第36:話 潜入、そして暗闇の先へ
「今回の作戦は、本部と支部アッシュ・ドッグスの共同任務です。まず作戦の概要から説明させてもらいます」
シノンがそう告げたあと、申し訳なさそうに続けた。
「大変申し訳無いのですが、今回の任務は火急であったためこちらの方で作戦の立案をさせていただきました。ですので、アッシュ・ドッグスさんにはこちらの作戦に従ってもらいます」
「ま、しょうがないよね」
ミロットはレックスへと視線を向け、肩を落としながら仕方なく受け入れた。
そもそも、本部と共同任務は揉めることが多い。支部からすれば勝手に首を突っ込んでくる厄介者であることがほとんどであったが、本部からすればわざわざ自分が派遣されなければならないほどの一大事として向かわされる。
だが、ミロット支部側が腹を立てる理由は別のところにある。それは、彼らは必ずと言っていいほど主導権を握りたがるからである。
今回の任務にしても、元々彼らとの合流は昨日の予定であった。本部と支部どちらの作戦の方がより優れているか検討し、最終的に落としどころを摸索する流れであったが……彼はワザと一日遅れて到着し半ば強引に本部の作戦に従わせたのである。おまけに、ディアファン暗殺作戦を押し付けた割に協力を拒否し、支部を信じていたという素敵な嫌味と、ディアファン暗殺作戦失敗を理由にこちらの作戦に目を通す前に拒否したのであった。
「一班と二班の二手に分かれて動きます。一班はミロット先輩とレックスにお任せします」
カミラはシノンに代わり、広げた地図に視線を落としながら続けた。
「おいおい、さんを忘れているぞ」
「勝手に仕切る人には敬称は不要です」
「手厳しいな」
ジト目で返すカミラに、レックスはやれやれとばかりに手を肩まで持ち上げた。
「二班は私、クラウンくん、シノンくん、ノッチ先輩の四名です。スイレンさんには申し訳ございませんが、今回はバックアップをお願いします」
カミラが言いづらそうに告げると、クラウンは思わずスイレンへ視線を向けた。
「どうせ信用できないってことでしょ」
「そういう意味では——」
「いいって。気にしてないから」
スイレンは壁に背を預けたまま、静かに目を閉じた。しばし気まずい空気が漂い、シノンが小さく咳払いをして仕切り直した。
「今回の目的は科学部門統括、アクイ博士の研究室への潜入と報告書の奪取です。諜報員を直接特定することは極めて困難です。ですが現場の諜報員は必ず各部門の統括へ報告書を上げています。その報告書から逆算することで、革命軍に潜り込んでいる諜報員の目星をつけることができます」
「何で科学部門なんですか?」
クラウンが問いを投げる。
「以前ミロットさんが確認された土地神が、科学部門へ移送されたとの報告がありました。直近で最も工作員と連絡をとっている部門と判断しました」
「なるほど。ルートは?」
「こちらです」
シノンは地図の一点を指で叩いた。
「研究室は山のふもとにある施設の地下に位置しています。表からの侵入は警備が厚く不可能です。ですが施設の裏手に繋がる旧地下通路があります。長年使われていない通路のため警備は薄いと思われます。そこから侵入し、報告書を奪取して離脱します」
「その通路、何があるかわからないよね」
ミロットが腕を組みながら口を挟んだ。
「はい。廃通路のため内部の状況は不明です。相応の危険は覚悟してください」
シノンは淡々と返した。室内に沈黙が漂った。誰も口を開かなかった。それが答えだった。
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作戦会議から数日が経過し、クラウンが研究施設を初めて目にしたのは、太陽が頂点に差しかかった頃だった。
「ようやく着きましたね」
「まさか山のふもとにあるとは思いませんでした」
クラウンがシノンに話しかけると、笑顔でシノンは返した。男でもドキッとするその純粋で柔らかな笑顔に、滴り落ちる汗が妙に色っぽい。クラウンはノッチの気持ちが多少理解できてしまいそうになりつつ、急いで顔をそらし邪念を払拭しながら内心罪な男だなと心呟いた。
「あれですね。確かにこれだけ固められたら正面からは難しいですね」
木々の合間から覗く石造りの建物は、一見すれば山間の小さな屋敷にしか見えない。だが門の前に立つ衛兵の数、建物を取り囲むように張り巡らされた柵の細かさが、ここがただの屋敷でないことを雄弁に語っていた。
クラウンは息を整えながら建物全体を見渡した。緊張で手のひらに汗が滲む。物音一つで全てが終わる。そういう場所だった。
「では旧地下通路から入ります。内部に何が潜んでいるかわかりません。油断しないでください」
カミラの短い言葉を合図に、四人は木々の陰へと身を沈めた。
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旧地下通路の入り口は、雑草に覆われた岩肌の隙間にあった。人一人がようやく通れる程度の狭い穴で、カミラが先頭に立って潜り込んだ。
中は思いのほか広く、じっとりとした空気が肌に纏わりつく。足元は石畳だったものが長年の湿気で崩れ、踏み出すたびに砂と泥が混じった音が響いた。
「思ったより深いですね」
シノンが小声で呟いた。
「そうね……」
カミラが静かに口を開いた。
「ん?カミラさんどうしたんですか?」
「な、何でもないわよ」
「もしかして怖いんですか?」
「そんなわけないじゃない。私だって一応、本部所属よ!これくらいは――」
言い切ろうとしたカミラが一歩踏み出した直後、奥から何かが鳴いた。カミラは「キャッ!」と声を上げピョンと飛び上がり「なになになになになに!」と言いながらシノンの背後に隠れた。
「……。」
シノンをはじめとした全メンバーが無言を貫くと、カミラは服についたススを払いながら仕切り直す。
「コホン。声は響くみたいね。じゃあ、行きましょうか」
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