12:衝撃の事実
「フィオレット様!? 大丈夫ですか!?」
「大変ですわ。顔色が真っ青です。すぐに医師を手配します!」
アルシアはお仕着せのスカートの裾を翻し、部屋を出て行こうとした。
「待って、アルシア。大丈夫だから、大げさにしないで。たまに、あることだから」
私は頭を押さえて、大きく息を吐いた。
呼吸が苦しい。ズキズキと頭が痛む。
でも、平気なフリをしなければ、本当に医師を呼ばれてしまう。
医師を呼ばれたところで、特効薬などない。これは私の心の問題だから。ただ、発作が過ぎ去るのを待つしかないのだ。
「……本当に医師を呼ばなくて良いのですか?」
「ええ……もう平気よ。だいぶ楽になったわ」
嘘だ。まだ苦しい。それでも、私は笑ってみせた。
「……。では、ハーブティーを淹れてきます。気持ちが落ち着くように」
アルシアは早足で部屋を出て行き、ビッキーは私の傍に跪いた。
「フィオレット様。エイモンのせいで、フィオレット様が本当に傷つかれたことはわかっています。ですが、殿下は、エイモンとは違いますよ」
「……どうして、そんなことが言えるの。人の心なんて、わからないわ。他人の心を見透かす術などないのだから」
私は再び俯いた。
ユーリス王子は穏やかで優しく、紳士的だ。
でも、本当の顔なんてわからない。
紳士的な仮面の裏で、私の反応を楽しみ、嘲笑っている可能性だってある。
そうではないと、一体誰が保証してくれる?……
「だから、人は言葉と態度で心を示すのです」
ビッキーは私の左手を掴んだ。
偶然にも、その手は昼間、ユーリス王子に触れられた手だった。
「私はずっと東屋で待機しておりましたから、お二人がデート中にどんな会話をされたかはわかりません。しかし、よく思い出してください。フィオレット様の目に、ユーリス殿下はどう映りましたか? 一度でも、殿下が不誠実な言動を取られたことがありましたか?」
「……いいえ。とても優しくしてくださったわ。私が俯いたら、こんなふうに……手を握ってくださったのよ」
思い出す。ほんの数秒の接触を。
ユーリス王子の手は私の手よりも少し大きくて、温かかった。
心の奥にあった『男性不信』という名の氷の塊が、少しずつ溶けていくように感じた。
「……私……殿下を信じたい。あの優しい声を、あの穏やかな笑顔を……信じてみたい」
気づけば、口からその言葉が出ていた。
「そうですよ。その調子で、一度だけ、殿下を信じてみましょう」
ビッキーは嬉しそうに笑った。
「で、エイモンと同類のようならサッサと見切りをつけて、他の素敵な男性を探しましょう! 大丈夫です! 世の中にはたくさんの男性がいるのです! フィオレット様に相応しい男性が見つかるまで、いつまでもビッキーはお傍におりますからね!」
「ありがとう」
視界が滲んだ。
ビッキーの思いやりに溢れた言葉が嬉しくて、目から涙が零れる。
――私は幸せ者だわ。
「あらあら、フィオレット様。私は当たり前のことを言ったまでですよ。泣かないでくださいませ」
ビッキーは笑いながら、ハンカチを差し出してくれた。
「ありがとう」
ハンカチを受け取って、目元を拭う。
泣いたときに、ハンカチを差し出してくれる人がいる――それがどんなに幸福なことであるかを、改めて実感した。
足音が聞こえて、私は顔を上げた。
「ハーブティーです。お飲みください」
盆を持って戻ってきたアルシアは、私にティーカップを差し出した。
「ありがとう。いただくわ」
「さっきから、お礼を言ってばかりですね」
ビッキーが笑った。
「だって、本当にありがたいんだもの。ビッキーは、私にとって救いだわ」
「まあ……そんな」
照れたらしく、ビッキーは頬を朱に染めた。
微笑みながら、アルシアが淹れてくれたハーブティーを飲む。
ハーブティーというだけあって、味はそんなに美味しくはない。
でも、温かい飲み物を飲んでいると、自然と心が落ち着いた。
「えー、こほん。では、改めて、これからのことを考えましょう。とりあえず、フィオレット様は殿下のお言葉を素直に信じるようにしてください。以前にも言いましたが、エイモンのことは記憶から抹消するんです。世の男性がみんなエイモンのようなクズだと思われては、世の男性が可哀想ですし、大変に失礼ですわ」
「そうね。お父様やお兄様のように、尊敬に値する男性もおられるものね」
私は湯気の上がるティーカップを持ったまま、微笑んだ。
「フィオレット様。私見を申し上げますと、ユーリス殿下は尊敬に値する素晴らしい男性ですよ。疑われる必要はないと思われます」
寡黙なアルシアが、珍しく自分の意見を言った。
ビッキーも「アルシアさんが喋った!?」という顔で驚いている。
「……そうかしら。では、長く侍女として務めているアルシアに聞きます。殿下は、その……本気で、私に惹かれていると思う?」
「殿下は嘘偽りを言われるようなお方ではありません。そう言われたのなら、そうなのでしょう。ただし、それはあくまで現時点でのお話。これからの三名の御令嬢たちの行動次第によっては、評価が入れ替わることもあるでしょう。フィオレット様が殿下を疑い、冷酷な態度で接するようなことがあれば、当然、殿下のお心も離れてしまうでしょうね」
アルシアは書類でも読み上げるような口調で、淡々と言った。
「もちろん、冷酷な態度など取らないわ。言動には最大限、気をつけます」
「ならば、殿下はこれからもフィオレット様を大切にされると思います。フィオレット様が婚約者として選ばれることは、決して夢物語ではありません」
「……でも、それはそれで問題があるでしょう?」
「うーん。ロクサーヌ様やキアラ様に想う方でもおられれば、話は簡単なんですけどねえ」
「まさか。そんなこと、あるわけがないでしょう。ロクサーヌ様もキアラ様も、本心から王子妃になりたいと願われているはずよ。特にキアラ様は、日々積極的に殿下に話しかけ、殿下の心を掴もうと頑張っておられるわ。その姿勢は見習うところがあると思っているの――」
ビッキーと喋っていると、唐突にアルシアが口を開いた。
「私はいまから独り言を言いますので、どうか聞き流してください」
「……ええ。わかったわ」
アルシアが言いたいのは、他言無用ということだ。
「わかりました」
私もビッキーも、大真面目な顔でアルシアを見つめた。
すると、アルシアは眼鏡を押し上げて言った。
「さきほどのビッキーの発言ですが、当たっております。ロクサーヌ様とキアラ様には、想うお方がおられます」
「……………………」
私とビッキーは、顔を見合わせた。
「それをご存じだからこそ、殿下はフィオレット様に特別なお言葉をかけられたのです。断じて殿下は女性の心を弄ぶような真似はいたしません。これは、殿下の名誉のために言わせていただきました」
「……………………」
「いま私が申し上げたことは全て独り言です。可及的速やかにお忘れください」
そう言って、アルシアは口を閉じた。
直後、私とビッキーは揃って、驚愕に満ちた大声を上げた。




