15:立派な淑女を目指して
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二人でデートしたとき、ユーリス王子は「要望がありましたら、遠慮なく言ってください。できる限り叶えます」と言ってくださった。
その言葉に甘えて、私は礼儀作法の先生をつけてもらうことになった。
最低限の令嬢教育は受けたし、独学で勉強も頑張ったつもりだけれど、やっぱりロクサーヌ様やキアラ様と比べたら、修正すべき点がたくさんあるから。
そして今日は、キアラ様がユーリス王子とデートされている日。
私は花の宮の一階にある応接間で、ブレグナー伯爵夫人によるレッスンを受けていた。
「それでは、フィオレット様。本日もよろしくお願いいたします」
紺のドレスをまとったブレグナー伯爵夫人は、滑らかな動きで頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
私が頭を下げた途端、伯爵夫人の指摘が飛んできた。
「角度が深すぎます。上流階級の場では、卑屈と受け取られかねません。目下の者に対する挨拶の礼はもう少し控えめに。適切なのは――この角度です」
伯爵夫人は再び、品よく頭を下げてみせた。
その所作だけで、淑女としての余裕と威厳が伝わってくる。
「ご出身を気にされていることが、態度に出ていますよ。ですが、フィオレット様はユーリス殿下の婚約者候補に選ばれたのです。どうか、お気をつけくださいませ。必要以上にご自身を低く見積もることは、殿下のお眼鏡を疑うことにもなりかねません」
私はハッとした。
――ブレグナー伯爵夫人の言う通りだわ。
いつまでも「本当に私が婚約者候補に選ばれて良かったのだろうか」とビクビクしていては、大勢の中から私を選んでくださったユーリス殿下に申し訳ない。
「もっと自信をお持ちください」
伯爵夫人は微笑んだ。
「淑女に相応しい優雅な振る舞いは、一朝一夕では身につきません。ですが、礼儀作法の本質は、お相手を思いやり、お相手に敬意を示す心。それがフィオレット様の内にあるなら、いずれ所作にも必ず表れますわ」
「はい」
頑張ろう。
私を王子妃になれると見込んでくださった、ユーリス殿下のためにも。
「では、本日も立ち姿から参りましょう。基礎こそが、すべての所作を美しくいたします」
立ち方、座り方、歩き方、お茶会での振る舞い方。
それらを一通り学んで、今日のレッスンは終了になった。
「フィオレット様が頑張っておられるのはいつものことですが。今日は特に頑張られていますね」
アルシアがいつも通りの無表情で言った。
「……ええ。明日は、デートの日……だから、ね」
夜。
私は頭に一冊の本を乗せ、まっすぐ前を見つめ、バランスを取りながら慎重に歩いていた。
目標としていた壁まで辿り着き、頭の上にある本を取り上げる。
「――よし。壁から壁まで歩いても落とさなかったわ。この調子で明日も頑張りましょう」
左腕に本を抱えて、ぐっと右手を握る。
「頑張るのは結構ですが、そろそろハーブティーを飲んでお休みください。寝不足は美容の敵ですよ」
ビッキーは私に向かって両手を伸ばした。
「そうね。ユーリス殿下とは、最高の状態でお会いしたいわ」
私はビッキーに本を手渡し、ソファに向かった。
テーブルの上にはハーブティーがある。
眠る前にアルシアが出してくれるこのハーブティーには、リラックス効果と安眠効果があるそうだ。
「いただきます」
――ティーカップは親指と人差し指で持つ。薬指と小指はカップのハンドル部分に添えるように。
ブレグナー伯爵夫人に言われたことを思い出しながら、ティーカップを持ち上げる。
「所作が上品になりましたね、フィオレット様。様になっているといいますか」
ハーブティーを飲んでいると、ビッキーが本棚の前でそう言った。
「そう?」
「はい。座る姿も、ぐっと美しくなりましたよ。自然と背筋が伸びておられます」
アルシアも頷いた。
「嬉しいわ。せっかくユーリス殿下が先生をつけてくださったんだもの。立派な淑女になれるように、頑張らないとね」
ユーリス殿下は礼儀作法の先生の他に、家庭教師もつけてくれた。
歴史や外国語の勉強、美しい文字を書く練習。
さらに、ダンスや歌、楽器までも。
覚えることが多くて目が回りそうだけれど、ユーリス王子はもちろん、キアラ様やロクサーヌ様も応援してくれている。
私がつまずくたび、キアラ様はいつも丁寧に正解を教えてくれる。
ロクサーヌ様の指導は厳しいけれど、私が苦手を克服すると、誰よりも誇らしそうに微笑んでくれた。




