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結婚式当日に捨てられた男爵令嬢は王子に甘く溺愛される  作者: 星名柚花


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02:王宮からの招待状

「――っ!!」

 声にならない悲鳴を上げて、私は飛び起きた。


「――ああ。またあのときの夢……」

 絞り出すように息を吐き、額を濡らす汗を右手の甲で拭う。


 秋と冬が過ぎ、春になっても、私はいまだにあの悪夢を忘れられない。

 約束通り、クルーエル辺境伯は多額の慰謝料を払ってくれた。

 おかげで男爵家の悩みの種だった借金は消えたけれど、愛していた婚約者にゴミのように捨てられた私の心の傷は消えなかった。


「おはようございます、フィオレット様……どうかされましたか?」

 私が起きたことを察したらしく、ビッキーがノックして部屋に入ってきた。


「いえ、なんでもないの。エイモン様に婚約破棄された日のことを夢に見てしまっただけ……」

 両手で顔を覆う。


 ――結婚式当日に婚約破棄されるなんて、フィオレット嬢にはよほどの問題があったのでは?

 ――クルーエル辺境伯は十分な慰謝料を支払ってくださったのでしょう? 結果的には、借金が返済できて良かったのではなくて?

 ――ねえ、貴女がフィオレット嬢でしょう? 結婚式の話は聞いたわ、お気の毒に。エイモン様は度を越した女好きなのよ。昔から女をとっかえひっかえなさって、周りはみんな眉をひそめていたわ。あら、まさか知らなかったの? ああ、そうよね、ごめんなさい。下級の男爵家では、私たち上級貴族の事情なんて知りようがないもの……


 夜会やお茶会に出席する度に、周りからはクスクス笑われた。

 たとえ相手が何も言わなくとも、目は口程に物を言う。

 四方八方から無遠慮に突き刺さる視線が、痛くてたまらなかった。

 私は全ての招待を断り、家に引きこもるようになった。


 日々を刺繍に費やすばかりで、もう半年近く、シビラ男爵家の敷地から出ていない。


「速やかにお忘れくださいお嬢様。あれは悪い夢だったのですよ。私の脳内からは既に抹消済みです。ええ、何も覚えていませんとも」

 ビッキーの口の中から、歯を噛み締めるような音が聞こえる。

 本当は、彼女だって忘れてはいないし、知っているのだ。

 私との婚約を破棄した直後に、エイモン様が別の女性と付き合い始めたことを。

 エイモン様のことを考えると、鉛を飲み込んだように身体が重くなる。

 結局……私はただ、弄ばれただけだった。


「さあ、フィオレット様。悪夢は忘れて身支度を整えましょう。太陽はとっくに山のてっぺんですよ」

 気を取り直したらしく、ビッキーはきびきびとした動きで窓辺に移動してカーテンを開けた。

 たちまち、眩しいほどの光が部屋に降り注ぐ。

 ビッキーの手を借りて、私は春に相応しい小花模様のドレスを着た。

 一階に下り、朝食と呼ぶには遅い食事をとっていたときだった。


「フィオレット様。お食事が済んだら執務室へお行きください。旦那様がお呼びです」

 食堂にやってきた執事がそう言った。


「わかったわ。何かしら」

「王宮からパーティーの招待状が届いたそうです」

 私の何気ない呟きに、執事が反応した。


「えっ。王宮から? 招待状?」

 予想外の言葉に、私は目を瞬いた。


「はい。恐らくは王子妃選定。結婚適齢期を迎えた第二王子ユーリス様の婚約者探しでしょうね」

 ユーリス様はたしか、私の二つ年上の十八歳のはずだ。

 未婚の王子が十八歳ともなると、本格的に王宮が嫁探しに動き出してもおかしくはなかった。


「……王子の婚約者なら、上級貴族――伯爵家以上の娘から探すのが妥当だと思うのだけれど。何故男爵家に招待状が届くの?」

「王子が男爵家の娘と結婚された前例はありますよ。エスノリアの長い歴史を振り返れば、王家の籍を抜けて平民の娘と結婚された奇特な王子もおられます。仮に、もし裏で上級貴族の娘から選ぶと決まっていたとしても、せっかくのお見合いですから、できるだけ大勢の娘を集めて場を華やかにしたいのではないですか?」

「なるほど。私のような下級貴族の娘は『賑やかし』あるいは『本命のご令嬢たちの引き立て役』ということね」

 納得して、ナイフで小さく切った卵焼きを口に運ぶ。

 では、私は望まれた役割に徹することにしよう。


「そうだ。せっかく王宮へ行くのなら、ビュッフェの全制覇を目指しましょう。素晴らしい料理がたくさん並ぶはずよ。胃がどれだけ膨らんでも良いように、緩めのドレスを着ていかなくては」

 微笑みながら紅茶を飲む。


「王子のお相手は他のご令嬢たちに任せましょう。花に群がる蝶たちの裏で、私はビュッフェを堪能するの。ふふ。楽しみだわ」


「……美しいと評判の王子ではなく、ビュッフェ目当てで参加されるのは、フィオレット様くらいなものでしょうね」

 給仕役として立っているビッキーが、呆れたように呟いた。

読んでいただき、誠にありがとうございます。

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