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憧れの『英雄』に殺されかけた僕は、革命軍に拾われたので、生まれ持った『未来視』で偽りの聖域を壊し尽くす  作者: 日影 聖真


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第33話:脱出


 影に潜み、警戒する娼館内を細心の注意をはらいながら脱出を試みる。


 ミロットから盗んだ潜入術を駆使するスイレンからすれば、クラウンの隠密術はお粗末を通り越して滑稽であった。


 潜入の何たるかすら理解していない。


 だが、どれだけそこまでの過程や力量に差があろうと、結果が残したものがこの世界では重宝される。


 スイレンは己の惨めさを受け入れながら、格下だと侮った事に視線を落とし後悔する。


 視線を落としたスイレンの目に飛び込んできたのは、クラウンの身体を戒めるように縛る包帯であった。


 とても動いていい状態ではなかった。


 それどころか立っていることすら奇跡なのではないか?と思えるほど、死線を超えたものの勲章が深く、そして痛々しく刻まれていた。


 (……惨めだ)


 スイレンは心の中でそう呟いた。


 目立った負傷もしていない自分が、満身創痍の男に抱えられ救出させる。


 絵物語に登場するか弱いお姫様ならいざ知らず、同じ任務に挑む仲間としてはあまりに情けない醜態であった。


 誰が予想しただろう。


 アカデミー時代に世紀の天才と名を馳せた者が、暗殺者にまで身を落とし、男からは嫉妬めいた視線を浴び、女性陣から黄色声援を浴びた自分が男にすがるだなんて。


 自分でもわかっている。こんな事ではダメだと。


 今すぐこの両足でたって先輩としての威厳を示さなければ!と。


 しかし、動かない。恐怖に飲み込まれたスイレンは、人生ではじめて突きつけられた敗北感から立ち直るすべを知らなかった。


 スイレンは包帯に手を当てながら問いた。


「それは、きみがやったの?」


「いえ、気づいたら手当してあって。僕はスイレンさんが手当てしてくれたのかと思っていたんですが」


「……。悪かったね、役に立ってなくて」


 クラウンの悪気のない返答にスイレンはプイッと視線をそっぽに向け、愛らしく拗ねた。


 クラウンからすればかわいい。の一言であったが、向き合ったことのない敗北感にスイレンはどうしていいかわからず子供っぽい反応をしてしまう。


「そんな事言ってないじゃないですか」


「……。」


「どうしたんですか?急に黙って」


 クラウンはスイレンの顔を覗き込むと、恥ずかしそうに小さく纏まりながらさらに顔を背けた。


「いつまでこの体勢なわけ?」


「恥ずかしいんですか?」


「はぁ!?そんな事言ってないから!ただ、逃げるのにコレだと逃げづらいかなって!」


「でも先ほどはあきらめるって」


「それは、そうなんだけど」


 その言葉が途切れた瞬間、空気が変わった。


―――――――――――――――――――――――


 気配を察知し、クラウンは咄嗟に身を翻した。


 鉤爪が空を切り、地面に深々と爪痕を刻む。


「クラウン。なんだいそこの可愛い子ちゃんは?見たところ侵入者だが?」


「喋れたんですね。シナモンといた時は無口だったのに」


 クラウン達に仕掛けた男、彼とは面識があった。

 シナモンの護衛の一人である。


 猫背でありながら威圧感を感じるほど大柄な体格に加え、不自然なまでに背中の筋肉が膨れ上がった男は、見た目に反してえらく饒舌であった。


「そうだな。俺たち護衛は会話禁止だからな」


 男は鉤爪を構え直しながら、どこか晴れ晴れとした表情で続けた。


「あー、やっと喋れる。喋るっていいな。生きてるって実感するよ」


 そう言うや否や、男が地を蹴った。


「どうした!逃げてばっかか!大事なお仲間お姫様抱っこして逃げてみろよ!ほら!ほら!ほら!」


 クラウンは必死に躱し続けた。スイレンを抱えたまま攻めに転じることも、まともに受けることも叶わない。


「クラウン!そこのお荷物はどうしちゃったのかな?見たところお前より軽傷だが!お腹でも痛くなっちゃったんでちゅか?」


 動け、動け!動けよ!敵がわざとらしく煽り立てていることを理解しつつも、スイレンは自分に叫び続ける。


 しかし身体は言う事を聞かない。


 情けない。守られている。自分より格下だと侮っていた男に、今この瞬間も守られている。


 僅かに残った自尊心を振り絞り、敗北を知らない少女は死の恐怖と敗北という名の絶望に抗う。


 が、クラウンの腕の中で鮮血が包帯ごしスイレンの手を染めた。


 クラウンの血である。


 男の猛攻を躱し続けた代償に、傷口が開いてしまっていた。滲んだ血が包帯を赤く染めていく。それでもクラウンは止まらなかった。


 そんなクラウンの姿をスイレンは震える身体で見つめ、歯を食いしばり覚悟を決める。


 (……っ!)


 震える手で足につけていた投擲短剣を掴み、スイレンは叫んだ。


「残念、お嬢ちゃん」


 しかし、スイレンの一撃は男の歯で受け止められていた。


「不意打ちは黙ってやらないと。それとも、怖くてつい声が出ちゃったのかな?」

  

 男はゆっくりとスイレンへと視線を落とすと、男の目はスイレンを侮るように、それでいて人畜無害の捕食対象とでも映っているかのように口の端を吊り上げた。

 屈辱だ。

 スイレンは今日が厄日であると確信するほど、未だかつて受けたことのない仕打ちに打ちのめされていた。


「ん?おい!そいつまさか女じゃねーだろうな?いけないなぁ。任務は達成したのに相棒まで助けようだなんて。わがままはいけない。何かを得たなら何かは失わなければならない」


 クラウンの息は絶え絶えとなり、スイレンの闘争心は完全に折れていた。

 そんな、とある言葉が駆ける。 


「逃げて!」


 クラウン目掛け振り下ろされた鉤爪は眼前で弾かれ、流れるように男へ蹴りを入れた。

 クラウンが思わず瞠目していると、突如現れた女性はその隙に煙玉を地面へ叩きつけ、白煙が辺り一面を埋め尽くした。


「アナタは!」


 目の前に現れた女性は、娼館のスタッフルームでメロンの居場所を教えてくれたあの女性であった。

 彼女は口元を覆い隠していた布を一瞬下げると、


「また、会いましょう」  


 一言告げると煙へと消えた。



―――――――――――――――――――――――


 クラウンは煙の中を駆け抜け娼館の裏口を蹴破ると、夜の冷たい空気が二人を包んだ。

 そんなクラウンは息を上げ、その場で膝をつくと目の前で馬車が止まり、引きずり込まれた。

 スイレンが急いで武器に手をかけようとすると、ミロットがいた。

 御者台にはノッチが座っている。 


「お疲れ様。2人とも」







お読み頂き、ありがとうございます。



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