第38話:かつて〇〇だったもの
通路の奥へ進むにつれて、奇形の生命体の強さは比例していた。
クラウンの手の平に手汗がべったりとつき、キメラの予想外の強さと原型すら残さない容赦のない改造に緊張が走っていた。
ふぅー。クラウンは自分を落ち着けるために息をゆっくりと吐き出した。
クラウンは今一度敵方の対処を頭に叩き込む。
相手はキメラ、存在なき生物。
例え人間でも命を冒涜したマッドサイエンティストであり、この国の癌。
……。
クラウンは改めて考えをまとめ直したその瞬間、僅かにネガティブな思考に陥った。
もし自分が作戦を失敗したら、自分の意識外で誰かを捕食するのだろうか……あの獣達のように。
クラウンは急いで頭に過った良くない思考を振り払い、深呼吸をした。
クラウンが一人で思考に耽っていると、いつの間にか通路が緩やかに広がり始めていた。そこへシノンが話しかけてきた。
「クラウンさんは、最近入隊されたようですけどどういった経緯で革命軍に入られたのですか?」
「どうしたんですか?急に」
「いえ、ちょっとした興味本位です。クラウンさんほどの実力なら、それほど職に困らないと思ったので」
「僕の場合は、入ったというよりほぼ強制的だったので成り行きですね」
「そうなんですか」
「シノンはどうなの?」
クラウンが問い返すと、シノンは少し間を置いてから答えた。
「僕は……家族のためです。僕の家は元々旅商人をしていたんですが、土地神様がいなくなってしまった影響で生態系のバランスが崩れて商売が難しくなってしまって。それに、土地神を殺す皇国がどうしても許せなくて」
「若いのに苦労してるでヤンスね。でも本部の密偵ならそれなりにお給金も貰えるでヤンスから安心でヤンスね」
「ええ、金銭面では苦労していません」
「カミラさんは――?」
クラウンが問いを投げかけた途中で、クラウンの言葉は唐突に切れた。それもそのはず、クラウン達一行の前に石造りの扉が姿を現したからである。
「その話は後でお願いします。見えてきました」
扉の表面には皇国の紋章が刻まれており、ただの廃通路ではないことを改めて示していた。
「ここから先が研究室のはずです」
カミラが小声で言った。
その時、扉の向こうから足音が聞こえた。獣のものではない、人間の足音だった。
四人は咄嗟に構え、通路の暗がりからこちらへ近づいてくる何かを息を呑みながら待ち――扉が開いた。
現れたのは、人の形をした何か。いや、かつて人だった者という表現の方が正しいのだろう。
身体からは四本の腕が異なる大きさでそれぞれ不均等に伸び、眼球は濁り、焦点は合っていなかった。身体のバランスが悪いのだろう。動きが少々不自然であり、数歩歩くたびに倒れないように早足になる。その不自然さがより恐怖を煽る。
逃げ場のない通路のせいで引くことすらできずにいたクラウン一行が対面したそれは――
濁った眼球でゆっくりと四人を順番にとらえては首を傾げる。
人間っぽい動きが僅かに垣間見え、まるで、誰かを探しているかのようであった。
クラウンは躊躇し、思わず数歩後退りした。キメラであるならば一撃で斬り伏せる。そう決めていた覚悟が、一瞬で喪失するほどの原型すらなくなったそれに、恐怖と憐れさが交差し尻込みしてしまったのだ。
浅く息をするクラウンと、何かを見つめて静止するキメラ。その何とも表現し難い時間が寸刻が流れると、先ほど振り払ったはずの予感が、再び頭を過った。目の前にいるこの原型すらない生物のように、自分もなるのだろうか。
……っ!?
クラウンが尻込みしていると、カミラが先手を取った。
鞭を鋭く振るい、胴体を狙う。しかし、四本の腕が素早く動き、鞭を受け止めた。
「嘘!」
カミラが急いで鞭を引くと、逆にキメラに引っ張り込まれ、釣り上げられたかのように空中を舞った。キメラはカミラが来るまでの猶予を利用し、ゆっくりと体を開閉させ、粘液と涎が混ざり合った最悪な光景の中、アイアン・メイデンのようにトゲの生えた内部が露わになる。
呑み込まれる直前、クラウンは唇を噛み雑念を振り払いキメラの腕を切り伏せた。引きずり込まれた反動のまま、カミラは床に投げつけられる。
「誰よこんなの作ったの。私まだお昼食べてないのに!」
「言ってる場合ですか!」
カミラは続けてくる攻撃をなんとかかわしながら体勢を立て直した。
――死闘は十分は続いただろうか。
四本の腕がそれぞれ独自に動き、被弾や攻撃のたびに学習し、パターンやタイミングを変えてくる。それでも勝利できたのは、手数とそれぞれが異なった武器を扱っていたからだろう。
「シィィ……」
キメラはカミラの首に巻き付いた鞭とクラウンの一撃に倒れながらも、最後の力を振り絞るように突き出された腕はシノンの眼前で事切れた。
「……強かったですね」
シノンが静かに言った。
「ええ」
カミラは乱れた息を整えながら、倒れた改造人間を見下ろした。
「ノッチさん。これは」
一息つく本部メンバーとは対照的に、クラウンは焦った様子でノッチへと視線を向けた。
「間違いないでヤンスね。バレているでヤンス。おそらくはミー達をキメラの性能テストとして利用するつもりなのでヤンスね」
「一旦逃げましょう」
「待つでヤンス。確かに危険ではありヤンスが、あくまで侵入がバレただけに過ぎないでヤンス。まだこちらの作戦がバレたとは限らないでヤンス。それに、ここまで来て引いてしまっては、それこそミー達が来た意味がないでヤンス」
クラウンはその言葉を聞きながら、作戦会議の夜を思い出していた。
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