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結婚式当日に捨てられた男爵令嬢は王子に甘く溺愛される  作者: 星名柚花


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18/20

19:じれったい

 庭園に咲く花々が、甘く柔らかな香りを運んでくる。

 ロクサーヌ様、キアラ様、そして私。

 王子妃候補三人で囲む白い丸テーブルの上には、高級なティーカップと銀の食器が並べられていた。

 王子妃選定が始まって早くも二週間が経つけれど、私たちは良い友人関係を築けたと思う。

 ユーリス王子が政務の間にも、こうしてお茶会を開くほどだもの。


「今日は、新作のお菓子を作ってみましたの。是非お二人に味見していただきたいですわ」

 いつもより少し早口で言いながら、キアラ様は持参した籠の覆いを取り払った。

 籠の中には、クッキーやタルトやケーキがこれでもかと詰め込まれている。


「どれも美味しそうね。けれど、作りすぎではないかしら?」

 ロクサーヌ様の仰る通り、三人ではとても食べきれそうにない量だった。


「大丈夫ですわ。余った分は使用人たちに食べてもらいますから。さあ、お二人とも。遠慮なく召し上がってくださいな」

 キアラ様はニコニコしている。

 いつも明るい彼女だけれど、今日はどうにも笑顔が作り物のように見えた。

 彼女の目の下にはクマがある。

 化粧で上手く誤魔化していても、注視すればわかってしまう。


 ――明日から始まる殿下とのデートのことで悩んでいるのですかと、聞くべきなのかしら?


 チラリとロクサーヌ様を見ると、ロクサーヌ様は小さく首を振った。


 ――これは、追及する必要はない……ということよね?


 どうやら、キアラ様のことはロクサーヌ様にお任せしたほうが良さそうだ。

 ロクサーヌ様はキアラ様のご友人。

 私より、よほど深くキアラ様のことをわかっている。


「タルトをいただくわ」

「私は……ケーキを」

 ロクサーヌ様がタルトを取り上げた後で、私はケーキを自分の皿に移した。


「当然のように美味しいわね」

 タルトを頬張り、ロクサーヌ様は満足そうに微笑んだ。


「タルトの生地はバターが利いているし、しっとりとした食感も良いわ」

「ロクサーヌ様のお口に合って良かったですわ」

 キアラ様は弾んだ声で言った。


「私も、いただきますね」

 私はフルーツの乗ったケーキをフォークで削り取り、口に運んだ。

 ふんわりとした優しい食感の生地に、控えめな甘さのクリーム。

 きっと何度も調整したのだろうとすぐにわかった。

 ケーキの上に乗ったフルーツも、丁寧に磨かれた証拠に、陽光を浴びて輝いている。


「とても美味しいです。キアラ様、また腕を上げられましたね」

「ふふ。ありがとう、嬉しいわ。さあさあ、もっと食べてちょうだいな」

 ケーキを二つと、味の違うクッキーを三枚。

 それらを食べ終えた私は、さすがにこれ以上は無理ですと遠慮した。


 ロクサーヌ様は食後の紅茶を飲んでいる。

 ロクサーヌ様が召し上がったのはタルトとクッキーだけだった。

 完璧な美貌を保つためには節制しなければならないのだろう。


「さて、キアラ。明日から殿下と三日間連続でデートするのでしょう? 良かったわね、憧れの殿下を独り占めできて。この分だと、殿下は貴女を婚約者にするおつもりではないかしら?」

 ロクサーヌ様が話を切り出すと、キアラ様は小さく肩を跳ねさせた。


「ええ、とても光栄なことですわ。殿下が私とのお時間を三日も確保してくださるなんて、身に余るほど幸せです。殿下の妃になるかどうかはわかりませんが、もしそうだとしたら……。まるで夢のようですわね……はぁ」

 無意識のことらしく、キアラ様はため息を漏らした。

 紅茶を口に運ぼうとして止まった私を見て、キアラ様は慌てたように言葉を重ねた。


「い、いえ! 勘違いしないでちょうだい! いまのため息は、その、嬉しすぎて……胸がいっぱいになっただけなのよ!」

「随分と苦しい言い訳だこと」

 私たちのやり取りを見ていたロクサーヌ様はため息交じりに言って、ティーカップをソーサーに置いた。


「貴族の娘は政略結婚の道具。親や家のため、利のある殿方に嫁ぐよう求められるわ。王子妃となることが女として至上の幸せ。キアラも、幼い頃からそう教えられてきたのではなくて?」

「……はい。婚約者候補となったからには、王子妃の座を掴んで来いと父に言われました」

 キアラ様は暗い顔で答えた。


「でしょうね。でも、わたくしたちの前でまで繕う必要はないでしょう? キアラが本当は殿下に心を寄せていないことくらい、見ればわかるわ。キアラの心はとうに別の殿方の――カイトの元にあるものね」

 静かな声だった。

 責める響きはどこにもなく、ただ真実を指摘しているだけの声音。

 キアラ様は唇を噛み、目を伏せた。


「目の下にクマができているわ。殿下に特別待遇を知らされたせいで、昨日はろくに眠れていないのでしょう。この大量のお菓子も、気を紛らわせるために作った結果なのでしょう? まるで以前のわたくしを見ている気分よ。放っておけないわ。キアラも、キアラにそんな顔をさせている意気地なしのカイトもね」

 ロクサーヌ様は立ち上がり、キアラ様の腕を掴んで強引に引っ張り上げた。


「えっ? な、なんですか?」

 キアラ様は目をぱちくりしている。

 私も驚いた。

 いつも淑やかなロクサーヌ様がこんな大胆な行動を取るのは初めてだったから。


「お茶会は終わりよ、フィオレット。わたくし、いまからキアラと一緒に『月の宮』に行くわ。カイトに活を入れてきます」

 ロクサーヌ様は珍しく、強気に笑んだ。


「はい。行ってらっしゃいませ」

 私は微笑んだ。


「え? え? ロクサーヌ様? 一体何を――」

「いいから、つべこべ言わずに来なさい。じれったいのよ、あなたたち」

 ロクサーヌ様はキアラ様の腕を引いて歩き出す。

 私は微笑みを浮かべたまま、ロクサーヌ様たちの背中を見送った。


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