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結婚式当日に捨てられた男爵令嬢は王子に甘く溺愛される  作者: 星名柚花


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5/20

05:選ばれたのは、私でした

「あ、ありがとうございます……」

 王子の親切を無下にはできない。

 私は恐る恐る、両手でハンカチを受け取り、濡れた目元や頬を拭いた。

 王子に泣き顔を見られてしまって、恥ずかしい。

 きっといま、私の顔は真っ赤だ。


 ――ええと……使ってしまったこのハンカチは、どうしたらいいのかしら。

 洗ってお返ししたいけれど、でも、どのタイミングでお返しすれば……私が王宮に足を踏み入れることは二度とないだろうし……手紙で送っても良いのかしら?


「そのハンカチは差し上げます。お気になさらず、お使いください。不必要になりましたら、遠慮なく捨ててくださって構いません」

 私の心境を見抜いたように、ユーリス王子が言った。

 ユーリス王子は、声まで麗しい。

 ずっと聞いていたくなる魅力的な声の持ち主だった。


「ところで、何故貴女は泣いていたのですか? まさかとは思いますが、クルーエル嬢に何か酷いことでも言われたのですか?」

 言いながら、ユーリス王子は私の隣に座った。

 ――お、王子が私の隣に……!!

 あまりにも恐れ多くて、変な汗が出てきた。


「いえ、そんなことはございません。目に、ゴミが入っただけです。すみません、お見苦しいところを……」

 目にゴミが入っただけで、嗚咽するほど泣く人間はいないだろう。

 自分でも苦しい言い訳だと思いつつ、私は頭を下げた。


「いえ。それなら良いのですが……」

 ユーリス王子が気遣わしげな顔をする一方、会場では、令嬢たちが殺気のこもった目で私を睨んでいる。


 ――こ、怖い。早くユーリス王子にお戻りいただかなければ……!

 私は慌ててユーリス王子に視線を戻した。


 そして、気づく。


「あの、殿下。勘違いでしたら申し訳ございません。ですが、体調が悪いのではありませんか? 顔色が優れないように見えます」

「ああ……人に酔ったようです。香水の匂いが少々きつくて……」

「それは大変です。どうかご無理なさらず、別室でお休みください。休んでも体調が回復しないようでしたら、パーティーは中止すべきです」

 私はアメジストの瞳を見つめて言った。


「しかし、今日は皆、私のために集まってくれたわけですから――」

「いいえ。殿下のために集まったからこそ、皆様わかってくださるはずです。殿下の体調を最優先に考えられない方に、王子妃という重責は務まらない。私はそう思います」

 ユーリス王子は驚いたような顔で私を見ている。

 はっとして、私は身を縮めた。


「申し訳ございません。殿下の尊いお言葉を遮ってしまった上に、出過ぎた真似をしてしまいました」

「いえ。貴女の言う通りです。すみませんが、もう一度お名前を聞いても良いでしょうか? ご挨拶はしていただきましたが、さすがに全員の名前は覚えられなくて」

 ユーリス王子は申し訳なさそうに言った。


「謝られるようなことではございません。何百人もいては、覚えられなくて当然です。私はシビラ男爵の娘、フィオレットと申します」

 立ち上がり、カーテシーを行う。


「……シビラ男爵家の、フィオレット。では、貴女が……」

 ユーリス王子は何かに気づいたような顔をした。


「? 私がどうかしましたか?」

「……いえ、なんでもありません。体調を気遣ってくれてありがとうございました。お話ししている間に少し回復したようです。私は会場に戻――」

「殿下、皆お待ちしておりますわ。どうしてその方とだけお話しになるのです?  一人を特別扱いするのはお止めください。さあ、こちらで私たちとお話ししましょう!」

 ユーリス王子が微笑んだとき、焦れたようにマチルダ様が叫んだ。

 他の令嬢たちも不満そうな顔をしているのを見て、ユーリス王子は苦笑した。


「では、私は戻りますね」

「はい。私も、もう少ししたら戻ります」

 ユーリス王子と一緒に戻れば、他の令嬢たちに何を言われるのかわかったものではない。


「殿下。本当に、ありがとうございました!」

 去っていくユーリス王子の背中に、私は声をかけた。

 きっとこれで言葉を交わすのは最後だろうから、もう一度だけ、感謝の気持ちを伝えておきたかった。


「いいえ、どういたしまして。シビラ嬢の涙を止められたのなら、何よりです」

 ユーリス王子は微笑み、令嬢たちを連れて会場に引き返していった。

 私は再び一人になった。

 でも、悲しい気持ちはすっかり消え去り、手元には王家の紋章が刺繍された絹のハンカチが残った。




 約一時間後。

「それでは、三名の婚約者候補を発表します。名前を呼ばれた方はこちらへ来てください」

 会場にずらりと並んだ令嬢たちの前で、ユーリス王子は凛とした声で言った。

 私の周囲の令嬢たちは、緊張で震えている。

 中には祈るように胸の前で手を組んでいたり、きつく目を閉じている令嬢もいた。

 でも、私はもう結果を知っているから、ただ静かに立っていた。


 スカートのポケットの中には、ユーリス王子にいただいたハンカチがある。

 今日の思い出としては十分だ。

 王子に優しくしていただけただけで、来た甲斐はあった。


 家に帰ったら、お父様たちやビッキーに話そう。

 ユーリス王子は見た目だけではなく、中身も本当に素晴らしいお方だったと――

 知らないうちに、私の口元には微笑みが浮かんでいた。


「ロクサーヌ・ネージュ嬢。キアラ・ベルムーン嬢」

 紺碧のドレスと赤色のドレスを着た令嬢が、次々と前に進み出る。

 

「それでは、最後に――フィオレット・シビラ嬢」

 会場がざわめいた。

 ほとんどの令嬢が、フィオレットって誰? という顔をしている。


 令嬢たちも驚いただろうけれど、誰よりも驚いたのは私だ。


 ――え。フィオレット・シビラって、私の名前……よね?


 まさか、同姓同名の方がおられるわけではないわよね?

 それでは、私が選ばれたということ?

 何故? 一体何が起きているの?


「フィオレット・シビラ嬢。こちらへ来てください」

 呆然と突っ立っていると、ユーリス王子がもう一度私の名前を呼んで、会場内を見回した。

 私は最後列にいるため、王子からは見えなかったようだ。


「は、はい――」

 ごくりと唾を飲み込んで、震える足を踏み出そうとしたとき。


「――お待ちください!!」

 悲鳴のような声を上げたのは、マチルダ様だった。


「何かの間違いですわ! どうして私ではなく、フィオレット嬢を選ばれるのです!? 私はクルーエル辺境伯の娘ですのよ!? 婚約者候補は私に内定していたはずです!!」 

「内定とは、何の話ですか。私は今日、この目で婚約者候補を選んだのです。私の決定に異議があるとでも?」

 ユーリス王子は冷ややかな目でマチルダ様を見つめた。

 ユーリス王子の斜め後ろに立つ国王様と王妃様は何も言わない。


 つまり、これは決定事項ということだ。


 バタン、という音が会場に響いた。

 見れば、マチルダ様が白目を剥いて卒倒していた。

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