第24話: 見捨てた少女
スイレンが娼婦に潜入する一方で、クラウンもまた娼館へと潜入していた。
いや、正確には入店しようとしていた。
シナモンに連れられ、シナモンの護衛と一緒にお香の香りが立ち込める夜の街の空気を全身で浴びる。
「クラウン。君も男なら女遊びも覚えないとね」
甘い、ニオイがした。それも、格段に甘ったるいニオイ。香りに弱い人間なら、五分もいられないほど強烈なそれは、クラウンも思わず鼻を押さえたくなるほどだ。
「は、はい」
クラウンはくらりとする頭を軽く振り、正気を保ちながら歯切れの悪い返答をする。
というのも、クラウンがいる位置はシナモンとその護衛のちょうど合間におり、どうにも初任務の彼にはいささか居心地が悪い。
それに加え、五人いる護衛の中に一人女性がいることも影響していた。
「クラウン。僕はね、女性の価値と男性の価値は違うと思っているんだ。君に、その価値の違いがわかるかな?」
シナモンの問いに、思わずはてなマークが浮かぶ。
クラウンが考えたことがない価値観であった。確かに言われてみれば、男女で価値は変わるのかな? とクラウンが思考したが、甘い香りが思考を妨げる。
それでも何とか回答を出さねばと頭を回すが、何も出てこなかった。
「ハッハッハ。いやぁ、すまない。君には早かったかな? 僕の価値観はね、男は強さ。あるいは、何を残すかで男の価値は決まると思う。生まれた以上、何か残さないと淋しいからね」
「女性はなんなんですか?」
シナモンのあまりにフラットな――まるで商品のスペックを語るような口ぶりに、クラウンはわずかな違和感を覚えつつも、それが商人の家ゆえの価値観なのだと自分を納得させた。
しかし、返ってきた答えは予想外のものだった。
「愛嬌だよ」
「愛嬌、ですか?」
「うん。女性ってさ、綺麗だろう? かわいいだろう? でも、言葉遣いが汚かったり、うるさかったりする女性を見ると『勿体ない』って思うんだよね。だから、愛嬌。従順であればあるほどいい。君にわかるかな?」
「どうでしょう……。僕は、言葉の強い女性はカッコいいと思いますが」
クラウンの脳裏には、かつて自分が憧れたフォルラの後ろ姿がよぎる。
故郷を焼き払い、村人まで殲滅しようとしたかつての憧れ。
捨てたはずの過去が、未だに脳裏に焼き付いていた。
「へぇ……。意見が食い違ったのは父以来だよ。まさか君、誰かに惚れてるの?」
「そういうわけでは。ただ、憧れていた人が二人ほどいたのですが、その一人がとてもカッコいい人だったと聞いていたので」
「カッコいい女性……ねぇ。でも、それって憧れだよね? もし君が憧れる側じゃなくて、慕われる側になれば変わるんじゃないかな?」
シナモンが薄く笑みを深めたその時だった。
重厚な扉が開くと同時に、年端もいかない一人の少女が髪を乱し、肩を震わせ、シナモンの目の前に辿り着くと同時に床へ膝をついたのだ。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「クラウン。よく躾けられているだろう? 昨日拾ってね。僕が今直々に調教(教育)している子だよ」
周囲の者たちが「こんな幼子を?」と驚く中、クラウンを驚かせたのはそんなことではなかった。
目の前にいる少女が、まさに昨日自分が突き放したメロンちゃんであったためだ。
(…………。違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。――勘違いだ。そうだ。勘違いだ。他人の空似だ。)
クラウンは無意識に、現実逃避した。
だが、そう思わなければ自尊心が保っていられなかった。
視界は歪み、後頭部から中枢にかけて苛立った時に生じる謎の痛みが支配し始め、体中が痙攣しているのがわかった。
「メッ……!?」
伏せた顔と、歪んだ視界が重なった時――少女と少年は互いに理解した。
(………だが、クラウンは拒絶した。違う! 違うと!!)
伏せられた顔が一瞬沈んだ後、少女は主から躾けられた時に散々浴びたあの視線に気が付き、再び顔を浮上させ挨拶する。
「メロンです」
クラウンが知る元気ハツラツとした少女はそこにはいなかった。
今まで散々拒絶してきたクラウンであったが、その名を聞かされれば理解するしかなかった。
この子は、自分が突き放したせいで、今ここにいるのだと。
クラウンの中で、拒絶はいつの間にか絶望へ変化した。
心の奥底から感じるどす黒い嫌な感情が広がっていくのがわかった。
「うん、よく挨拶できたね。でも、遅いよ」
シナモンの声から温度が消えた。
少女は昨夜から始まった教育という名の調教を思い出すかのように一瞬固まったあと、顔を上げた。シナモンは一切の予備動作もなくその頬を打ち抜いた。
乾いた音が廊下に響き、少女の小さな体は薙ぎ払われた木の葉がごとく吹っ飛んだ。
「ごめんなさい! ごめんなさい……っ!」
這いつくばり、涙を流して許しを乞う少女。その背中を、シナモンはまるで靴の汚れを落とすかのように、無造作に何度も踏みつけた。
「ハハハハハハ! ねえ! かわいくない? 僕に逆らわないんだぜ、コイツ! あー、やっぱりいいなあ。正義を執行しているかのようなこの爽快感と、その怯えた瞳。これほどの快楽はないねえ。でもあれか! 強気な女の子がどんどん従順になるのはなかなかに唆る光景かもね! ハハハ! クラウン、やっぱり君はわかってるねえ。あーあ、君がもう少し階級が上だったら友達になってあげたのに。」
泣き叫ぶ少女と、愉悦に浸るシナモン。
クラウンの中で、明確な言葉が黒い感情から溢れ出た。
(……殺さなきゃいけない)
クラウンの右手が無意識に、腰の刀へと伸びていた。
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