19:じれったい
庭園に咲く花々が、甘く柔らかな香りを運んでくる。
ロクサーヌ様、キアラ様、そして私。
王子妃候補三人で囲む白い丸テーブルの上には、高級なティーカップと銀の食器が並べられていた。
王子妃選定が始まって早くも二週間が経つけれど、私たちは良い友人関係を築けたと思う。
ユーリス王子が政務の間にも、こうしてお茶会を開くほどだもの。
「今日は、新作のお菓子を作ってみましたの。是非お二人に味見していただきたいですわ」
いつもより少し早口で言いながら、キアラ様は持参した籠の覆いを取り払った。
籠の中には、クッキーやタルトやケーキがこれでもかと詰め込まれている。
「どれも美味しそうね。けれど、作りすぎではないかしら?」
ロクサーヌ様の仰る通り、三人ではとても食べきれそうにない量だった。
「大丈夫ですわ。余った分は使用人たちに食べてもらいますから。さあ、お二人とも。遠慮なく召し上がってくださいな」
キアラ様はニコニコしている。
いつも明るい彼女だけれど、今日はどうにも笑顔が作り物のように見えた。
彼女の目の下にはクマがある。
化粧で上手く誤魔化していても、注視すればわかってしまう。
――明日から始まる殿下とのデートのことで悩んでいるのですかと、聞くべきなのかしら?
チラリとロクサーヌ様を見ると、ロクサーヌ様は小さく首を振った。
――これは、追及する必要はない……ということよね?
どうやら、キアラ様のことはロクサーヌ様にお任せしたほうが良さそうだ。
ロクサーヌ様はキアラ様のご友人。
私より、よほど深くキアラ様のことをわかっている。
「タルトをいただくわ」
「私は……ケーキを」
ロクサーヌ様がタルトを取り上げた後で、私はケーキを自分の皿に移した。
「当然のように美味しいわね」
タルトを頬張り、ロクサーヌ様は満足そうに微笑んだ。
「タルトの生地はバターが利いているし、しっとりとした食感も良いわ」
「ロクサーヌ様のお口に合って良かったですわ」
キアラ様は弾んだ声で言った。
「私も、いただきますね」
私はフルーツの乗ったケーキをフォークで削り取り、口に運んだ。
ふんわりとした優しい食感の生地に、控えめな甘さのクリーム。
きっと何度も調整したのだろうとすぐにわかった。
ケーキの上に乗ったフルーツも、丁寧に磨かれた証拠に、陽光を浴びて輝いている。
「とても美味しいです。キアラ様、また腕を上げられましたね」
「ふふ。ありがとう、嬉しいわ。さあさあ、もっと食べてちょうだいな」
ケーキを二つと、味の違うクッキーを三枚。
それらを食べ終えた私は、さすがにこれ以上は無理ですと遠慮した。
ロクサーヌ様は食後の紅茶を飲んでいる。
ロクサーヌ様が召し上がったのはタルトとクッキーだけだった。
完璧な美貌を保つためには節制しなければならないのだろう。
「さて、キアラ。明日から殿下と三日間連続でデートするのでしょう? 良かったわね、憧れの殿下を独り占めできて。この分だと、殿下は貴女を婚約者にするおつもりではないかしら?」
ロクサーヌ様が話を切り出すと、キアラ様は小さく肩を跳ねさせた。
「ええ、とても光栄なことですわ。殿下が私とのお時間を三日も確保してくださるなんて、身に余るほど幸せです。殿下の妃になるかどうかはわかりませんが、もしそうだとしたら……。まるで夢のようですわね……はぁ」
無意識のことらしく、キアラ様はため息を漏らした。
紅茶を口に運ぼうとして止まった私を見て、キアラ様は慌てたように言葉を重ねた。
「い、いえ! 勘違いしないでちょうだい! いまのため息は、その、嬉しすぎて……胸がいっぱいになっただけなのよ!」
「随分と苦しい言い訳だこと」
私たちのやり取りを見ていたロクサーヌ様はため息交じりに言って、ティーカップをソーサーに置いた。
「貴族の娘は政略結婚の道具。親や家のため、利のある殿方に嫁ぐよう求められるわ。王子妃となることが女として至上の幸せ。キアラも、幼い頃からそう教えられてきたのではなくて?」
「……はい。婚約者候補となったからには、王子妃の座を掴んで来いと父に言われました」
キアラ様は暗い顔で答えた。
「でしょうね。でも、わたくしたちの前でまで繕う必要はないでしょう? キアラが本当は殿下に心を寄せていないことくらい、見ればわかるわ。キアラの心はとうに別の殿方の――カイトの元にあるものね」
静かな声だった。
責める響きはどこにもなく、ただ真実を指摘しているだけの声音。
キアラ様は唇を噛み、目を伏せた。
「目の下にクマができているわ。殿下に特別待遇を知らされたせいで、昨日はろくに眠れていないのでしょう。この大量のお菓子も、気を紛らわせるために作った結果なのでしょう? まるで以前のわたくしを見ている気分よ。放っておけないわ。キアラも、キアラにそんな顔をさせている意気地なしのカイトもね」
ロクサーヌ様は立ち上がり、キアラ様の腕を掴んで強引に引っ張り上げた。
「えっ? な、なんですか?」
キアラ様は目をぱちくりしている。
私も驚いた。
いつも淑やかなロクサーヌ様がこんな大胆な行動を取るのは初めてだったから。
「お茶会は終わりよ、フィオレット。わたくし、いまからキアラと一緒に『月の宮』に行くわ。カイトに活を入れてきます」
ロクサーヌ様は珍しく、強気に笑んだ。
「はい。行ってらっしゃいませ」
私は微笑んだ。
「え? え? ロクサーヌ様? 一体何を――」
「いいから、つべこべ言わずに来なさい。じれったいのよ、あなたたち」
ロクサーヌ様はキアラ様の腕を引いて歩き出す。
私は微笑みを浮かべたまま、ロクサーヌ様たちの背中を見送った。




