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結婚式当日に捨てられた男爵令嬢は王子に甘く溺愛される  作者: 星名柚花


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06:婚約者候補三人でのお茶会

 王宮の庭園にある東屋は、鳥かごを思わせる愛らしい形をしていた。

 丸い屋根に、薄紅の蔦薔薇が絡んだ白い柱がぐるりと並び、風が吹くたびに小さな花びらが揺れる。

 その中央に置かれたテーブルを挟み、私は二人の令嬢と向き合っていた。


 婚約者候補に選ばれた直後、ユーリス王子の側近――シオン様に言われたことを思い出す。

 ユーリス王子が正式に婚約者を決定されるまでの期間は、最短で一か月、最長で三か月。


 一週間のうち三日は、日替わりで一人ずつユーリス王子とデートをする。

 休日以外の日は四人で過ごす。

 ユーリス王子が不在の間も、婚約者候補同士で積極的に交流するよう言われた。

 王子妃という立場は、王宮内外の多くの人々と協調していく必要がある。

 単に王子とだけ親しくなるのではなく、互いの関係も円滑であることが望ましいというわけだ。


「改めて、ご挨拶させてください。シビラ男爵の長女、フィオレットと申します。未熟者ですが、これからどうぞ、よろしくお願いいたします」

 何事も最初が肝心。

 私は背筋を伸ばし、頭を下げた。

 お二人とも、私よりも遥か格上の貴族令嬢。

 緊張で手が震えそうになるのを、私はそっと膝の上で押さえた。


「そんなに畏まらないでちょうだい。わたくしたちは同じ婚約者候補。堅苦しいマナーは抜きにして、お互い気楽に接しましょう。親しくなるためにも、フィオレット嬢とお呼びしても良いかしら? わたくしのことも名前で呼んでくださると嬉しいわ」

 鈴を転がすような声で言ったのは、この国の四大公爵家の一つ――ネージュ公爵家の次女、ロクサーヌ様。十八歳。


 艶やかな長い黒髪に、満月を思わせる黄金の瞳。

 女性同士だというのに見惚れてしまうほど、ロクサーヌ様は美しかった。

 彼女ならば、ユーリス王子と並んでも全く見劣りしないだろう。


「私も! 是非名前で呼んでいただきたいわ!」

 笑顔でそう言ったのは、あかがね色の髪に緑の瞳を持つ令嬢。

 ベルムーン侯爵家の三女、キアラ様。

 十七歳の彼女は貴族の子女が通うエスノリア学園に在学中だけれど、ユーリス王子の婚約者候補に選ばれたことで休学しているそうだ。

 ロクサーヌ様が夜空に光り輝く月だとしたら、キアラ様の明るさは太陽だった。


「それでは、僭越ながら……ロクサーヌ様。そして、キアラ様と、お呼びさせていただきます。私に敬称は必要ございません」

「わかったわ、フィオレット」

 ロクサーヌ様は優雅な微笑みを浮かべ、繊細な絵が描かれたティーカップを持ち上げた。

 ただ紅茶を飲む――それだけの所作が気品に溢れていて美しい。まるで絵画を見ているような気分だった。


「それにしても、まさか本当にユーリス殿下の婚約者候補に選ばれるとは思いませんでしたわ」

 紅茶を一口飲んでから、キアラ様が息を吐いた。

『本当に』ということは、マチルダ様が言っていた通り、内定をほのめかすような話があったのだろうか。

 気にはなったけれど、追及はせずにおいた。


「いえ、『まさか』というなら、私よりフィオレットですわよね」

 キアラ様は緑の目を私に向けた。


「『ネージュの黒薔薇』『社交界の月』と讃えられるロクサーヌ様が選ばれるのは当然としても、フィオレットは予想外でしたわ。男爵家の娘が王子の婚約者候補に選ばれるなんて、滅多にないことですもの。誰よりも、フィオレット自身が一番驚いたのではなくて?」

「はい。家族にも驚愕されました。驚きすぎて、母は倒れてしまったほどです」

 シビラ男爵家で起こった騒動を思い出して、苦笑する。

 ビッキーは「やりましたねフィオレット様ぁぁ!!」と感涙して私に抱き着き、お父様とお兄様は王宮からの書状を読みながら何度も目を擦っていた。


「ふふ、やっぱり。そこまではいかなかったけれど、私の家族も驚いていましたわね。幼いころから私に仕えてくれている騎士も、言葉を失っていましたわ。でも、事実として私は殿下の婚約者候補に選ばれた。これから毎日のように、あの美貌を間近で拝めるなんて最高です! 実は私、ユーリス殿下の大ファンなんですの! ああもう、幸せすぎて、まるで夢を見ている気分ですわ~」

 赤く染まった頬を両手で押さえ、キアラ様は激しく首を振った。

 そして、俯き加減にボソッと呟く。


「……あのヘタレが。さっさと求婚しないからこんなことに……」

 …………ん?

 いま、なにか聞こえたような?


「キアラ様? なにか仰いましたか?」

「いいえ、何も?」

 キアラ様はニッコリ笑った。

 ロクサーヌ様はキアラ様の異常に気づかなかったのか、黙って紅茶を飲んでいる。


「そ、そうですか」

『何も聞くな』という圧を感じて、私は引き下がった。


 ――ものすごく恐ろしい顔で、誰かに対する恨み言を呟いていたような気がしたのだけれど……気のせいだったのよね、きっと。 


「とにかく、こうなった以上、私は全力で頑張りたいと思っていますの。お互い正々堂々、勝負しましょうね。くれぐれも、抜け駆けや卑怯な真似は無しですわよ? 毒なんて盛ったりしたら、恨みますからね!」

「…………」

 牽制するように睨まれて、私は目をぱちくりしてしまった。


「何ですの?」

「……あ、いえ。申し訳ございません。誰かを害するなど、考えもしたことがなかったので……けれど、そうですよね。世の中には、目的のためには手段を問わない方がおられるのですよね……」

 私は目を伏せてから、きりっと表情を引き締めた。


「キアラ様、どうかご安心ください。私はそのような卑劣な真似は決して致しません。ええ、誓約の女神イグラディアに誓います!」

 胸の前でぐっと拳を握ってみせると、今度はキアラ様とロクサーヌ様が目をぱちくりした。


「……おかしいですわね。なんだか、想像とは随分違うような……ロクサーヌ様、どう思われます?」

 困ったような顔で、キアラ様はロクサーヌ様を見た。


「陰で人を貶めるような方には、とても見えないわ。世間の噂とは、本当に当てにならないものね」

 ロクサーヌ様はそう言って、ティーカップをソーサーに置いた。

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