第22話:経験則
ブリッジダウン家の別邸は豪華絢爛の一言に尽きる。外装から内装、果ては小物に至るまで、徹底して贅が尽くされていた。
しかし、そんな屋敷の中にあって、例外的に静寂と質素が許された場所が二箇所だけ存在する。一つ目は訓練所。二つ目は、クラウンとヘインドルが今いる、ヘインドルの私室である。
余計な装飾を削ぎ落としたその一室は、主である老剣士の性格を写したかのように、どこか研ぎ澄まされた冷気さえ漂っていた。
ヘインドルは手慣れた手付きでお茶を湯飲みに注ぎ込み、急須から落ちる水の音だけが、静かな部屋に規則正しく響く。
「お口に合えばよろしいのですが、こちらもどうぞ」
「ありがとうございます」
お茶に続き簡単な茶菓子まで振る舞われ、クラウンもついつい潜入任務を忘れ、ゆっくりしてしまいそうになる。
しかし、立ち昇る茶の香りに反して、クラウンの肌は逃げ場を塞がれたような得体の知れない重圧を感じ取っていた。
だが、クラウンはいつまでも萎縮しているわけにはいかなかった。なぜなら、クラウンにはどうしても聞いておかなければならないことがあったからだ。
「あの、ヘインドルさんはなぜ僕が革命軍だとわかったのでしょうか?」
クラウンは固唾をのむ。正体がバレたというのは工作員にとって事実上の死の宣告である。それに加え、ヘインドルという男の力量が自分より遥か高みにいることを突きつけられたクラウンにとって、この質問をしていいものかさえ憚られた。
「そうですね。まずはそちらから説明いたしましょう」
淡々と応えるヘインドルとは対照的に、クラウンはついつい刀に手を伸ばす衝動に駆られた。これも剣士の本能なのだろう。強者を相手に武器に手を掛けたくなる衝動というのは。
無意識に指が柄に触れそうになるのを、膝の上で拳を握りしめることで無理やり抑え込んだ。
「たいした話ではございませんが。以前私は皇国軍の教官をしていた経験がございました。そこの士官生というのは規律と姿勢を叩き込まれます。ですが、あなたにはその『型』特有の硬さがなかった。ならば皇国所属ではないと私は考え、残るは反皇国である革命軍か、それこそたちの悪いチンピラしかございません。時期的には、ブリッジダウン家と取引をされるチンピラの可能性も十分あり得ましたが、あなたを見る限り無頼の徒には見えなかったので革命軍ではないかと。老人のつまらない経験則というものです」
「なぜ、それを報告されないのですか?」
「……なぜでしょう。この年になっても自分の行動さえ理解できない。というのが、人間の面白いところではございますが」
老剣士の声色は、どこか悲しみをはらんでいるようであり、茶柱の立った湯飲みを見つめるその瞳は懐かしく愛おしげであった。彼は心の奥底にある古い日記を、瞳を閉じると同時にしまい込み、クラウンへと視線を向ける。
「老いぼれの話はこれくらいにして、そろそろ本題に入られますか。まずは、あなたの戦闘スタイルについてですが。あなたの戦闘スタイルは、後の先ですね?」
クラウンが再び視線を交わしたその瞳は、老師を思わせた。かつての士官生を震え上がらせたであろう教官ではなく、老師としての眼差しは年月とともに熟した者だけが醸し出す、慈愛に似た空気感であった。クラウンはその空気感に自然と背筋が伸びるのを自覚した。
「はい」
「初手で相手を誘い、その上で本命となる技を打ち込む。その若さで随分と高レベルの戦闘スタイルをなされるのですね。おそらく、あなたの直感力が……いえ、そんな生易しいものではないですね。もっと確信的な動き、まるで予知でもしているかのような……。ですが、その割には踏み込めていない。カウンターを恐れているのではないでしょうか?」
図星であった。ミロットと手合わせしたあの時のトラウマがフラッシュバックし、カウンターモーションすら満足にとれず、中途半端な形になっていた。
格下相手にはかろうじて負けない戦い方であったが、自身同等、それ以上の相手には万が一の勝ち筋すら掴むことすらできない必敗の型になっていた。
「やはり、そうですか。ならば私からのアドバイスを一つ。攻めなさい」
「え?」
「あなたの技は完成度が低いです。ですからあなたがカウンターを狙っていることが見透かされ、逆に利用されるのです。おそらく、そのような相手と戦闘し、敗北なさったからあのような中途半端な戦闘をしたのではないのですか?」
「……」
「ならば、攻めるしかないでしょう。誘い込む技術がないのなら、攻めさせなければよいだけのこと。カウンターにすら持ち込ませない猛攻。それも、相手が得意とするカウンターの型を予知した上での猛攻です。つまり、相手のカウンターモーションさえ、あなたの攻めで打ち破り、強引に勝ちをもぎ取るのです」
「あのぅ、僕に技術を教えるんじゃ……。それだと、勢いだけの脳筋……初見殺しになるんじゃ」
「未熟故に備わっている勢いは、時として恐ろしいものです。大人の戦い方は、あなたにはまだ早い。それに、相手主軸の戦い方なんてつまらないではないですか」
「は、はぁ。そうなんですか?」
「はい。それに、初見殺しでいいのですよ。死者に再戦の機会などないのですから」
ヘインドルの目は、紛れもない戦場を駆け抜けた強者の炎が宿っていた。穏やかだった老人の輪郭が消え、一振りの研ぎ澄まされた古刀のような威圧感が部屋を満たす。
射抜くような眼光に、自分の魂の底まで見透かされているような感覚に陥る。クラウンは肺を押し潰されるような圧迫感に耐えきれず、思わず視線を逸らしそうになった。
だが、ここで目を背ければ二度と立ち上がれない――その本能的な直感だけが、彼に問いを続けさせた。
「あの、実は気になったことがあるのですが」
「なんでしょうか?」
「シナモンさんの剣技なのですが、少し違和感があって」
「技量と立ち振る舞いに違和感があると?」
「は、はい……」
「見掛けによらずいい目を持っておられるのですね。確かに、武術を修めたものであれば、何気ない所作やそのクセが現れるものです。それは積み重ねた者だけが出せる、味わいというものです。しかし、ただ得ただけの者が出すのは難しいでしょう。妖剣『血刀・血華』。斬りつける相手の技量をコピーし、模倣する刀。シナモン様の愛刀です。あの方は、高みに立つためにより多くのものの血を探しておられるのでしょう。あんなものに頼って強くなったと勘違いされているとは、お労しいことです。ですから、あの方に教えてあげてほしいのです。他者が積み上げてきた血と汗の結晶たる技は、自分自身で身につけるからこそ味わいというものなのだと。何より、自分と同年代の人間が、借り物ではない自らの足でここまでできるのだと。それを、あの方の目に焼き付けてやってください」
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