいた上級貴族は他人を見下すような方ばかりだった。
「お顔をお上げください、キアラ様。私こそ、取り乱してしまって……本当に申し訳ございません」
深々と頭を下げると、キアラ様はぽかんとしてから、笑った。
「ふふ。やあね、私ったら。本当に、何故疑ってしまったのかしら。ねえ、フィオレット。私たち、お友達になりましょうよ。仲良くしたいわ」
「もちろんです。是非、よろしくお願いいたします」
微笑むと、キアラ様も嬉しそうに微笑み返してくれた。
「フィオレット。一つ、お尋ねしても良いかしら?」
黙って成り行きを見ていたロクサーヌ様が、静かに口を開いた。
「何でしょうか?」
「フィオレットは、以前エイモン様と婚約していたのでしょう? もし差し支えなければ、どのような経緯で破棄に至ったのか、教えてくださる?」
「はい」
私は話した。自分の身に起きたことを、包み隠さず。
語り終えると、ロクサーヌ様は形の良い眉を寄せた。
「……なんということ」
「噂と全く違うではありませんの! フィオレットに非なんてない! やっぱり悪いのはエイモンでしたわ! あいつったら、全く変わっていないんですのね、許せない! 社交界デビューしたばかりで右も左もわかっていないような、初心な若い女性を誑かすなんて! 最っ低! あいつこそ女性の敵よ!!」
――『やっぱり』? 『全く変わっていない』……?
キアラ様の言葉に、胸の奥がざわついた。
「ごめんなさい、フィオレット。わたくしもキアラと同じように、貴女を誤解していたみたい。もしかして、ご実家の借金というのも、男爵が博打で作ったものではなかったりするのかしら?」
キアラ様が大声で喚き散らす隣で、ロクサーヌ様が質問してきた。
キアラ様も気になったらしく、ぴたっと口を閉じて私を見つめる。
「事実無根です。二年前、シビラ男爵領は記録的な豪雨で大洪水に見舞われ、家屋も畑も流されてしまいました。国の援助が届く前に寒さが迫り、父は領民の避難所の設営と復興費用を、ほとんど私財で賄うことになりました。さらに、衛生環境が悪化したせいか、病が広がってしまって……治療薬を買い付けるため、多額の費用が必要になり……気づけば、借金が膨れ上がってしまったのです」
「あああ。なんてことですの。シビラ男爵家、不幸すぎますわ。もう、可哀想すぎて聞いていられません」
キアラ様は頭を抱え、ロクサーヌ様は無言で額を押さえている。
「……シビラ男爵家は善良ゆえ、苦境にあったのね……シビラ男爵は、とても立派なお方だわ」
ロクサーヌ様は手を下ろして微笑んだ。
「はい。私財をなげうってまで領民を救った父を、私は心から尊敬しております」
「そう。きっと領民も、シビラ男爵を深く敬愛しているのでしょうね。けれど、領民を救った代償に、シビラ男爵家は莫大な借金を負ってしまった。困っていたときに、エイモン様から婚約の申し込みがあったと……」
ロクサーヌ様は何か考え込むような顔をしている。
そのまま、長いこと動こうとしなかった。
「ロクサーヌ様、どうされましたか?」
キアラ様が不安そうな顔で尋ねた。
「……。二人とも、ここだけの話に留めてくれるかしら?」
「もちろんです」
「誓いますわ」
私とキアラ様は揃って頷いた。
「ありがとう。実はね……エイモン様は昔、お酒の席で羽目を外されて、わたくしの姉に無礼を働こうとしたことがあるの」
「えっ!?」
「私の友達も、あの男に狙われたことがあります」
キアラ様は眉間に皺を作って暴露した。
「ええっ!?」
次々と判明する事実に、私は驚くことしかできない。
「……そうだったの。キアラの友達にまで……。エイモン様は、人妻や平民にも手を出していると噂で聞いたわ。まさかと思っていたけれど……この分だと、本当なのかもしれないわね」
ロクサーヌ様は、深いため息をついた。
「残念ながら、本当ですよ。子ができたのに、手切れ金を渡されて捨てられたと訴えた女性が複数います。馬鹿息子を溺愛している辺境伯により、その訴えは全て握り潰されましたけどね。マチルダだって、この前のパーティーでわざと私のドレスを汚したんです。本当に、一家揃ってどうしようもないんです!」
キアラ様は眉をつり上げて力説した。
――エイモン様って、本当に最低な人だったのね……。
そんな最低な男性に一年も騙されたのだと思うと、果てしなく気分が落ち込む。
――どうして私は、エイモン様を愛してしまったのかしら。
自分の見る目の無さに、泣きたくなった。
「エイモン様は、大勢の女性を泣かせてきたのね。長く北の国境を守り続けたクルーエル辺境伯の嫡男ともあろう者が、一体何をしているのかしら。いえ――エイモン様は、とても嫡男の器ではない」
ぞっとするほど冷たい光が、ロクサーヌ様の瞳に宿った。
「フィオレット。エイモン様に少しでも情は残っているかしら? エイモン様が自分自身で掘った穴に落ちそうになっていたら、身を挺してでも助ける気はある?」
「……いいえ。お助けする理由が、もう私にはありません」
薄情と言われるかもしれないけれど、私は神でも聖人君子でもない。あれだけの仕打ちを受けて、助けようという気など起こるはずもなかった。
「そう、良かったわ。ねえ、キアラ。あなたも、大事なお友達を傷つけられそうになったのでしょう。愚かで傲慢な行いには、然るべき報いが必要だと思わない?」
ロクサーヌ様は黒髪を耳にかけ、うっすらと微笑んだ。それは、寒気がするような笑みだった。
「はい。協力は惜しみません。ロクサーヌ様の頼みとあれば、お父様も全力で手を貸してくださるはずです」
「ありがとう。では、動きましょうか」
「あの……何をなされるおつもりですか……?」
私は恐る恐る尋ねた。
「聞いては駄目よ。悪だくみは内緒にするものでしょう? 心配はいらないわ。全てわたくしに任せてちょうだい」
ロクサーヌ様は艶やかに笑った。




