第18話:潜入開始、暗殺者は指南役として
倉庫に偽装された革命軍の皇都拠点。クラウンとスイレンは、卓を囲んで作戦会議を開いていた。
「今回の任務は、ブリッジダウン家当主、ディアファンの暗殺。彼は元々が商人ということもあり、皇都へ来た際は必ず、自身が経営する娼館に臨店も兼ねて宿泊するそうです。……もしかすると、スイカさんもそこに。メロンちゃん、大丈夫でしょうか……」
クラウンの不安げな問いに、スイレンは淡々と応じる。
「さぁね。でも、お姉さんがその娼館に連れ込まれたのなら、僕たちの働き次第でまた会えるかもね」
「あの……、スイレンさんって優しいですよね?」
「は? 何、急に」
「スイカさんの件にしても。言葉選びはぶっきらぼうですけど、最悪の結果になったときに、僕たちが一番傷つかないように振る舞ってくれている気がして」
「……気のせいだよ。それより作戦だ。正直、情報が足りない。街中での暗殺はリスクが高すぎるし、僕たちの逃げ場もなくなる。仕掛けるならやはり娼館内しかないと思うけど、ここまでで何かある?」
「いえ、僕も同意見です」
「問題はどうやって潜入するかだけど、調べたところ、あそこの娼婦はスイカのときと同様、誘拐されてきた者も多いらしい。仕入れルートは山賊やチンピラ、他国の商人にまで及んでいる。つまり、商品さえ見繕えば相手が誰だろうと構わないってことだ。
ディアファンが自ら来るとなれば、今回の取引はいつも以上に規模が大きくなる。向こうも在庫を揃えるのに必死で、取引相手の素性をいちいち洗う余裕はないはずだ。僕たちはそこを狙う」
「なるほど……。娼婦として、紛れ込むってことですか!」
「……そんなわけないでしょ。娼婦の立場じゃ自由に動けないし、そもそも僕と君じゃ娼婦として誘拐されるのには無理があるでしょ?」
「僕はともかく、スイレンさんなら大丈夫だと思いますけど?」
本音であった。
胸の膨らみ、言葉遣い、態度、どれをとっても生娘のそれと比べると見劣りする。
しかし、目鼻立ちをはじめとする素材は間違いなく美少女のそれである。
ちょっとメイクや立ち振舞を変えるだけでも、十分女として戦える素養は備わっていた。
「……それはどうも。」
スイレンはそういうとクラウンから顔を背け、少し上ずった声で続ける。
「ともかく、僕は……裏方として動く。君には、『商品』を納品する、業者側に回ってもらうから。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
皇都の拠点で作戦会議をした翌日、クラウンは娼館の前で一人頭を悩ませていた。
「スイレンさんには商人にでも成りすませばとは言われたけど、結局どうすればいいんだろう?」
スイレンはクラウンに大雑把に作戦を伝えると、彼女は「一人でやるべき下準備がある」と告げどこかへ行ってしまった。
クラウンはスイレンの作戦を実行するにあたって一番頭を悩ませていたのは、どうやって娼館に潜り込むかであった。
商人に扮すればいいと言われたが、クラウンには商人に扮する時間もお金も圧倒的に足りていなかった。
となれば、どこかの商人、あるいは山賊の手下にでもなるか、本当に誰かをさらってくるしかなかった。
しかし、どちらも現実的ではなかった。
「……せめて、搬入口の警備だけでも確認しておかないと」
クラウンは最悪のシナリオである強行突破を視野に入れ、壁の死角を縫うようにして一人娼館の周囲を見回っていた。
すると――
「何か御用ですか?」
クラウンの背後から声がした。
その静謐な声音にクラウンは思わずビクッと驚き、素早く振り返る。
そこに立っていたのは、一人の老人だった。白髪にモノクルをかけ、背筋を微塵の揺らぎもなくピンと伸ばしている。執事然とした隙のない着こなしの腰に、一振りのレイピアを差していた。
クラウンは愕然とする。周囲の警戒を怠ったつもりはなかった。風の音、土を踏む感触、命の気配。
そのすべてに意識を配っていたはずなのに、声をかけられるまで至近距離に迫られたことにすら気づかなかったのだ。足音一つ、衣擦れの音一つさえさせず、影のようにそこに現れたのだ。
「おや、驚かせてしまったようですね。失礼いたしました。……しかしながらご安心ください。あなたが『革命軍』の方であることを、誰かに他言いたしませんので」
思わず刀に手を伸ばしかけた。
しかし、僅かに中指をピクリ動かしたところで、不味いと思考が判断するより早く本能が静止させた。
はじめての感覚であった。
フォルラの時でさえ感じることがなかった明確な死のイメージが、一瞬でクラウンの五感を支配した。それは、喉元に刃を突きつけられているような、あるいは心臓を直接掴まれているような、逃げ場のない死の予感だった。
「アナタは、何者なんですか?」
クラウンは思わず声を震わせた。
勝てない……。そう一瞬で理解させられた。甘い予測を挟む余地などなく、冷酷な事実として突きつけられたのだ。
男の口調も、醸し出す雰囲気も穏やかであった。
だが、驚くほどに心臓の底から鳴り響く重低音のような危機感が大音量でかき鳴らす。
しかし、何をそこまで恐れさせるのか、当のクラウンにすら理解できていなかった。
「申し遅れました。私の名は、ヘインドルと申します。ブリッジダウン家当主、ディアファン様の御子息であられるシナモン様の護衛と教育係を賜ったものです。元ではございますが」
「なぜ僕が革命軍だとわかったんですか?」
恐怖の波とともに、数多の疑問が押し寄せる。
だが、何より不可解だったのは、先日加入したばかりの自分を、なぜ革命軍の手の者だと一発で看破できたのか、であった。
ふぅー。クラウンは警戒心を最大限にまで引き上げ、冷静さを取り戻すように静かに息を吐いた。
本来であれば、否定するべきだったのかもしれない。
何一つ証拠がない中で認めてしまえば、それこそ言い訳のしようがない。
だが、クラウンは確信していた――意味がないと。
証拠が何一つない中で堂々と宣言してきた男に、証拠がないから違うと訴えたところで何一つ状況は一変しないと。
「年の功ですかね。若さは何ものにも代え難い宝ですが、ただ長生きした、という経験でしか得られない味わい深さがあるということです」
クラウンは理解に苦しんだ。
男の言葉を血肉にするには、今の彼はあまりに若すぎた。
「!?」
石畳を叩く激しい蹄の音が近づき、一台の馬車が目の前で止まる。
馬車から降りてきたのは、クラウンと年格好も変わらない一人の少年だった。レモン色の髪をなびかせたその少年は、ヘインドルを見つけると親しげに声をかけた。
「ヘインドル。そいつ、誰?」
「シナモン様。この方は、新しい剣の指南役でございます」
「え?」
あまりに唐突な紹介に、クラウンは呆気に取られた。シナモンと呼ばれたこの少年が、ディアファンの息子——。
「へぇー、こいつが! どんなおっさんが来るかと思ってたけど、コイツなら年も近そうだしいいねぇ。後でコイツと戦おう!」
「承知しました」
シナモンは満足げに頷くと、軽やかな足取りで娼館へと入っていく。その後ろ姿を呆然と見送るしかなかったクラウンが、ようやく隣の老人に視線を向けた。
「あの、指南役って……?」
「申し訳ございません。実は私、シナモン様の新しい指南役を探すように命じられていたのですが、歳のせいか忘れておりまして。どうかこの老いぼれを助けると思って、引き受けてはいただけないでしょうか?」
「忘れてたって……そんなわけないでしょう。それに、僕は革命軍だって見抜いたのはあなたじゃないですか!」
ヘインドルはモノクルの奥で、いたずらが成功した子供のような、それでいて全てを計算し尽くしたような笑みを浮かべた。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった』『続きが気になる』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになります。




