第17 :クズの夢
ナンバーズとブリッジダウン家当主ディアファンの合流地点である都市ハーマは、濃い霧が立ち込め、数メートル先の人影すら目視できない状況だった。この状況は、暗殺の絶好の好機である。
しかし、肝心のクラウンら革命軍の姿はここにはなく、いるのはディアファンお抱えの腕利きたちと、ディアファンを乗せた到着列車を迎えに赴いたフォルラ率いる部隊だけであった。彼らは、居もしない敵対勢力に神経を張り巡らせ、厳重に警戒していた。
ディアファンはゆっくりと列車を降り周囲を見回したが、フォルラの姿はおろかその部下たちの姿もなかった。
護衛対象にこの扱いは不敬の極みであった。
サイドを刈り上げ、正面の髪をオールバックにした小太りの中年男であるディアファンは、苦虫を噛み潰したような表情で部下に問う。
「フォルラ殿は?」
「それが、到着はされているのですが……」
部下は応えづらそうに恐る恐る口を開き、向かいにある列車へと視線を向ける。
「あそこまで行けと?」
「はい。何度かお迎えの準備をするように言ったらしいのですが」
「いいでしょう。あそこから護衛の任を賜るというのなら、受け入れましょう」
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ディアファンが向かいの列車へとたどり着くと、真っ黒な制服に身を包んだフォルラ隊のメンバーが列車に並行するようにズラリと並び、妙な緊張感があった。
見渡す限りフォルラの姿は見えない。
おそらく列車の中にいるのだろうが、これではどちらが護衛なのかわからないと内心ディアファンは怒りをふつふつと煮えたぎっていた。
しかし、ディアファンを苛立たせる事態は続く。
昇降口から列車の乗車口までやけに遠くに停車していたのである。
本来なら、礼節にせよ、安全性にせよ最短距離にあるはずの列車があの距離にあるということは、これまでの無礼の数々は武人ゆえの無知ではなく、露骨な反発心である証拠でもあった。
「開けろ」
ディアファンは数メートル離れている乗車口にようやくたどり着くと、乗車口を門番のように立ち塞がるフォルラ隊に吐き捨てるかのように言いつける。
「どちら様でしょうか?こちら、フォルラ様にお会いになられるのであれば、許可証をお持ちいただかないとなりません」
ディアファンは思わず「は?」と口から漏れ出て、しばし何を言っているのか理解できずフリーズしていた。
「貴様何を言っている?」
ディアファンはようやく言っている意味を理解し、険しくなる表情とは裏腹に口調はかろうじて穏やかであった。
「ですから、許可証を――」
「そんなものは必要ない!だいたい!貴様らは私の護衛だろうが!」
ディアファンの一喝に、護衛を除くすべてのディアファン陣営達がピクリと身を震わせた。
そのあまりの傲慢な立ち振る舞いに、相対するフォルラ隊のメンバーは狭量だなと呆れたように鼻を鳴らし静かに口を開く。
「そうですか。ならば身分証明で大丈夫です」
ようやく列車に乗車したディアファンは葉巻きを受け取り一服する。
ふぅ~。と深く吸い込んだ息を吐き出し、リラックスするとNo Smokingと書かれた案内が目に入る。
その案内にゲップでもするかのように煙を吹きかけ、葉巻を押し付け鎮火させ、新しい葉巻を片手を差し出し部下に要求し、仕切り直す。
ディアファンがこれほどまでにフォルラに会う前に気を鎮めるのにはわけがある。
男には多いことだが、ディアファンも世の常に漏れず美女に弱かったのだ。
噂によると武勇もさることながら、その容姿は大変お美しいと噂のフォルラとの第一印象を気遣っての事だ。
勿論、憧れといった羨望をただ向けているわけではない。
貴族にありがちな下劣な下心がさせるものであった。
ディアファンは内ポケットに入れてある手鏡でしつこいぐらい身なりを確認すると、胸を張り肩で風を切るように不遜にフォルラの前に現れる。
「ふぅ~。やはり葉巻は我社のものに限りますな。どうです?隊長さんも一本」
自社の選りすぐりの逸品をこれみよがしに見せつけ、格と立場を見せつける。
女性を口説きにかかったというのに、いきなり自慢に興じるのは女性を見下し、自尊心が膨れ上がった故だろう。
しかし、フォルラは護衛対象が来たというのに、席も立たず静かにその場で鎮座していた。
その後方に、控える三人の女騎士も微動だにしなかった。
「……。」
「ご機嫌斜めですな。しかしあれですな。迎えにいらしたのですから、ホームで出迎えてくれると思ったのですが、車内でお待ちとは優雅ですな」
ディアファンは左手で持った葉巻きの煙を吐き出し、嫌味を吐き捨てる。
「コホコホ」
三人の女騎士の一人であるリサが咳き込んだ。
リサは三人の中で最も低身長であり、金髪サイドテールにした少女であった。
「貴様、私の煙でむせたのか?今のは私に対する拒絶と受け取って構わないか?」
ディアファンはリサに近づくと、恫喝してみせる。
「……。」
リサは沈黙を貫いた。
いや、正確には哀れなものを見つめるようにジト目を貫き無視したのだ。
「キーサーマー!」
「ディアファン殿!我々が与えられた任務は貴殿の護衛であり、おもねることではない。これ以上私の部下に非礼を働くのであれば、西方の統治の任を別の者に代わっていただくことになる」
「なんですと!フォルラ殿、貴族である私と、一介の騎士に過ぎないアナタとでは同等ではないのですよ。よくよく考えてからお話になられては?」
フォルラにたいしてかろうじて口調が柔らかいのは、未だに口説き落とす気があるからだろう。
しかし、例えそんな思惑がなかったとしても、フォルラのその美しいご尊顔と鋭い目つきと相対すれば、多少弱気になるのも理解できる。
「残念ながら我々の認識が少し甘いようですな。我々ナンバーズは王の盾、つまり私が斬り伏せたものは、それ即ち王権に逆らった反逆者に他ならない。ここで肉塊になるのがご所望であるならば構いませんが」
事実であった。
ナンバーズは皇国騎士とは毛色の異なる組織であり、貴族階級の人間であっても独断で斬り伏せる特権さえ有している。
「ぐぬぬぬ。いいでしょう、貴族たるもの寛容さであっても度量が試されるというもの」
その表情からは怒りは完全に払拭されたわけではないようだったが、何とか腹の底に怒りを押しとどめる。
揺られる列車においてなお、フォルラは微動だにすることなかった。
向かいにどっかりと座るディアファンが上下左右に揺られる中、見事なまでに安定させていたのは彼女の体幹がなせる技なのだろう。
武人であれば感服の一言であり、周りのフォルラの指揮下にある者たちも羨望の視線を向ける。
しかし、向かいに座るディアファン(おとこ)には理解が及ばず別の視線を向けていた。
それは羨望とは対極にある下劣な下心丸出しな淫靡な視線である。
周りの女騎士が殺意を向ける中、ディアファン(おとこ)は口を開いた。
「あー、時にフォルラ殿はこの国をどのようにお考えですかな?」
「……。」
ギロリと視線がディアファンへと視線が向く。
「いや、長旅ですので雑談でもと」
「今のこの国に興味などない」
「それはそれはご可哀想に、心中に何やらお抱えのご様子。であれば、騎士などやめて私のもとで働く気はありませんか?部下たちがご心配なら、まとめて雇って差し上げても構いませんが。皆、美人でありますからな。」
「下らない。」
「いけませんな。隊を率いる者として、選択肢を聞く前に拒絶するとは。フォルラ殿、私は夢があるのですよ。ズバリ、この国を移民国家にすることです。皇国に皇国人ばかりいるのがどうにも気持ち悪くてですねぇ。……そこで私は考えたのですよ。この国をどうすれば移民国家にできるか。皇国人の女性をみんな娼婦にして売りさばいて、民泊特区を作って移民を入れまくれば、この国は色んな人間がいる移民大国になり、そいつらもどんどん娼婦にすれば私の商売も儲かるって。幸い他国にかどわかされた者たちによって、少子化も、高齢化も進んでいますから移民を入れる大義名分が揃っていますからね」
朗々と、まるで聖書の教えでも説くかのように語るディアファンに対し、フォルラの瞳から温度が消えた。
「……本気で、言っているのか?」
低く、地を這うようなフォルラの声に、ディアファンは「ようやく興味を持ったか」と悦に入り、さらに身を乗り出す。
「ええ、本気も本気! そこで相談なのですが。フォルラ殿の隊にも、田舎者が一旗揚げようってやってきたものの、何の役に立たない輩は幾らでもいるのでは?」
ディアファンの部下たちは、主人のあまりの暴論と、フォルラから放たれる凍り付くような殺気に、蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。
「身売りさせろと?」
「人聞きの悪いことをおっしゃいますな。我々としましては、夢破れた若者に新たな選択肢を委ねているだけですので、人助けだと承知いただけたらと。
まぁ、私としましては、入団試験に落ちた輩は皆頂きたいところでございますが。当然、女性だけですが」
「クズが」
「クズがとは心外ですな。あくまで、人助けでありビジネスの要素も多少絡んでいるだけのこと。なんなら、フォルラ殿も我が商品。いや、我がコレクションに入られますかな?」
その瞬間、車内の空気が爆ぜた。
フォルラは表情ひとつ変えず、だが揺るぎない拒絶の意思を突きつける。
「リサ、興が削がれた。ディアファン殿は我々とは離れ、観光にいかれるそうだ。降ろしてやれ」
「はい、姉様!」
「え?」
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列車が激しい音を立てて通過する高架下。
強制的に下車させられ、霧の中に置き去りにされたディアファンとその部下たちの姿は、走り去る列車の窓から見れば掃き溜めの塵も同然であった。
窓の外を見つめ、ゴミを捨てるかのような冷徹な眼差しでそれを見届けたフォルラは、踵を返し、ゆっくりと自室へと続く通路を歩き出す。
その途中、ソファで寛ぐハイウェイの横を通り過ぎる直前、
「いいのか? 大事な護衛対象をあんな場所に放り出したりして」
ハイウェイは髪に刺さった薔薇の香りを楽しみながら、問いを投げる。
「……。」
フォルラは足を止めなかった。
ただ、肩越しにハイウェイを一瞥したその視線は、先ほどまで対峙していた男を「人間」としてすら数えていない、虚無の冷たさを湛えていた。
「あれを護る価値はない。」
言い捨てると、彼女はそのまま通路を進み、誰もいない自席へと悠然と腰を下ろした。
翻る漆黒の制服。
背もたれに体を預け、再び組まれた脚。その一連の動作は、絶対的な強者のみが持つ静謐な威圧感を放っており、後に残されたリサたちは、その凛々しさに改めて畏敬の念を抱き、背筋を伸ばすのだった。
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