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憧れの『英雄』に殺されかけた僕は、革命軍に拾われたので、生まれ持った『未来視』で偽りの聖域を壊し尽くす  作者: 日影 聖真


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第30話:老い

「――素晴らしい。教えた通り、実に見事な『攻め』でしたよ。クラウン殿」


 その声が届いた瞬間、クラウンの心臓が凍りついた。

 忘れもしない。あの質素な私室で、静かに茶を淹れ、迷える自分に道を示してくれた老人の声だ。


「ヘイン、ドル……さん……っ」


 クラウンは震える腕で刀を押し返そうとするが、ヘインドルの刃は石像のように微動だにしない。


「申し訳ございません、シナモン様。少々、教え子の成長が嬉しくて見入ってしまいました」


 ヘインドルは主君へ淡々とそう告げると、再びクラウンへ視線を戻した。その瞳は、あの日と変わらず穏やかで、それゆえに剣士としての冷徹さが際立っていた。


「なぜ、アナタがここに……? まさか、知っていたのですか? ここで行われていた、こんな酷いことを……!」


 クラウンの声は震えていた。

 この無惨な亡骸、メロンの喉元に突きつけられた刃。この地獄のような光景を、あの気高く、静謐な老剣士が黙認し、あろうことか守っているということが信じられなかった。


「……。クラウン殿。私はディアファン様より恩義を受けた身。たとえ信念を捨てようと、返すべき筋があるのです」


 それは、善悪を超越した「忠義」という名の呪いだった。


「そんな……。恩義があるからって、何をしてもいいわけじゃないはずです!ヘインドルさんが求めた剣は、それでいいんですか!」


 クラウンの言葉に、かつての光景が蘇る。

 『鬼夜叉』と呼ばれ、畏怖と敬意を込められたその二つ名を与えられた男を唯一認め、愛してくれた女性のあの後ろ姿が。

 かつての自分が、紅蓮の炎を燃えたぎらせ、自分の背後にいるシナモンを斬り伏せたい衝動に駆られながら。愛する妻の笑顔をもう一度拝ませてくれた恩義に、男は屈辱を抱きながら向かい合っていた。


 ヘインドルは自嘲気味に、だが冷徹に言い放つ。


「クラウン殿。やはり若さとは素晴らしいものですね。迷わず突き進むその純粋さは、何も持ち得ていないからこその強さです。アナタの美学が私と相容れないのなら、それだけで戦う理由足り得るということです。」


 現状に、不服はある。不満もある。納得もできない。だが、男の目には後悔はなかった。

 それは、彼が掲げた高潔な騎士道をも超える愛の証明でもあった。


 クラウンは絶句した。

 この人は、悪に染まったのではない。

 ただ、己に定めた信念をへし折ってでも得るべき何かのために自らの魂を差し出したのだと。


 「わかりました。なら、僕は僕の美学に従ってアナタを斬ります!」


 剣戟が激しく交わる。

 しかし、その剣技は異なっていた。

 ヘインドルの剣は、静止した水面のように揺らぐことなくどこまでも美しく、そして最小限の動きで相手を制す。

 まさに技の極致であった。

 対するクラウンは、裂けた傷口から血を撒き散らし、獣のような咆哮を上げる。もはや防御など眼中にない。己の命を対価に、相手の喉笛を食い破らんと肉薄する。


「うおおおおおッ!」


 未来視という「予読」を捨てた、命を削る『攻め』。

 その純粋な殺意を前に、ヘインドルは己の肉体が限界であることを悟る。

 刀身を通して、感じる衝撃は重いを通り越して骨身にしみる。

 腕が痺れ指先の感覚が失われていく。

 ヘインドルの中で確かに宿るかつての『鬼夜叉』としての魂が、勝利を欲し前へ前へ押し込み、静謐な老剣士の仮面を剥ぎ捨て、封印していた牙を剥き出しにした。

 火花が散り、鋼が激突する。

 互いに命を燃やす力と力とぶつかり合い。

 二人の刃が目にも止まらぬ速さで交錯し、ついに、ヘインドルがクラウンの懐へ深く踏み込んだ。

 

(死ぬ!?――)


 クラウンが死を覚悟し、ヘインドルが渾身の力でクラウンの首を薙ぐ。

 だが。


 ――キンッ。


 あまりに脆く、あまりに呆気ない感触。

 長年の研鑽と、先ほどまでの激闘に耐えかねたヘインドルの刀身は、その半ばから無残に折れ、弾け飛んだ。切っ先は虚しくカランと鳴り響き、クラウンの喉元にヘインドルの刀身が届くことはなかった。


「……。」


 ヘインドルの動きが止まる。

 カランカランと弾け飛んだ刀身の音が、静寂の広がる部屋を支配した。折れた刀を握ったまま、ヘインドルは自嘲するように、だがどこか穏やかな表情でクラウンを見つめた。


「……素晴らしい成長です、クラウン殿。認めざるを得ませんね。……私の剣も、これ以上の速さにはついていけない。……やはり、老いには勝てぬということでしょうか」


 ヘインドルの手元から刃折れの刀が滑り落ち、肉体の限界を悟る。

 クラウンの勝利であった。

 あとほんの数秒刀身が折れるのが遅れていれば、あとほんの少しヘインドルが若ければ、そんなタラレバが囁かれそうな現象を前に、クラウンは勝利したのだった。


「……できることなら、あなたと同じ時代に生まれ、共に研鑽を積んでみたかったものです。そうすれば、私は道理ではなく、ただの剣士としてあなたと笑い合えたかもしれない……」


 ヘインドルが「道具」ではなく「一人の男」として漏らした、最初で最後の本音だった。

 だが、その静謐な時間を、背後から近づく足音が無慈悲に踏みにじる。


「―― そうだねヘインドル。僕も、君のその技が失われるのは辛い。」


 シナモンが、退屈そうに首を傾げながら血刀・血華を構えて近づく。


「そんなに老いが悲しくて、若さが羨ましいならさ。……その技術、僕に渡しちゃえばいいんじゃない? そうすれば、君の研鑽も僕の中で『若返る』だろ?」


「シナ、モン様……?」


 ヘインドルが振り返るよりも早く。


 ドシュッ!!


 脈打つ赤黒い刃が、無防備なヘインドルの背を、容赦なく貫通した。


「な……ッ!?」


 クラウンの叫びが部屋に響く。

 シナモンは、串刺しにした老剣士を労うような、それでいて吐き気を催すほど残酷な声で囁いた。


「いいよ、いいよヘインドル。数十年の技、しっかり受け取ってあげる。……君の人生、無駄にはさせないからさ」


 ズルリ、と刃が引き抜かれる。 

 ヘインドルの眼から光が失われ、その命を担保に積み上げられた「技術」のすべてが、血刀・血華を通じてシナモンへと流れ込んでいく。


「あぁ……っ! 凄い、視える……! こうやって『守る』のか……! 身体が、勝手に最適解を選んでいく……!」


 シナモンは、倒れ伏すヘインドルを足蹴にして、不気味に静まり返った刃をクラウンに向けた。


「さあ、お待たせクラウン。第2ラウンドだ。……今の僕は、『ヘインドルの技術』を完璧にコピーしている。君のその『勢い』、僕がどれだけ耐えられるか……試してみようよ」





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