16:無駄な努力?
「…………」
ロクサーヌ様のことを思うと、どういう顔をすれば良いのかわからなくなってしまう。
昨日の夜、ロクサーヌ様は花の宮を訪れた。
何事かと緊張しながら応接間にお通しすると、ロクサーヌ様は照れたような顔で言った。
――あまり驚かないで聞いてほしいのだけれど……わたくし、ユーリス殿下の婚約者候補から下りることになったの。途中辞退はできないため、表向きは婚約者候補のままで通すわ。でも、わたくしがユーリス殿下の婚約者に選ばれることはないから、安心してちょうだい。
私は、唖然としてしまった。
たっぷり十秒は放心した後、正気に戻ってどういうことなのか問いただすと、ロクサーヌ様は、それはそれは幸せそうな微笑みを浮かべた。
――ユーリス殿下の側近のシオンが、愛を告白してくれたのよ。わたくし、彼の妻になります。
笑顔で断言するロクサーヌ様の背景には、花畑が見えた。もしかしたら、蝶や天使もいたかもしれない。
――結婚式には呼ぶから、来てちょうだいね。
もう何も言っても無駄だと悟った。あの無敵の笑顔の前では。
「……まさか、王子妃の最有力候補だったロクサーヌ様が、早々に辞退を宣言されるとは思わなかったわ……まだ選定が始まって一週間しか経っていないのに……」
ハーブティーを飲みながら、私は呟いた。
「ああ。昨日の。あれは衝撃でしたよねえ。でも、あんなにお幸せそうな顔をされてしまったら、もう何も言えませんよねえ」
ビッキーは苦笑してから、アルシアを見た。
「でも、キアラ様にも想う方がおられるんですよね? ということは、キアラ様も辞退されるかもしれないんですよね?」
「止めてよ、ビッキー。キアラ様まで辞退されたら、婚約者候補が私しかいなくなってしまうではないの!」
私は青くなって立ち上がった。
これは正式な王子妃選定。
候補者の中から誰も選ばず、もう一度婚約者探しをするなどということは許されない。
「いいじゃないですか。そのときは、フィオレット様が王子妃になれば」
ビッキーはあっけらかんとした口調で言った。
「無理よ。私には到底務まらないわ。誰にとっても、私は婚約者候補のままで終わるのが一番なの。こうなったら、キアラ様には絶対に王子妃になっていただかなくては!」
キアラ様には想う方がおられるという話が本当だとしても、その想いは諦めていただこう。
幸いにして、キアラ様はユーリス殿下の大ファン。
私がうまく立ち回れば、キアラ様とユーリス殿下が結ばれるのは難しくない。はずだ。
「フィオレット様。お尋ねしてもよろしいでしょうか」
決意の炎を燃やしていると、アルシアが静かに尋ねてきた。
「ええ。何?」
「王子妃になる云々は置いといて。ユーリス殿下のことは、どうお思いなのですか?」
「えっ。それは……」
「あくまで、現時点でのお気持ちです。好きか嫌いかの二択なら、どちらですか?」
口ごもった私に、アルシアは容赦なく二択を迫った。
「……もちろん、好きよ。これまで出会ってきた殿方の中でも、間違いなく最上級に素敵な方だと思うし……」
初めは王子のお気持ちを疑ってしまうこともあったけれど、いまではそんなことはない。
ユーリス王子は私を下級貴族の娘と侮ったりせず、一人の女性として大切にしてくれた。優しい眼差しと態度で、私の心を温かく包んでくれた。
「そうですか。では、フィオレット様が王子妃になるにあたっての問題は『自信』と『覚悟』の二点ですね」
「はい。特に、覚悟が重要ですね。自信は多少足りなくとも、後からついてくるでしょう」
「二人とも、何の話をしているの。私が王子妃になるなんて無理だと言っているでしょう。大体、一番大事なユーリス殿下のお気持ちを無視しているわ。最終的に妃を決めるのはユーリス殿下よ。そして、いまユーリス殿下が一番好意を示されているのは……」
――いま一番私が心惹かれているのは、貴女なんですよ。
一週間近く前に言われた言葉を思い出し、私は口を開いたまま彫像と化した。
ビッキーはニヤニヤしているし、アルシアはただ黙って立っている。
「……い、いえ。仮に、いまはそうであっても、人の心は変わるものよ。私よりもキアラ様を愛していただくよう、努力するわ!」
「無駄な努力になりそうですけどねえ……」
「頑張ってくださいませ。応援しております」
ビッキーは遠い目をし、アルシアは棒読みで言った。
「……ねえ、アルシア。いまの台詞は、いつも以上に感情がこもってないように聞こえたような気がするのだけれど……」
「気のせいです」
アルシアはくいっと、指で眼鏡を押し上げた。




